3.
 いつか会えると信じてる。私、待つから。ずっと待ってるから。
 だから、もう悲しまないで。涙をふいて。今度は、私があなたを守ってあげる。
 ね、クラウド。約束の地で、また会おうね。それまで、ほんのちょっとの辛抱をして?

「――クラウド、やっと眠ったわ」
「あなただって、いろいろ辛かったのに。今日はもう休んで、エアリス。あなたが倒れちゃうわ」
「ありがとう、ティファ。そうするね」
 古代種の神殿で、私達はセフィロスに会った。彼は冷酷にもツォンを斬殺し、クラウドから無理矢理黒マテリアを奪い、姿を消した。
 ツォンの死を看取るのは、とても辛かった。苦しい息の下から、彼は私達に伝えようと言葉を紡いだ。
「くっ……やられたな。セフィロスが……探しているのは……約束の地じゃない……」
 その後の会話は、思い出すだけで涙があふれてくる。
 私は知らなかった。彼のこと。彼の気持ち。気づけなくて、ごめんね。
 コレルで会った時、何て酷いことを言っちゃったんだろう。それなのに、彼は私にありがとうと言った。
「面白くもない人生だったが……お前のお陰で、少しはましなものになった。ありがとう、エアリス」
 私が泣きじゃくっていると、彼は少し困ったように笑ってこう言った。
「私は……まだ、生きている……」
 多分それは、自分の死で私を悲しませたくなかったツォンの精一杯の、そして最後の思いやり。そんなことをしても無駄だとわかってはいたけど、私は彼にケアルガをかけた。
「――セフィロスが来たのなら、古代の強力な魔法を手に入れるのが目的のはず。こんな酷いことする人に、渡せないわ。私、行くね。ここに留まっている古代種の意識が、彼は危険だって言ってるの。後でまた。ね?」
 これが今生の別れになることくらい、お互いにわかってた。声が震える私に、彼はうんうんと頷いた。
「気を……つけて……な……」
 それが、ツォンの声を聞いた最後になった。
 ケット・シーが自らを犠牲にしてくれたお陰で、私達はメテオを呼ぶという黒マテリアを手に入れることができた。
 案の定、セフィロスが現れて――黒マテリアを自分に寄こせと言う。断固として拒絶するクラウドに、セフィロスは不可解なことを言った。
「さあ、目を覚ませ。クラウド……良い子だ」
 そしてクラウドは黒マテリアをセフィロスに渡し、何が起きたのかわからずに混乱し、私に殴りかかりさえした。
「クラウド、何してるの!?」
 慌てたティファが、クラウドと私の間に割って入った。正気を失っているらしいクラウドを見るのは、これが初めてじゃなかった。
 彼の中にはもう一人、別の彼がいる――。
 そのことに、クラウド自身は明確には気づいていなかった。けれど、私にははっきり見えていた。記憶のモザイクの中で、本当の自分を捜して懸命にもがく彼の姿が。
「ウヘヘヘヘ……俺は何をした!」
 混乱し、近寄る者を見境無く攻撃する魔の一瞬と、我に返り激しい自責の念に駆られる状態とが間断無く続く。
 体力の方が保たずに、ようやくクラウドは寝付いた。それを見届けて、私は身体を休めようと横になった。
 神経が冴えて眠れなかった。今日一日だけで、考えることが山ほどできた。古代種の意識が私の中に直接流れ込んで来たせいで、私の脳内はちょっとしたパニック状態だった。
 与えられた情報が多すぎて、それを整理するのだけでも一苦労。そんな作業の中で、私はある結論に達した。セフィロスは古代種なんかじゃない――。彼は邪悪で、この星の存在全てから切り離されているように思える。その意味するところは、ただ一つだった。
「彼はジェノバ――星を傷付ける者なのね」
 太古の昔に古代種を滅ぼし、今またこの星に危機をもたらそうとしている。
 許せなかった。一度ならず、二度までも。人々の未来を奪う権利が、自分にあるとでも思っているのだろうか。
 ふと気づいた。星を救い、同時にクラウドを救う方法を。私は朝早く旅立つために、まずは眠ることにした。

「黙って出て来ちゃったけど、みんな怒ってないかなぁ」
 ボーンビレッジに到着して、私は目指す場所がごく近くにあるのを感じていた。
 呼び声は今でははっきりと聞こえていた。森の向こうから私を呼ぶ声。古代種の意識。あるいは、念の残滓。
 だが、眠りの森を抜けるにはルナ・ハープという物を発掘しなくてはならないらしい。私は専門家に発掘作業を任せ、待つ間は与えられたテントの中で白マテリアに向かって祈りを捧げていた。
 メテオを防ぐために残された最後の方法は、最強の白魔法であるホーリーの発動。発動のために必要な白マテリアは、ここにある。イファルナお母さんからもらった、何の役にも立たないと思っていたマテリア。これがそうだったなんて、古代種の意識が教えてくれなかったら、私……多分途方に暮れてた。
 祈りを捧げるのは、どこででもできる。ただ、発動のために最も効率良く星の意識に働きかけられる場所は、古代種の都にある水の祭壇だという。
 今では「忘らるる都」と呼ばれている古代種の都。セフィロスの影が迫るのが、ひしひしと感じられた。
 急がなくっちゃ。彼がメテオを発動させる前に、何としてもホーリーを発動させないと。
 だって、私約束したんだもの。全部が終わったら帰るって。もう離れたりしない。ずっと彼の側にいるの。
「おーい。見つかったぜ、ルナ・ハープ。掘り出したばかりだから、泥だらけだけどな」
 作業員の声に、ハッとした。これが、眠りの森を抜けるための……。
「ありがとう。これで星が救えるわ!」
 思わずはしゃいだ私の言葉に、作業員は妙な顔をした。アブナイ女の子だと思われたかな?
 水で泥を洗い落として拭いていると、あちこちから作業員達が集まってきた。
「今までにも忘らるる都に行こうとして、それを持って眠りの森に入って行った奴がいる。でも大抵は二、三日すると、迷って歩き疲れてフラフラになって出て来たんだ。悪いことは言わない。一人で森に入るのは、やめといた方がいいんじゃないか?」
 最小限の荷物だけ持って、ルナ・ハープを抱えて歩き出そうとした私に、親切な作業員がそう忠告してくれた。
「ありがとう、心配してくれて。でも私、行かなきゃ。私にしかできないことが、森を抜けた所にあるの」
「あれっ? 弦も張り直さずに持って行く気かい? それじゃ音が出ないだろう」
「ああ、これね。弦、最初から無いの」
「はあ?」
「私達の耳には聞こえないけど、森の守護者には聞こえるの、音。どういう原理だか私にはわからないけど、これ、そういう風にできてるの」
 呆気にとられる彼らを後にして、私は眠りの森に入って行った。弦の無いハープをかき鳴らすと、霧がさあっと晴れて道が現れる。古代種の意識が教えてくれた通りだった。
 どんどん森を抜けて行くと、やがて私は自分が目指していた場所に着いたことを知った。疲れてたけど、休んでいる暇は無かった。私はすぐに水の祭壇へと向かった。

 祈り始めた頃は、冷え切っている空気に身震いした。時折聞こえてくる害の無いモンスター達の鳴き声に、気を取られた。でも、自分の意識が白マテリアを通じて身体を離れ、星の意識に直接コンタクトできるようになる頃には、そうした事一切が気にならなくなった。
 私は懸命に呼びかけた。力を貸して欲しいと。このままでは、人間達は滅んでしまう。下手をすれば星そのものが壊れてしまう。メテオを呼ぶ者を浄化する力が欲しいのだと。
 ずい分長いこと呼びかけ続けて、ようやく手応えを感じた。
(……懐かしい声がする。もう久しく、このように我らに語りかける者はいなかった。娘よ、セトラの血に繋がる最後の者よ。お前は何故、お前達の種族を迫害し続けた人間達の運命を心にかけるのだ? 人間達がこの星から消え去ったところで、お前が涙する理由は無いではないか)
「それは違います。私の身体を流れる血の半分は、人間です。それに、私は彼らを愛しています。愚かで傷付きやすく、一人では何もできないかもしれないけれど。それでも、ひたむきに生きようとする。それは人間もセトラの民も変わらないのではありませんか?」
(愚かな……か。そう、人間とは愚かな生き物だ。この危機を生み出したのも、元はと言えば人間達が、我らが地中深く閉じ込めたジェノバを掘り起こしたせいではないか。いわば、自業自得だ。播いた種は、自ら刈り取るが良い。いつも同じ過ちを繰り返す。そこから何一つ学ぼうとしない。我らは、つくづく人間という生き物が嫌になったのだよ。他者とのバランスなどおかまいなく、自分達だけが増殖することを欲する。人間達は自分の身体の中にそのような細胞が現れた時、それをガン細胞と名付け、徹底的に排除するではないか? ――同じだ、彼らも。この際、我らは星の未来のために人たる種の存続を認めないことに決めたのだ。さあ、それがわかったなら戻るがいい、娘よ。我らの失望は、そなたに向けられたものではない)
「待って! あなた方は集合意識体でしょう? かつては人だったものも含まれているはず。それなのに、仲間を見殺しにするというの?」
(仲間……とな。生きている時、個体の殻に閉じ込められていた時に感じた事と、殻を脱ぎ捨ててより高次の視点から物事を眺められるようになったのとでは、当然ながら考え方も異なる。各々が切り離された個体でしか存在できない人間が、群体たる我らの仲間?
――いや、違うな)
「それでも、私はあなた方に訴えたい。お願い。人たる種に、もう一度だけチャンスを下さい。第一、このままメテオが発動すれば人間だけでなく、他の生物も死滅してしまうのよ? それはあなた方にとっても、決して本意ではないでしょう」
(さて、どうしたものか。……娘の言い分にも一理ある)
(滅ぼすと決めたのだ。哀願を聞き入れるべきではない)
(しかし、これが娘には最後の願いになるのだ。聞き入れてやってもいいのではないか?)
(そうだ。もうすぐ、この娘は我らと同化する。そうなれば、娘が望んだホーリーの発動に充分な力が得られる。いまの我らだけでは、五分五分といったところだが)
(セトラの民は、結局最後の一人までも……ジェノバを封ずるためにその命を使うか)
(――娘が自ら選んだことだ。我らは口を出すまい)
(……娘よ。我らはそなたの願いを聞き入れることにした。セトラの民最後の者の願いに免じて、我らはホーリーの発動を開始する)
「ありがとう!!」
(……また会おう)
 その時、私は不意にイファルナお母さんの言葉を思い出した。
 ――そうだ。真の望みが叶う時、必ず代償が要求されるんだったっけ。人がその手に抱えられるものの数は、決して多くはないから。そう言ってた。私が払わなきゃならない代償って、何?
 そう思ったのと、答えが閃くのとが同時だった。
 アア、ワタシハ、マチノゾマレテイタ。コダイシュ ノ イシキニ。
 ソレハ、ワタシノ「チカラ」ガ、ほーりーノハツドウニ ヒツヨウダッタカラ。
 あっけない結論。それを受け入れる苦痛。
 私を殺したがっているセフィロスが、哀れになった。破壊することしかできない、何も生み出せない彼。
 私を殺す時、恐らく彼は「これで自分の邪魔をするものは何も無い」と、喜びに打ち震えるのだろう。
 可哀想に。あなたに私は殺される。その瞬間、私はあなたに勝つことになる。それがわからないなんて。

 空からあなたが降ってきた時、私はまさかあなたが生きてるとは思わなかった。
 魔晄炉の爆破があった日、あなたに声をかけたのは、ザックスに感じが似てたから。同じ人だと気づいて、嬉しかった。その後あなたと行動を共にしたのは、あなたのことをもっとよく知りたかったから。
 最初に思ってたのとは違うけど、私はあなたを愛してる。あなたを心配するみんなを愛してる。
 だから、私達がもう一度会える場所、帰る場所を守りたかったの。
 ずっと側にいるって言ったのに、こんなに早く約束を破ってごめんね。
 その代わり、私、ずっと待ってるから。
 ――全部が終わった時、また。ね? クラウド。

= END =


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