4.

 <Pre Planned Children>
 ジェノバの流行が猖獗を極める中、神羅カンパニーは遺伝子組み換え技術を人間に応用することを考えた。
 胎児の設計(デザイン)――。それは、ジェノバに反応する抗体を持たないマイナスのチューブベイビーを生み出すための研究だった。
 だが、研究は生体工学の第一人者で神羅のラボに所属するガスト・ファレミス博士の思惑とは異なる方向に歪められた。
 プレジデント神羅はその研究を利用して、より優れた形質を持つ子供を人為的に創り出すことを望んだのだ。
 完璧な美貌と個性を合わせ持ち、適度な皮下脂肪に手入れの楽な髪、優れた運動能力など……およそ人がこうありたいと望むことを全て備えた子供達。
 彼らの内、ある者は髪と瞳と肌の色を操作されていた。またある者は筋力が増強され、同じ量の筋肉を持つ者より高い運動性を有していた。性格は概して穏和で安定していて、その上快活だった。
 自然出産が禁じられ、子供は今後チューブベイビーとしてしか生まれないことが法で定められる前、神羅のラボが生み出したそうした子供の数は数十人にのぼると言われている。一説では、神羅カンパニー副社長のルーファウスがその最高傑作だと言われているが――真相は闇の中である。

「ま、入れよ。込み入った話なんだろ、どうせ?」
 ムスッとして突っ立ったままのルードに、レノはひゃらひゃらと笑う。
「あんたも気分良くないかもしれないけど、俺だってヤな気分なんだぞ、と。
 管理局の捜査員が部屋にだなんて……。全く、縁起でもない話なんだぞっと」
「……失礼する」
 巨体のルードは、見かけとは違って細やかな神経をしているようだった。お義理にもキレイとはいえない部屋に入るのに、玄関先で靴の泥を落としている。もっとも、ラグ自体が汚れているため効果の程は甚だ疑問だったが。
「それで?俺に頼みたいことってのは一体何なのかな、と」
 物置と化しているソファを片づけながら、レノはルードに何か飲むか?と聞く。
「……いや、何もいらん。それより、この女を知っているか」
 ルードは一枚の写真をレノに渡した。今どき写真かよ?と気の抜けた声で呟いてそれを受け取ったレノだったが、写真を見た瞬間にガラリと態度を変えた。
「おい!リリアナに何があったんだ!?」
 血相を変えて詰め寄るレノに、ルードは淡々と答える。
「……死んだ。今朝モルグに捨てられていたそうだ」
「何だって?」
「……死因は、急性心不全だ」
「冗談じゃねえ!こいつは心臓に欠陥なんて無かったし、身体は健康そのものだったんだ
 ぜ?そんな事、誰が信じられるんだぞ、と!」
「……モルグの担当者も、同じ事を言っていた。客だったから、よく知っているそうだ」
「俺と同じか。で?そんな事をわざわざ言いに来たんじゃないだろう、と。用件は何なんだ」
「……どうしても女の死因に納得のいかなかったそいつは、彼女を検死解剖した」
「殺られたのか」
「……アドレナリンとノルアドレナリンの血中濃度が、異常に高かったそうだ」
「外傷は?」
 ルードは黙ったまま首を横に振った。そして一瞬間を置き、沈鬱に口を開いた。
「……脳内の末梢血管に、不自然な出血が見られる。何か負荷がかかったんだろうな」
「まさか!?」
「……もう一つ。このところ、中央病院からジェノバ患者が次々に姿を消している。
 知っているか」
「どの位の人数だ?そんなの、珍しくも何ともないぞ、と」
「……ここ一週間で十人だ。おかしいとは思わないか。死んで処分されたのなら、もっと数
 が少ないはずだ。
 それに、いなくなったのは比較的病気が進行していない、まだ体力のある者ばかりだ。
 男女比がほぼ同じというのも気にかかる」
「新型VSSSの実験用サンプルか……!」
 呻くレノに、ルードはサングラスの位置を直しながら答える。
「……リリアナと同じ状態で彼らは死んでいる。彼らは法によって焼却処分され、遺骨のみ
 が遺族に届けられる。もし遺族がいればの話だが。それは、彼らがジェノバ患者だから
 だ。だが、リリアナは違う。チューブがジェノバになるなど、あり得ない。
 彼女は、何か別の原因で殺されたんだ。そして、死体を大勢のジェノバ患者に紛れ込ま
 せて他殺であることを隠そうとした者がいる」
「神羅か!一体あいつが何をしたっていうんだ、ちきしょう!
 あんな……オツムの弱い可愛い女を殺るなんて。どうかしてるぜ!
 新型VSSSの開発は、副社長のルーファウスが責任者だ。
 殺ったのは、恐らく奴の秘書のツォンだ」
 テーブルを拳で叩いて悔しがるレノに、ルードは懐からそっとペンダントを取り出して渡した。
「……死んでも離さずに握りしめていたそうだ。お前がやったんだろう。
 返してやれと言われたよ」
「こんな安物じゃなく、金を稼いだらちゃんとした宝石を買ってやるつもりだったんだ。
 照れ隠しでさ……これは願い事が叶う石なんだぞ、ってあいつには言った。
 そうしたら、真に受けたんだな。不安な時や怖い時には、いつもこれをギュッと握って震
 えてたよ。お守りだってな。雷が鳴っても怖がるような女だぜ?
 あいつは、チューブとしちゃ出来損ないだったんだ。感情の起伏も激しいし、脳たりんだ
 しな。でもな。素直で可愛い、いい女だったんだ!俺にはそれで十分だった。
 それを……!可哀想に。どんなに怖かったんだ?
 VSSSで脳みそ掻き回されたんなら、痛い思いはしなかったろうがな」
「……何か情報を知っているから消されたのかと思って、お前が知っていないか聞きたか
 ったんだ。しかし、無駄なようだな」
「――悪ィ。ちょっと一人にさせてくれないか」
「……もう用はすんだ。帰る」
「すまねぇな、と」
 何か情報があれば教えて欲しいと言って、ルードは連絡先を書き置きして帰って行った。メモを書く間、レノはずっとテーブルに突っ伏したまま肩を震わせていた。
 ルードは一瞬何か言いたそうに口を開きかけたが、すぐに首を振り、静かに出て行くのだった。

「なーんかスッキリしない話よねぇ」
「あまりそういう事を大声で言わない方がいい。どうせわけ有りだろ?」
「イリーナ達が干されたのも、嗅ぎ回り過ぎってこと?」
「多分なあ。ほら、ルードの奴、真面目だから」
「よくわからないけど、昨日からの情報を整理するとこういう事よね?
 神羅カンパニー社長暗殺未遂犯は、中央病院から逃げ出したジェノバ患者を人質に
 逃亡中。いまうちの留置所にいる二人は、その逃亡を幇助した容疑で逮捕された。
 社長は命を取り留めたものの負傷して、現在加療中。そして副社長が実務を担当。
 ……何だか今回の事件で一番得してるの、副社長なんじゃない?」
「長いことマスコミには出なかったからなあ。社長がケガしてくれたお陰で、噂以上の美貌
 が我々も拝めた。ありがたいことだな。チューブ顔負けだよなあ、あれは」
「そういう余計な事は口にするなって!多分うちに仕切らせるために、ジェノバ患者を人質
 にって話になってるんだろうけどさ。俺達は、言われた事を調べていればいいんだよ。
 余計な事に首を突っ込むと、ルードみたいになるぜ?――お、イリーナだ」
 おはよう!昨日は大変だったなあ。お疲れさん!
 同僚の捜査員達が、口々にねぎらいの言葉をかけてくる。イリーナは彼らににこやかに挨拶をしながら、改めて心を引き締めていた。
(どこの誰がカンパニーの目となり、耳となっているか。私にはわからない)
 であれば、全員がそうだと思って気をつけるしかない。
 しかし、いま勝手に噂していた事が事実になっているとは、さすがに口にした本人にもわからなかったに違いない。
 やがて彼らは捜査のために街へ出て行き、部屋にはイリーナが一人残された。
 仕事の合間にルードと打ち合わせた通り、不審を招かない程度に「本当の仕事」の方を進める。命じられた仕事が単調なデータインプット作業だったのが、幸いだった。デスクでキーボードをせわしなく叩いていても、時折訪れる人間達にはイリーナが真面目に仕事をしているようにしか見えないからだ。
「それにしても、これって市役所の戸籍係がやる事なんじゃないのぉ〜?」
 よりにもよって、モルグの身元不明死体をナンバリングして死因その他のパーソナルデータを仕分けて打ち込むなど。どこをどう工夫したところで、全然面白くはなかった。――が。
「わぁ……!この人、キレイ〜。でも、どこかで見たような?」
 チューブ特有の、人を魅了してやまない笑顔。彼女の美しいすみれ色の瞳と見事な金髪には、見覚えがあった。
 何の資料で見たのか。イリーナは、キーボードを叩くのをやめて画面に見入った。
 やがて、ルードと売春組織の話をした時に出したファイルで見たことを思い出し、席を立って問題のファイルを取りに行った。
 同じ笑顔で、彼女は微笑んでいた。リリアナという名だった。
 その顧客リストには、ルードから接触するように言われた人間の名も存在した。
 時期が時期だけに、何となく心に引っかかるものがある。ルードと話をした時にも思ったのだが、こうしてパラパラめくって見直すと、改めてチューブ達の美しさが尋常ではないことに気づく。
「ホントに同じ人間かしらって思うわよねえ」
 ため息をつきたくなるほど、どの人間も美しく魅力的だった。もっとも、それが彼らの商品価値なのだから当然と言えばそうなのだが。
 見とれてぼうっとするイリーナだが、突然の闖入者に夢想を覚まされた。
「いや〜、インプット作業を手伝わせちゃって。悪いねえ!」
 内勤の事務方の人間が、新たにファイルを持って来た。山は越したかな?と思い始めたところだっただけに、内心イリーナはかなりガックリきたのだが。引きつりつつも、笑顔でそれを受け取る。
「いいんですよ。うちも情報管理のデータベースには、いつもお世話になってますから」
「何かあったら、融通つけるから。頼むね、イリーナちゃん」
 はいはい、と心では返事をするイリーナも、顔には営業スマイルを浮かべて任せて下さい!などと、それはいいお返事をしたりする。
 再び一人になると、ファイルに向かって悪態のつき放題だ。
「ちょっとぉ〜。これ、今日中に終わるんでしょうねえ」
 この仕事だけなら、余裕で楽勝なのだが――。人には言えない事情なので、頭を抱えるしかないイリーナだ。

 結局、エアリスが起きたのは昼も過ぎてからだった。
 余程疲れていたのだろう。死んだように眠り続けたままだったので、仕方なくクラウドが起こしたのだ。
「あ……私…すっかり安心して、寝きっていたのね。何時間寝てたの?」
「気にするな。それより、いつまでもここにいるとウェッジに迷惑がかかる。
 支度をしてくれ。俺達は、これからドン・コルネオの所へ厄介になるんだ」
「ドン・コルネオ?」
「あー……つまり、この街の裏の世界を仕切っていることになってる男さ」
「ことになってる?彼が仕切ってるんじゃないの?」
「本当にこの街を動かしているのは、神羅の社長だろ。だからさ」
「フウン……。ね。クラウドって、いろいろ物知りなのね!」
 君が物を知らなさ過ぎるだけなんじゃないか?と言いたくなるのを我慢して、クラウドは肩をすくめる。
「とにかく、着替えてくれ。シャワー浴びたいんなら、手早くな」
 わかったわ。ちょっと待っててね。そう言って、少女はベッドから起き出した。
 それを見届けたクラウドは、ウェッジのいる部屋へと戻って行った。

 その夜。死に物狂いで定時に仕事を終わらせたイリーナは、ウェッジの所へ寄っていた。ティファのPHSのメモリーにあった人間で、クラウド・ストライフと一緒に仕事をすることもあるという。
「何で参考人で身柄を拘束されなかったのか。その方が不思議だわ」
 これは捜査。仕事よ、仕事。――そりゃあ、業務命令じゃないけれど。
 一人で行動するのは、これが初めてだった。インターホンを鳴らそうとして、ボタンに手をかける。
「やだ、震えてる」
 深呼吸をして、思い切って押した。だが、中から返事は無かった。
「留守なのかしら……」
 もう一度押そうとした、その時。よく見ると、ドアがきちんと閉まっていないことに気づく。
 嫌な予感がした。一瞬、そのまま帰ることも考えたが、使命を果たさなくてはという義務感が恐怖心に打ち勝つ。
 ドアを開けたイリーナが目にした物は、胸を刃物で一突きにされて絶命しているウェッジの姿だった。――悲鳴が止まらなかった。

「次のニュースです。このところ凶悪犯罪が続いていますが、またしても殺人事件です。
 本日午後十八時半頃、ダウンタウン第5区で――」
「ほひ〜!お前達、運がいいの〜。もしかしたら死んでたかもしれんぞ?」
「ウェッジが……!」
「それにしても、ニュースで言ってることが本当なら殺ったのはプロだな〜」
「私達、いえ、私のせい?ね、クラウド。そうなの?」
「エアリス……。俺にはわからないよ」
「アイスピックみたいな、細い刃物で心臓を正確に刺したんだな。さもなきゃ、あたり一面
 血の海だ。死体を見つけた管理局のお姉ちゃん、腰抜かしたそうだが。
 それにしちゃ、服が全然汚れてなかった。いいの〜、ウブイの〜!
 なかなか胸もあるし、髪もプラチナブロンドだ。わし好みの子猫ちゃんだよ。
 もちろん、そこの子猫ちゃんも可愛いがね。チューブじゃないのが、実に残念」
 一瞬目を瞠ったエアリスに、クラウドは黙っていろと素早く目配せする。
「ジェノバで死にたくなきゃ、我慢するんだな」
「全くだ。嫌なご時世だよ。しかし、これでその子猫ちゃんが特効薬の情報を握っているっ
 ていう話にも、信憑性が出たってもんだ。
 こりゃあ早いとこ記憶を取り戻してもらわないとな。ほひ〜、大儲けのチャンス到来!」
「金もだが、あんたは気兼ねなく女とやれるようになるのが一番嬉しそうだな」
「この二つが無けりゃ、人生なんて味気ない。当たり前だ!」
「とにかく。エアリスに手を出してみろ。――ねじ切ってやる」
「ほひぃいいい!それは勘弁してくれ。わかった、わかったから。
 二人とも。この俺が面倒見るからには、大船に乗った気でいてくれ。
 何、この屋敷には管理局の連中も踏み込めんよ」
「そう願いたいね。エアリスは疲れている。今晩はもう寝かせてやってくれ」
「そういうお前も、かなり辛そうだな。クラウド、細かい話は明日にしよう」
 コルネオが用意した部屋に戻ってきたクラウドは、何やら小さな機械を取り出して調べている。
「何なの?」
 尋ねたエアリスに、盗聴器が仕掛けられていないかどうか確認しているのだとクラウドは言う。
「――あった。ここもだな」
 慣れているのか、あっという間に仕掛けを見つけ出していく。
「全部潰すとバレるから、一個だけ残しておこう」
 ソリビジョンのリモコンに仕掛けられていた物は残し、後は足で踏み潰す。
 エアリスは不安そうだったが、これならソリビジョンの音で誤魔化すこともできるし、声が聞こえない所に置くこともできるから安全だと言われ、納得したようだ。
「それで、夜寝るのなんだが」
 鍵なんて、あって無いようなものだとクラウドは言う。
「俺はチューブだけど、誓って君には何もしないから。もし良ければ、ドアの所にこのソファ
 を移動させてすぐには開けられないようにしようと思う。
 そこで俺が寝れば、誰が来ても君を逃がす時間位は稼げるだろう?」
「あなたのことは信用してるわ。でも、そんな窮屈な所で本当に毎晩寝るつもり?」
「ああ。君を狙う人間が、いつ来るか。俺にはわからないからね」
 早速ソファを動かし始めるクラウドを見てエアリスは自分も手伝うと言い、一緒にソファを押す。
「コルネオに、さっき私がチューブじゃないって言ってたでしょ」
「ああ。そう言っとかないと、奴は絶対に君に手を出すからな」
「でもクラウドは、私がジェノバに感染してない――というか、私がチューブだって思ってる
 んだ?」
「まあな。自分と同類の匂いがするのさ、君には。独特だよな」
「――私、どうして記憶が無いんだろう。時々ね、何かがよぎるの。
 それで、思い出そうとすると頭痛が」
「無理するなよ。エアリス、出会った時に俺に最初に言った言葉……覚えてるか?」
「何だったかしら?」
「『お願い、助けて!博士が……!』そう言ったんだ。
 君は腕を銃で撃たれていて、そのまま俺にもたれかかると気絶した」
「博士……。何だか、懐かしいような気がする。でも、誰?」
「何となく思うんだけど。君の記憶は、最近何かの理由で消されたんじゃないかって。
 それも丁寧に消さないで。自力で思い出せるように、わざとそうしたような……そんな気
 がする」
「じゃあ、がんばれば思い出せるのね?私、何かをしようとしていた。それは覚えてるの。
 でも、何がしたかったのか。肝腎なことが思い出せなくて。
 とても大事なことだった――多分ね。ただ、クラウドと街を歩いていて感じた。
 私、この街のこと全然知らない。きっと、外に出たこと無かったのかも」
「また家の中に閉じ込めちゃったな。すまない、エアリス」
「何で謝るの?クラウド、私のためにいろいろ気遣ってくれてるじゃない。
 記憶を取り戻せば、私、クラウドのために何か役立てるのかしら?」
「それはどうかな。さあ、もう寝よう。エアリスの記憶は、きっかけさえあれば戻るよ。
 俺はそう信じてる」
「ありがとう。じゃ私、ベッドに行くね。お休み、クラウド」
「ああ。お休み、エアリス」
 二人にとって、長過ぎる一日がようやく終わった。

 リリアナの死の衝撃、続くウェッジの死。
 レノは朝ソリビジョンのニュースで、交通事故で死者が出たとキャスターが報じているのを聞いて首を捻った。いまのご時世、車には事故など起こしたくても起こせないようにナビゲーションシステムが組み込まれている。
 もちろん、改造する人間も多いのだが。ケガならともかく、死ぬほどの事故は珍しかった。原因は、ナビゲーションシステムの改造と故障だと報じられていたが……。
「どうも人が死ぬと疑心暗鬼だぞ、と」
 そこへ、電話が入った。ソリビジョンの画面の一部を電話用に開放し、レノは応対する。
 かけてきたのは、リリアナの同僚のスカーレットだった。
 向こうも起きたばかりなのか。目のやり場に困るような、透け透けのネグリジェ姿だ。
「あら、たった三回鳴らしただけで出るなんて。あんたにしちゃ早起きじゃないの、レノ」
「そりゃあこっちが言いたいセリフだぞ、と。どうした?」
「ん……ちょっとさ。最近立て続けだから、何だか気味悪くてさぁ」
「何の話だぞ、と」
「ほら、リリー。あの子、変な死に方したって聞いたのよ。あたし達チューブを嫌ってる人間
 がいるのは、知ってるけど。そういう奴らのリンチに遭ったわけじゃないんでしょ?
 それが逆に気になるのよ。その上、L、W、J、B、D……。何だか気が滅入るわぁ。
 次は自分かしら?ってね」
「おい、スカーレット。頼むから、わけわかるように喋ってくれないかな、と」
「だから。あたし達非合法チューブは、名前の頭文字がアルファベットに振り分けられてる
 の。リリアナはLでしょ?ウェッジがW、ジェシーがJ、ビッグスはBでダインがD。
 あたしはSってわけ。いまニュースでやってたでしょ?交通事故。
 死んだの、みんな知り合いなんだよねぇ――非合法チューブのさ」
「そうなのか!?単に偶然ってだけじゃないのかな、と」
「まあ、多分そうなんだろうけど。ちょっと気になってさ。誰かとお喋りしたかったんだ」
「へえ?それで女王様は俺に白羽の矢を?そりゃ光栄だなっと」
「あんたなら、意外に口固いしさ。無難な線で選んだってわけ」
「賢明かもな。――そういや、さっきの話。チューブは二十六人以上いるだろう?
 足りねえんじゃないか、と」
「よく知らないけど、子供の内に死んじゃうのもいるらしいから。
 そうやって欠番になると、その型番はまた使われるみたい」
「Aが一番最初のチューブってわけじゃないのか、と」
「多分ね。ほら、あんたも知ってるクラウド。あいつCじゃない?
 でも、あたしより年下だもんね。そんな感じ。キャハハハハ!」
「お前、他に仲間知ってるか?」
「無理ね。知らないの?私達、子供の頃の記憶は消されるから。
 いま名前挙げた六人は、たまたまわかっただけ」
「そういや、小さい頃の話って聞かないな、と」
「どこかでまとめて育てられてるんでしょうけどね。でもさぁ、かすかに覚えてる。
 とても泣き虫の子がいて、その子、みんなから可愛がられてた。顔とか忘れてるけど、あ
 る女の子になついててさ。姉弟って、こういうのかなあ?って思ってた。
 バカだよねぇ。チューブにそんなものあるわけないのに」
「悪かったな、妙なこと聞いちまって」
「気にしてないよ!――あ、いけない。電話した肝腎の用件を忘れるとこだった。
 リリーがあんたに、これ渡してくれって」
「何だぁ?この大きさからするとディスクじゃないのか、これ」
「あたしは中見てないから、知らないよ。リリーが死ぬ前、客から預かったんだってさ。
 あんたに渡せって」
「ああ?」
「それをあの子に渡すだけが目的だったみたいでね、そいつ。
 何もしないで帰ったって、リリー、首傾げてたよ」
「そうかい。じゃあ、そいつをいまからもらいに行くぜ。また後でな、スカーレット!」
「あんまりヤバイ事に首突っ込むんじゃないよ、あんたも」
「今更だぜ、と」
 手をヒラヒラさせながら、レノは電話を切った。

 ディスクを受け取った後、レノは他にも最近死んだ非合法チューブがいないかどうか調べていた。こういう時、日頃のコネが物を言う。警察内部に築き上げた人脈が役立ち、思ったより早く望みの情報を得ることができた。
「ん……?こうして見ると、非合法チューブはほとんど売春組織に属しているわけか。
 まあ、そうだろうな、と」
 クラウドやウェッジのように、そうでない者は極少数なのだ。その事が、彼らチューブベイビーに対する偏見を生んでいる。
 ふと、気づいた。もし誰かが、これら非合法チューブを全員抹殺したいと思ったら。
「おいおい。やめてくれよ、と」
 だが、スカーレットは不安がっていたではないか。それが杞憂ならばいいのだが。
 借りたデータを返そうとディスクをスリットから抜き去り、馴染みの刑事の所へ顔を出す。
「これ、すごく助かったぜ。ありがとうなんだぞっと」
「そりゃ良かったな。まあ、もうすぐ非合法チューブなんていなくなるだろうけどな」
「何でだ、と?」
「さっき管理局が通告してきた。売春組織の一斉摘発をやるってさ。客でも射殺するから、
 そのつもりでいろだと。何をカリカリしてるんだかねえ、ハイデッカー次長は。
 ま、局長が病休のいま、点数稼ぎたいのはわかるがね」
「おい!それ、いつの話だ?」
「つい五分ほど前だ。今頃はあちこちで突入してるんじゃないのか?」
 その言葉が終わらない内に、レノは駆け出していた。
 ――わかっていたのに。相手が手段を選ばないことは。甘かった。どうしてこう、自分は後手に回っている?
「待ってろ、スカーレット。リリアナみたいに、無駄死にはさせないぞっと!!」
 車に飛び乗り、制限時速などお構いなしで飛ばす。管理局の車輌が、街の至る所で検問・封鎖を行っている。車ではたどり着けないとふんだレノは、配達途中のデリバリーフードのバイクがエンジンをかけられたままで止まっているのに目を付けた。
 持ち主には気の毒だが、時間が無い。速攻で乗り換える。
 スカーレットのいる秘密クラブにたどり着いたのは、銃撃戦が終わった後だった。
 続々と死傷者が中から運び出されてくるのを見て、レノは絶望に囚われる。
 建物の前の道端に、まるで物のように置かれた人間達。その中に、探していた色合いの金髪を見つける。レノは捜査員の制止を振り切り、女のもとへ駆け寄った。
「おい、しっかりしろ!」
「やっぱり……次はあたしの番だったらしい…よ。レノ、気をつけな。
 あんたに…朝言い忘れたことがある……」
 スカーレットは口から血を吐いた。気管に逆流したのか、苦しげに咳き込む。
「あの子…リリーが死ぬ少し前……彼がここに来たんだ…。
 リリーは嬉しそうに彼に話しかけて…向こうはひどく……驚いてたけど」
「彼?」
「『私のことを覚えているのか』って。
 そうしたら…あの子は……『あそこでは楽しかったから』。そう答えたよ…」
「スカーレット!こんな事で死ぬんじゃないぞっと!!」
「『エアリスはいまどうしてるの?あんなに仲良かったでしょ、ルーとは』。
 あたしにはその時、何のことだかわからなかった……」
 スカーレットの目は、既にレノを見ていなかった。死ぬ間際になってようやく取り戻した過去を、懐かしんでいるのか。青灰色の瞳に、涙が溢れている。
「あの泣き虫が…天下の……カンパニー……の…ふ…くしゃ…ちょ…うだ……な…んて」
 最後の吐息で、スカーレットは囁いた。何故?と。
 不意に、レノの目からも涙が滴となって、抱きしめたスカーレットの白い頬に落ちた。
「お前のその問いに答えられる奴は、ただ一人だぞ、と」
 恐らく、リリアナもそうだったのだろう。一緒に育った仲間なのに、どうして自分を殺すのか。彼女には、最期までわからなかったに違いない。
「何故かなんて、俺にはどうでもいいんだぞっと。
 でも、それじゃお前達は浮かばれないよな――」
 あいつの息の根は、この手で俺が止めてやる。必ずな。
 レノはルーファウスの秘密を暴き、殺すことを二人の女に誓った。悲しみより、怒りの感情の方が強かった。
 ――涙は、もう出なかった。

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