4. 「ほら、これが今週の分だよ。客の入りが良かったんで、ちょっとおまけしといてやったからな。園長のディオ様にお会いしたら、よくお礼を言っておけよ?」 一行は、ゴールドソーサーで海を渡るための費用を稼いでいた。 着ぐるみではなく、本物の動物が楽器を鳴らしつつ園内を練り歩くのが、客達には面白かったらしい。始めのうちは、チンドン屋をやるなんて……! と嫌がっていたイリーナだが、すぐに人気者の座を占めた。 純白のツヤツヤした毛並みは絹のごとき触り心地。目は魔法マテリアを思わせるエメラルド・グリーンだ。彼女に甘えられて、何も与えないという客はそういるものではなかった。大概は小銭を、子供達は手にしたお菓子や親が持つバスケットの中からフライドチキンをくれるのだった。 「ま、私の実力ならざっとこんなもんよねぇ」 得意気にそう言い、今日五個目のフライドチキンをツォンに差し出した。 「おっ、ツォンにだけかよ? な〜んか差別待遇だぞ、と」 「あんた、鶏でしょ!? 鶏が鶏肉食べてどーすんのよっ! バカ言わないでよね!!」 「……共食い」 さも嫌そうに、ルードが呟く。一方のツォンはと言えば、すまなさそうな顔でイリーナを見ている。 「ここでは私が役に立っているだけ。いままで色々助けてもらったもの。遠慮しないで食べてね」 「……あんたが動けなくなったら、みんなが困る」 イリーナとルードに促されて、ようやくツォンはフライドチキンを食べ始めた。 「レノ。無駄飯食らいのあんたと違ってツォンは川で溺れそうになった私を助けてくれたり、モンスターがウヨウヨしてる森で寝ずの番をしてくれたり。リーダーとしての責任をキチンと果たしてるんだから! 栄養つけてもらわなきゃならないのは、当たり前でしょ!」 「へーへー。――おっ!?」 突如として、歓声が上がった。何事かと振り返れば、小柄な男を中心にして人々が口々に叫んでいる。 「ジョー! 今度も頼むぜ!」 「無敵のトウホウフハイ! 常勝騎手のジョー! まさに鬼に金棒だな!!」 「がんばって〜!」 「素敵! 憧れちゃうわぁ♪」 老若男女の熱狂的な叫び声を背に、チョコボレースで向かう所敵無しの騎手は、チョコボレース場へ消えていった。 「天才ジョッキーのジョー、かあ。すごい人気よねぇ」 感心した様子のイリーナに、レノはすかさず混ぜっ返した。 「でもよぉ、お陰で配当が低くて低くて。やってらんないよな、と。大穴狙ったって、あのジョーとトウホウフハイのゴールデンコンビに勝てる奴なんざいねえよなあ。もしいるなら見てみたいモンだぞ、と」 「あんたって、ロマンも何もあったもんじゃないわね! ジョーの連勝記録がどこまで伸びるか。そういうのには興味ないわけ?」 「ないな。それが賭けの種になるんなら話は別だぞ、と」 「あんたって、最低……!」 険悪なムードが漂い始めた二人の間に、ルードが割って入る。 「……賭けるなら、自分の金でやれ。ツォンがそう言ったのを、まさか忘れたとは言わないだろうな?」 重低音で一言そう言い、話を終わらせる。 「――そういえば、ジュノンからミッドガルへ向かう途中のコンドルフォートには、盗賊団のアジトがあるという噂を聞いた」 イリーナがお裾分けしてくれたフライドチキンを食べ終わったツォンが、さりげなく話題を変える。物騒な言葉に、イリーナとルードが耳をピクッとさせた。レノは特に変わりない様子だ。 「何でも、化け物四人が中心らしい。正体をはっきり見た者は、どうもいないらしいんだが――」 「化け物!?」 怯えるイリーナに、ツォンは聞いたままを伝える。 「噂では、『ガハハハハ!』とか『うひょっ、うひょひょっ!』とか『キャハハハハ!』とか『ヒーヒヒヒ!』とか、それは身の毛もよだつ恐ろしい叫び声を上げるんだそうだ。できれば近寄りたくない所だが、通らないわけにはいかないんでな。とにかくここで稼いで、武器や装備を調えよう。ジュノンでは我々に金を恵んでくれる奇特な人間などいないだろうからな」 「コワーイ。そんな化け物がいるなんて。でも、盗賊ってことは襲われるのは人間だけでしょ? あたし達なら大丈夫よね☆」 「確かにな。金目の物……マテリアなんかは狙われるだろうが」 「……レノ。どこへ行く?」 「ちょっとヤボ用だぞ、と」 「あんた、やっぱりレースに賭ける気なんでしょ!?」 「さあな、と」 とぼけてはいたが、さっきジョーを見かけてからずっと気になっていたらしい。どうやら、次のレースで一稼ぎしたくなったようだ。 「……金をスッちまうんじゃないぞ」 「大きなお世話だぞルード、と」 「騒ぎを起こすな。――わかったな?」 「了解だぞ。全くあんたは心配性だな、と」 暢気なことを言って、パタパタと低空飛行でレース場へと向かっていく。その後ろ姿をしばらく三人は眺めていたが、やがて不安に駆られたのか。顔を見合わせうなずき合うと、急いでその後を追ったのだった。 チョコボレース場は満員御礼の賑わいだった。 今日ジョーが出場するレースには実力者ばかりが揃っているとあって、人々は面白い勝負が見られるに違いないと、期待で興奮している。 うかれ騒ぐ人々の肩から肩へ飛びながら伝い歩いていくレノを追いかけるのは、二匹にとって容易なことではなかった。ツォンとイリーナは紛れ込むことができたのだが、ルードは係員に見咎められてしまったのだ。 「おや? お前もジョーのレースを見に来たのかい」 今やゴールドソーサー名物となった犬、猫、ロバ、鶏の音楽隊(もといチンドン屋)のことは、係員ももちろん知っている。ばかりか、彼はチョコボ用のギサールの野菜をルードに特別に分けてやったこともある位だ。 「すまないが、今日は入れてやるわけにはいかないんだ。何しろこうお客が多くちゃなあ……。人間があふれているってのにロバを入れたとあっちゃ、賭けているお客達から恨まれるからな。すまないが、ここから先は遠慮してくれ。――な?」 こう言われれば、無理を通すこともできない。そこでルードは入口で待つことにして、あとの二匹が中にもぐり込むことにしたのだった。 「ちょっとぉ〜、何なのよぉ。熱気で毛皮が湿っちゃうわ!」 自慢の毛並みが人混みで揉みくちゃにされて、イリーナは相当ご機嫌斜めである。一方のツォンは、さすが元猟犬なだけのことはあった。既にレノの姿は人々の間にかき消えてしまっていたが、かすかな臭いを頼りに後を追っていく。イリーナは情けない声を上げつつ、懸命にその後をついていった。が。 「――あら、何故こんな所に猫が? 可愛いわね〜!」 運悪く、ハイヒールを履いた女性の足を踏んでしまった瞬間、目を輝かせた女性に抱き上げられてしまった。 驚いたのはイリーナだ。放して欲しいと、必死にニャアン、ニャアンと鳴いて訴える。 だが、彼女はそれを突然抱き上げられてびっくりしたせいだ、と思ったらしい。 「ほらほら、おとなしくしててね。あんまりうるさいと、警備員につまみ出されちゃうわ」 にこやかに微笑み、くしゃくしゃになった毛並みを整えてやりながら腕に抱きかかえる。 「あなたもジョーのレースを見たかったのね? ほら、ここからなら見えるでしょ。だから、いい子にしてるのよ」 その通りなのだが、ちょっと違うのよねぇ……。 彼女の腕から抜け出すことはできそうにないと悟って、イリーナはすまなさそうにツォンを見た。 「あとで落ち合おう。私はレノを捜し出して見張る」 とうとう一人になってしまったツォンである。 さて、その頃のレノはというと。 レース場の内外を数日前から飛び回ってかき集めた情報によると、何でも今日の最終レースには新人が出るらしい。 それも、マネージメント担当の少女エストが大層気に入ったという話なのだ。 「エストのお眼鏡にかなうってことは、そいつ相当筋がいいに違いないぞ、と」 ということは、一着になれないまでも、二着に入る可能性はある、ということではないか? 新人で実力が未知数なため、彼のオッズはかなりオイシイ倍率となるはずだ。そう思い、さっきチケット売り場で確認した所。 ――思った通りの大穴だった。レノ自身に金があれば、迷うことなく新人に大きく張るのだが。 「全く、ケチくさい誰かさんのせいで元手が全然ないときたもんだぞ、と。こうなれば、スポンサーを見つけるしかないかな、と」 さっそく、カモはいないかと会場を見回す。すると、いかにも場慣れしていない風情の老夫婦が一組、殺気立っている人々に押し潰されそうになりながら会場の隅にいるではないか。 「もらったな! と」 喜び勇んで、パタパタとそちらへ羽ばたきつつ人の肩伝いに歩いていくレノだった。 バラバラになってしまった三匹。イリーナを抱き上げた婦人は、チョコボレースが大好きなのだという。 「あなたは誰が勝つと思う?」 柔らかな毛皮を撫でるのが、すっかり気に入ったのか。あれから、彼女はずっとイリーナを抱えたままだ。 イリーナも、喉を撫でられるのは嫌ではない。気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らしている。それを満足そうに眺めながら、彼女は言う。 「そうよねぇ。そんなことわかったら、私は一躍大金持ちよねぇ。――フフフッ。私はねえ、この新人が気になるのよ」 彼女が手に持つチョコボレース新聞には、チョコボに乗ったチョコボ頭の青年の姿があった。 イリーナはしげしげとその写真を見つめ、ため息をつくのだった。 |