2.

「――どうぞ。何もありませんけど、よろしければ焼菓子も召し上がって下さい」
「ありがとう。――?」
「シエラです。宇宙ロケットの技術者でした」
「『でした』じゃねえ!『です』だろッ!? ウソはいけねえぜ、シエラよぉ」
「でも……宇宙開発の計画は、もう」
 チラッとルーファウスを見て、目を伏せるシエラ。
「廃棄しないで、ロケットは残してある。こうやって坊っちゃんも来た。
 少なくとも、再開の可能性はある、ってことだよな?」
「どうかな。オヤジは、古代種に夢中のようだが」
 出された紅茶を飲みながら、ルーファウスは目の前の二人に興味深い視線を注いでいた。シエラと名乗った女性は、ロケットの技術者だという。そして、シドはパイロットだ。
 こうして一緒に暮らしているのだから、事実上の夫婦なのかと思えば、そうでもないらしい。不思議な間柄だと思いつつ、余計な詮索はするまいと決めた。
「古代種? 何でぃ、そりゃあ?」
「セフィロスがそうだ、って話を聞いたことがあります。
 英雄セフィロスは、その身体を流れる血も、私達とは違うんだと……」
「ほう? よく知っているな。その通りだ」
 焼菓子をつまみ、一口かじる。その様子を不安そうに眺めていたシエラは、ルーファウスの顔に笑みが広がるのを見てホッとした。
「美味しいな。シド、食べないのか?」
「俺様は、ンな甘ったるいモンは大嫌いなんだ!」
「ふうん? じゃあ遠慮なく私がもらうけど。
 こんな男じゃ、料理の腕の奮いがいがないんじゃないのか、シエラ?」
「余計なお世話だよ!! ――ったく。何で俺様がこんな目に遭わなきゃなんねえ?」
 ブツブツと文句を並べ立てるシドに、ルーファウスは気分を害した様子はない。それどころか、楽しそうにクスクス笑っている。
「それはだな、お前が『伝説のパイロット』だからさ。
 飛空挺にその名が使われるほどの人物ともなれば、会ってみたいじゃないか」
「俺様は、あんたに会いたくねーぞ?」
「それは残念だな。でも、あきらめろ。私の警護で随行してきたソルジャー達が泊まるんで、この村に一軒しかない宿屋は満員だ。私は、ここに泊まることにするからな。
 よろしく頼むぞ、シエラ」
「――おい! 何で俺様じゃなくシエラに頭下げてんだよ!?」
「何をバカなことを。この家は、お前のものかもしれん。
 だがな、見ていると料理を作るのも掃除をするのも、彼女がやっているじゃないか?
 家の管理者にあいさつするのは、当然だろう」
 グッと詰まって何も言えないシドと、彼をからかうのがおかしくてたまらないと言いたげなルーファウス。
 目を丸くして二人のやり取りを聞いていたシエラは、たまらずに吹き出した。一方シドは、憮然としてこれからのひと月のことを思い、ふてくされていた。
(パルマーの奴! 今度会ったら、とっちめてやるからな。覚悟しとけよ!)
 プイッと立ち上がると、スタスタとドアへ向かって歩き出す。
「どこへ行く?」
「ついて来るな。ちょっと上海亭に用事ができただけだ」
「それなら、私はここで待つとしよう。適当に戻ってくれよ?
 今後のスケジュールのことを話し合いたいからな」
「ああ。わかってるよ、坊っちゃん」
 さもイヤそうに言うと、シドは出ていった。
「あの……すみません、本当に。多分急なことであなたにどういう態度をとったらいいのか、よくわからなくてイライラしてるんだと思います」
 必死にシドのフォローをするシエラに、ルーファウスは優しい微笑を向ける。
「気にすることはない。変に恭しく接してこられるより、ずっといいさ」
「そう言っていただけると、助かります」
 心底ホッとした様子で、シエラはため息をついた。
「――大変だな」
「まあ! いいえ。そんなことは……」
「私もワガママだとよく人に言われるけど、アイツのは特別だな。まるっきり子供だ」
 紅茶を飲むルーファウスに、シエラは蚊の鳴くような声で言う。
「でも……あの人、優しいんですよ。いい人なんです。
 いまは少し、夢に追いつけなくてイライラしてるだけなんです」
 シエラの頬が、ほんのり染まっている。自分が心なごんでいるのは、美味しい焼菓子と紅茶のせいばかりではないだろう。
「おかわりをくれないか?」
 シエラに微笑みながら、穏やかな午後を楽しむルーファウスである。