4.

「ルーファウス様! しっかりなさって下さい。お願いですから……」
「坊っちゃん――。可哀想なイリーナに、命令してやりな。『ボスの遺体と一緒に、一度ミッドガルへ戻って来い』ってな。あいつ、まだ知らないんだぜ? ツォンさんが……死んだこと」
 リーブとレノは、スクリーンから離れようとしないルーファウスを何とかなだめようとした。しかし、全ては無駄に終わった。ルーファウスは、ただ一つの言葉を繰り返すのみ。
「僕はまだ……お前に言ってない。言ってないよ……」
 号泣する彼を見て、ハラハラしながら後ろで様子を見守っていた都市開発部のスタッフ達も、すすり泣きしている。
 ようやく状況を察したリーブが部下達に仕事に戻るように告げ、この件に関して口止めする。同時に、体内の水分を全て涙にして出してしまいそうな勢いのルーファウスを見かねて、ルードに宝条を連れてくるように言った。
「このままでは、心もお身体も両方保たない。取りあえず睡眠薬でも打ってもらうしかあるまい」
 リーブとて悲しくないはずはないのだが、あまりのルーファウスの悲嘆ぶりに、自身の悲しみに浸る暇がなかった。ルーファウスの世話を焼いているうちに、クラウド達は問題の壁画の間へとたどり着いた。そこから黒マテリアを持ち出すために、ケット・シー1号機を犠牲にしなければならなかったのだ。セフィロスも現れ、黒マテリア騒ぎがあって――その合間には、イリーナは失神するわケット・シー2号機にコントロールを切り替えなければならないわで――彼がかけがえのない盟友を失った悲しみに浸ることができたのは、ようやく夜も更けてからだった。
 薬の力で強制的に眠らされているルーファウスの寝顔を眺めながら、明日になったら社葬にした方がいいのかどうか、そんな事務的なことでこの青年を煩わせなければいけないのかと、ため息をつく。朝を迎えるのがこれほど憂鬱な夜はかつてなかったし、これからも多分ないだろう。
 リーブは、手にしたグラスを傾けた。――苦い酒だった。

「は? いま何とおっしゃいましたかな、社長」
「君は頭だけでなく、耳も悪かったのか。覚えておくことにするよ、ハイデッカー君。もう一度言うから、よく聞きたまえ。――タークスの主任にルードを任命するのには、私は反対だ。言っておくが、レノは問題外だぞ。管理職の適性がないからな」
 冷ややかな青い瞳が、今朝は一段と凄みを増している。それに気づかず、ルーファウスの神経を逆撫でするとは。
(このおっさん、妙なところで大物だよな)
 呆れて言葉もないレノである。
「しかし、それでは後任が――」
「後任は、おかない」
 尚も食い下がるハイデッカーへの苛立ちを隠そうともせず、ルーファウスはピシャリと言う。
「タークスは、もともと社長直属の特別なチームだ。便宜上『総務部調査課』ということで、君の指揮下にあったがね。この際、本来の姿に戻すことにした。つまり、いまのメンバーを私が直接指揮するのさ。そうすれば、何も主任をおく必要もない。――不要な役職の見直しを、私は就任直後に人事課に命じた。彼らの仕事を、一つ減らしてやるわけだ。なかなかいいアイディアだろう?」
 綺麗な口元に、皮肉げな冷笑が浮かぶ。グッと詰まったハイデッカーに、ルーファウスは肩をすくめた。
「さて、私の話は終わりだ。――何をしてる? 仕事に戻りたまえ」
「……失礼いたします!」
 ハイデッカーが荒々しい足音を響かせて出ていった後、ルーファウスの形のよい唇から吐き捨てるように言葉が漏れた。
「下司が! 何もわからないのなら、せめて黙っていればいいものを……!」
(坊っちゃん……ジンクスを信じてるんだな。それで、あんな……)
 レノには、ルーファウスの気持ちが痛いほどよくわかった。まだ幼い頃、ルーファウスはタークスにまつわるジンクスを聞いて大泣きしたことがあるとツォンから聞いたことを思い出す。「歴代の主任は、寿命を全うできない」というのがそれだ。
 ツォンの死で、また一つ記録が更新されてしまった。ルーファウスにしてみれば、これ以上誰かが死ぬのを見たくなかったのだろう。
「イリーナ……戻ってきたら、何て言葉をかけてやればいいのかな」
 自分への質問というより、自問自答しているようなルーファウスの呟き。レノは、正直なところ意外だった。昨日の取り乱しようからすると、今日は仕事どころではないだろうと思っていたからだ。予想に反し、今朝は日の出と共に起床したらしい。秘書達は出勤してきて、ルーファウスが「一仕事」終えてしまったのに気づいて、目を見張ったものだ。昨日は仕事を中断した格好になっているわけだが、社長室の机に山と積まれていた未決書類の山は全て指示がつけられて差し戻されたり、サインをされて既決済みの箱に戻されていたりした。その上、机狭しと置かれたメモ書きの指示――。秘書達は、おそるおそるあいさつをしたが、ルーファウスはいつもと変わらぬ態度で彼らに接した。逆に、不安になる秘書達である。
 ――変わらな過ぎる。無理をなさっているのではないだろうか。
 そば近く仕えている者なら誰でも、ルーファウスがタークスの主任に寄せていた信頼と愛情が並々ならぬものであることを知っている。まして、昨日都市開発部のスタッフが彼らにこっそり教えてくれた情報では、二人はまるで――。
「レノさん。本当に社長――大丈夫なんでしょうか?」
 秘書達は、不安を誰かに打ち明けられずにはいなかった。
「そりゃあ、社長は有能な方ですよ……でもね、今朝からの仕事ぶり、ちょっと普通じゃありませんよ」
「そのうち、飽きるんじゃないのか、と」
「そうでしょうか? ――何だか、嫌な予感がするんです。このままでは終わらないような、そんな気がしてならないんです」
「考えすぎだぞ、と」
 そうは言ったものの、明らかにルーファウスには失調が感じられる。ついさっきも、社葬の段取りをメモした紙のはしが血染めで返されてきてギョッとしたところだ。
「――坊っちゃん!? ケガしてるんじゃありませんか、と」
「いや? 別にどこも痛くないぞ」
 首をかしげるルーファウスの手を取って眺めたレノは、眉をひそめた。書類で切ったのだろう。左手の人差し指から出血していた。
「スッパリ切れてるぜ。これで痛みを感じなかったなんて変だぞ、と」
 傷の手当をしてやりながら、レノは呆れていた。痛みは、人間にとって生死に関わる感覚だ。それが麻痺しているとなると……これは、ただ事ではない。
 人形のように大人しく手当されるままになっているルーファウスに、彼もまた秘書達と同種の不安を抱いた。
(何だか、魂が抜けちまって残された影だけが動いてるような……。神羅は、一体どうなっちまうんだ!?)