3.

 一方のシドは、上海亭のフロントで主人に泣きついていた。
「あんなガキのお守りなんざ、俺様の仕事じゃねえ!一つくらい余分な部屋、あるだろう!?」
「いや、それが……。本当に満室なんだよ、挺長。彼らに野宿でもしろと?」
 荷物を運んで整理しているソルジャーの一団を眺めて、主人は首を振る。
「ヘッ!凍え死ぬような季節でもないだろう!?」
 確かに、いまは夏の盛りだ。しかし、ひと月もの間テント生活をさせるわけにもいかないだろう。
「まあまあ。少しは落ち着けよ、挺長。実際問題、この村で部屋に余裕があるのはあんたんとこだけなんだ。ジョーのとこは赤ん坊がいて夜泣きするからうるさいし、エディは新婚ホヤホヤだろ?サムのところはボケぎみのおやじさんを抱えてるし、ダンは建て増ししようかって話が出てるほどの大家族だ。女手があって、部屋が余ってるのはあんただけなんだよ」
「冗談じゃねえ!シエラに何かあったら、どうしてくれるんだ!?」
「おや?シエラはただの『同居人』じゃなかったのかね?」
 ここぞとばかり、主人はシドを煽った。村中の人間がこの不器用なカップルの仲が進展することを望んでいるのに、当の本人達は少しもそれに気づいていないらしい。この際、ルーファウス坊っちゃんには悪いが、二人のためのいい刺激になってもらおう――。それが、村人達の暗黙の合意だった。
「うるせえ!! あいつみたいなトロくて鈍くせー女、あんなチャラチャラしたボンボンが気に入るとは思わねーけどよ。ま、あいつだって一応女だぜ?何かの間違い、ってこともあるだろうが!?」
「シエラはしっかりした娘だ。まず心配はいらないさ」
「安請け合いしやがって……!」
「ずい分なあわてようじゃないか、挺長。そんなに心配なら、さっさと挺長の嫁さんにしとくんだったな」
「――おい!」
「聞けば、坊っちゃんは早くにお母さんを亡くして、暖かい家庭に憧れてるそうじゃないか。ああいう家庭的な娘、案外好みのタイプかもしれんぞ?」
 瞬間、シエラ特製の厚焼きクッキーを嬉しそうに食べているルーファウスの姿が目に浮かぶ。
 あのご機嫌な表情は、単にクッキーが口に合っただけではなかったからなのか?
「邪魔したな。――帰る」
「あとで坊っちゃんの荷物を届けにいくよ。何だかいろいろと日用品があるらしい」
「わかった。ちくしょう!何で俺様がこんな心配をしなくちゃいけねえ!?」
 荒々しくドアを閉めて出ていったシドを見送りつつ、主人はニヤリと笑う。
「どうやら、湿っていた火薬にも火がつきそうだ。全く世話が焼けるねえ、お前さん達にも」
 第一段階は、うまくいったようだ。鼻歌を歌いつつ、主人は武器屋へ報告に行った。
 武器屋の主人から村中に知れ渡るのも、そう時間はかからないだろう。

 帰宅したシドの目に飛び込んできたのは、打ち解けて楽しそうに談笑している二人の姿だった。
「お帰りなさい」
「早かったな」
 屈託のない笑顔を浮かべる二人。だが、疑心暗鬼のシドには、それが嫉妬をかき立てられるもとになる。
(会ったばかりで、こんな親しげに話をしてるなんて。こいつ、シエラを口説いてたんじゃねえだろうな!?)
 全くの勘違いだが、そういう目で眺めてみれば妙にシエラが生き生きとしているのにも理由がつく。
「やっぱり、他にあんたを置いておける所はないとよ」
「仕方ないさ。これでもソルジャーの数を減らすよう、精一杯努力したんだぞ?」
 肩をすくめて、ルーファウスが言う。リーブとツォンの二人が、危ないからやめてくれと懇願したことを彼は思い出す。
(右から左から、毎日のようにお説教されて。ステレオ放送されるこっちの身にもなれっていうんだ、全く)
 自らのワガママを棚に上げ、心配性の守り役を持つと苦労する……と、暢気に考えるルーファウスだ。
「空き部屋は二階だ。でも、シエラの部屋もあるしな。あんたには、俺様の部屋を使ってもらう」
「それはいいけど……さっき見せてもらった限りじゃ、足の踏み場もなかったぞ。ちゃんと片づけて引き渡してもらえるんだろうな?」
「ウッ。そ、それは――」
 冷汗を流しているらしいシドに代わって、シエラが提案する。
「いまから片づけていても、お客様を寝かせられる状態にはならないわ。私は今晩、ハリーのところに泊めてもらうことにするから。ハリーの妹のジェニーが、お里帰りしてるのよ。ジェニーに頼んで、何とかしてもらうわ。部屋は、明日片づけましょう。――ね?」
 シドに文句の言えるはずもない。
(これがひと月続くのか?)
 自分が除け者になったような気分のシドだった。