3.

「お母さん、さっきの話だけど――」
 食事の手を休め、エアリスが母のイファルナに問いかける。
「明日の朝じゃダメなの? このワンちゃんだって、まだケガが治りきってないし」
「エアリス。気持ちはよくわかるけど……まさかこんな僻地の村に、神羅の人間が来るなんて思わなかったのよ。私達がここにいると知ったら、すぐに兵士を差し向けてくるわ。それが彼らのやり方だもの」
「じゃあ、じゃあイリーナは!? この子、連れていっていいんでしょ?」
 食後の身繕いをするために、顔を前足でしきりにこすっていたイリーナを抱き上げて、エアリスは必死に訴える。
「エアリス、わかっているわね。私達は、これからまた神羅の目を逃れて転々としなければならないの。もし捕まったら、研究所に連れ戻されるのよ。そんな危ない目に、可愛いイリーナを遭わせられないでしょ?」
「そんな……。お別れするなんて、そんなのイヤ!」
 じわあっと涙を浮かべるエアリスに、イファルナは静かに諭す。
「あなたも宝条のことは覚えているわね? あの人にかかったら、どんなヒドイ実験に使われるか」
 この言葉は、かなり利いたようだ。エアリスはぐずつきながらもコクンと首を縦に振り、イリーナをぎゅうっと抱きしめた。
「ゴメンね。お前のこと、キライになったわけじゃないの。でも、どうしても一緒には行けないのよ。ああ、可愛いイリーナ、大好きよ……! 私のこと、いつまでも忘れないでね」
 どうやら母娘がここを去る。しかも、自分は置き去りにされるらしい――。
 そう気づいたイリーナは驚いて、ニャアン、アオンと鳴き始める。もうエアリスのちっちゃな手で、喉を撫でられることもないのだ。彼女の暖かい膝の上での昼寝は、素晴らしく気持ちのいいものだったのに……。
 食事が終わると、二人はささやかな荷物をまとめて明かりをつけたまま家を出て行った。エアリスは、何度も何度も振り返りながら去って行った。せめてもの置きみやげ、ということだったのか。最後にケアルを、母のイファルナと共に再び犬にかけていった。
「何て可愛い、いい子なんだろう」
 エアリスを見送るツォンの目は、地獄で天使を見た、とでも言わんばかりに輝いている。
「あの子が、まるで罪人のように逃げ回らなければならないなんて。世の中、間違っている」
「……話から察すると、俺の主人が当てた魔晄エンジン車を引き渡しにきた神羅の人間に、居所がバレるんじゃないかと恐れたようだ」
「神羅かぁ。ルードもあたしも、神羅のおかげで家なしになっちゃったわけね」
「私だって、恨みができたぞ」
 ツォンは、エアリスを追い回す存在である神羅が許せないものらしかった。
 瀕死の自分を救ってくれた、命の恩人。まだ彼女は幼いのに、女神の如きオーラをその身から発していた。
 ――古代種。それが、イファルナとエアリスが神羅に追われる理由だった。
「また、きっとどこかで会えるよね」
 ツォンを慰めようとして、イリーナは長いしっぽをユラユラと揺らしながらそう言う。
「……ところで、俺達はこれから一体どうしたらいい? 人間のいないこの家に、これ以上いることはできないぞ」
「そうよねぇ。二人を追ってきた奴らに、変なとこ連れて行かれるのもまっぴらゴメンだしぃ」
「――ミッドガルに行こう」
「ええっ!?」
 思わず、声がハモッているルードとイリーナである。
「それはいいけどぉ。でも何故〜?」
 ニャオーンと甘えた声で、イリーナが言う。
「私達には、みんな神羅に大切なものを奪われたという共通点がある。できるなら、復讐したいとは思わないか?」
 いつの間にか、三人の意志決定の主導権を握っていたツォンである。
 翌朝。三匹は意気揚々と、世界の中心・名高い魔晄都市ミッドガルに向かって出発した。リーダーは、どうやらツォンに決まりらしい……。

 さて。一路ミッドガルを目指す一行だったが、ある町の広場で休んでいると脂の抜けたツヤのない羽をした雄鶏がガンを飛ばしてきた。
 目つきの鋭さといい、ボサボサした羽といい。どうも、ロクな食事にありついていないものらしかった。
 三匹は関わり合いにならないように、そっと噴水の水を飲んだりしていたのだが、向こうが放っておいてはくれなかった。まずは身構えているイリーナに、バサバサッと羽ばたいて風を吹き付ける。
「ちょっと、あんた! 何すんのよっ!?」
「悪ィな。運動してみたかっただけなんだぞ、と」
「わざわざ人に向かってやることないでしょ!? ――もう。私、キレイ好きなんだから。近寄らないで!」
「そりゃあどうも、と。それより、あんた達何者だ? 見れば、旅してるらしいが……一体どこへ行くのかな? と」
「関係ないでしょ!」
「俺様には大ありだぞ、と。行先によっちゃ、一緒に行きたいからな、と」
 すっかり全身の毛を逆立ててしまったイリーナを見て、リーダーのツォンが雄鶏に答える。
「私達に近づいたのは、何か目的があってのことだろう。一体何なんだ?」
「あんたがリーダーかい? 見てわかるだろう? ――あんた達にくっついてりゃ、うまいモン喰えそうだからな。あんたといい、そこの白ネコといい、ずい分ツヤツヤしたいい毛並みしてるぜ? ま、ロバはそれほどでもないかな、と」
「……余計なお世話だ」
「呆れた……! あんた、自分で食べ物も獲れないの?」
「俺達雄鶏の仕事は、朝一番に鳴くことだからな、と」
「およそ生産的な仕事とは言い難いな」
 一言言うと、ツォンは他の二匹に合図してさっさと立ち去ろうとする。
「おい、待てよ! 目覚まし時計代わりにはなるんだぜ? 一緒に連れて行けよ、と!」
「――ついて来い、とは言っていない。ついて来るな、とも言わない。私達はミッドガルへ行く。お前はお前の好きにしたらいい」
「お!? ――へえ。そういうことか、と。じゃあ勝手に後をついて行くぞ、と」
 言うが早いか、雄鶏はロバの背中に羽ばたいてちょん、と留まる。
「……足の蹴爪が、痛いぞ」
 ルードがそう抗議したが、雄鶏はどこ吹く風といった顔だ。
「そうそう。俺はレノ。得意なものはケンカとギャンブルだぞ、と。よろしくな!」
 呆れ果てた表情のイリーナにニヤッと笑い、しゃあしゃあとこう言う。
「ミッドガルへ行くんなら、途中ゴールドソーサーを通らなきゃならないだろ? こう見えても、チョコボレースの予想屋で鳴らしたこともあるんだぞ、と。海を渡るにも金がいるし、俺を連れて行った方がいいと思うぞ?」
「当たらない予想屋崩れなど、百害あって一利なしだな」
「ホント、ツォンの言うとおりよ! 勝手について来ないでよね!!」
 フーッと唸るイリーナ。だが、レノには全く効き目がないようだ。悠然とルードの背に留まっている。
 しかし、そんなレノもツォンのこの言葉には敵わなかったらしい。
「レースに賭けるのは結構だ。それがお前自身の金ならな。言っておくが、私達はもっと地道なやり方で資金を稼ぐからな」
「……地道なやり方?」
 ツォンが何をするつもりなのか、気になったのだろう。ルードがおうむ返しに尋ねる。
「園内の雰囲気を盛り上げるために、着ぐるみの人間がパレードしているだろう。あれを我々がやってはいけないという法はない。海を渡る金があれば、当座は困らないだろう」
 大真面目な顔でそう言ったツォンに、イリーナが悲鳴を上げる。
「え〜っ!? それって、私達にチンドン屋をやれって言ってるわけ? イヤよぉ、そんなのー!!」
 抗議行動というわけか。地面に寝転がって驚異的な身体の柔らかさで身をよじるイリーナだ。そこまで徹底した拒否の表現こそしないが、ルードもかなりショックらしい。尻尾を揺らすことさえ忘れたように、固まっていた。そんな二人に、ツォンは憮然として言う。
「チンドン屋ではない。音楽隊、といってもらおうか」
 それって、言葉を言い換えただけなんじゃないの!? と言いたげな視線が二つ。
 おっ、それはなかなか楽しそうだぞ、と答える声が一つ。
 ――人間に頼らず自力で生きるのも、いろいろ苦労があるようだ。



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