2. いつからだろう。彼にあの人を重ねないようになったのは。 初めは、何て雰囲気がよく似てるんだろうって驚いた。でも、違ってた。 その事に気づいたのは、いつ頃からだったんだろう? 「エアリス、眠れないのか?」 「――私、ミッドガルから出るの、久しぶりだから。生まれてすぐにお母さんと神羅の研究所に連れて行かれて。逃げ出すまで、外出の自由ってなかったから。鉄格子のはまった窓からね、よく外を眺めてたの。昼間は海を、夜はお月様やお星様を。いつも思ってた。『外の世界ってどんな所だろう。出てみたいなあ』って。本当のお母さんにそう言ったら、頭を撫でてくれて『覚えておきなさい、エアリス』って。『人は心から望めば、いつかその願いは叶えられるものなのよ。でもね、真の望みが叶う時、必ず代償が要求される。そのことを忘れてはダメよ。人がその手に抱えられるものの数は、決して多くはないのだから』って。その言葉の通り、私は研究所から出ることができた。でも、イファルナお母さんは死んでしまった。そして今、私は自由の身になった。でも、その代わりにエルミナお母さんとマリンちゃんが、神羅に――。ね、クラウド。私、本当に戻らなくてもいいの? 私さえ戻れば、二人は解放されるんじゃ」 「馬鹿なことを言うな!」 そう怒鳴った彼は、次の瞬間ひどく狼狽えて。いつもがクールなだけに、可愛らしささえ感じた。 「ご、ごめん。つい怒鳴ったりして。エアリスがそう約束したとして、神羅がそれを守るとは限らないだろ? ――行っちゃダメだ。あいつらは、人の皮を被ったバケモノだ!」 「フフッ。いまの言葉聞いたら、多分ルーファウス、カンカンになって怒るんじゃない?」 「エアリスは、何故あいつの肩を持つんだ。何の義理も無いだろう?」 彼がむくれるなんて、思ってもみなかった。仲間に対して常に一歩引いた、醒めた目で見ているクラウド。バレットなんか、いまだにクラウドによく突っかかっている。見ていて、思わず笑っちゃうくらい一方的で。ケンカにもなってないのが、可哀想なほど。 でも、いまの彼は……いつもとは違う。何だろう? まるで、クラウドの中に別のクラウドがいるみたい。 「義理とか、そういうんじゃないの。クラウドは意外に思うかもしれないけど、私、ツォンのこと嫌いじゃないの。彼っていい人だと思う。――もちろん、命令一つで私のことを殺せる人なのは、よくわかってるけど。それでも、信用してるの。その彼が、自分の全てを捧げられる存在だと言い切ったんだもの。私も信用してあげてもいいかなぁ? って。それにね。あの時、初めて会った気がしなかったの。覚えてる? ルーファウスったら私のこと、天敵でも見るような目で睨み付けてたの」 「ああ。だから俺はあいつを倒そうとして――」 「やっぱりそうだったんだ。クラウド、誤解してる」 「一体どこが違う!? あいつはエアリスのことを嫌ってるんだろう? そんなヤツに捕まったら、どんな酷い目に遭うか」 「大丈夫。個人的な感情で会社の利益にならないような行動をするなんて、絶対にしないタイプだと思う。彼が私を嫌っているのは、多分――。フフッ。ごめん。クラウドにはどうでもいいことだよね。言ってたでしょ?『私はオヤジとは違う』って。プレジデントは私が約束の地を知っていると思ってたらしいけど、そんなもの、私知らない。何度そう言っても聞き入れてはもらえなかったけど、彼はそうじゃない。ううん、それどころか。『オヤジが執着していたのなら、自分はお前の力など絶対に借りない』。そんな風に考えているのかも。現に私達、いまのところ神羅に監視されてはいないんだし」 「エアリスの買い被りじゃないのか?」 「そうかなぁ。だとしたら、彼と境遇がちょっと似てるからかもね。少なくとも、私が聞いた限りでは」 「大体、エアリスはお人好し過ぎるんだよ! 頼むから……自分のことを一番大切にしてくれ。もしエアリスに何かあったら、俺は……!」 「クラウド?」 抱きしめられて、クラウドが震えているのに初めて気づいた。 私がザックスを失いたくなかったように、クラウドは私を失いたくないと思ってくれているの? ――嬉しいはずなのに、私の口から出た言葉は素直じゃなくて。意地っ張りな自分を恨みたくなった。 「ダメでしょ、こんなことして。クラウドには、ティファがいるんだから」 だって、幼なじみだし、お似合いだと思ってたし。それに……ティファから彼女の気持ちを聞かされてたから。彼女の心を踏みにじるような真似はしたくなかった。 第一、私自身がまだザックスのこと、忘れられそうになかったから。そんな私の迷いを断ち切るように、クラウドは言う。 「ティファとは違うんだ! 幼なじみだったティファが大切なのと、エアリスが大切なのとは全然違うんだ。エアリスの代わりなんて、どこにもいない。――誰にもできないんだ!」 私もだよ。そう言いながら、何て酷いことをしてるんだろうと思った。ティファ、ごめん。私、あなたのこと大好きなのに。傷付けたくないのに。でも……。 気づいてしまった自分の気持ちに、ウソはつけなかった。 「クラウドのこと、私も好き。大好き……」 「エアリス……! 約束するよ。君を守る。一生守ってやる」 「ほんと? 嬉しい」 前にもこんな場面があったっけ。その時の相手は、ザックスだったけれど。 ね。クラウドは、ザックスみたいに突然目の前からいなくなったりしないよね? もう二度とあんな思いはしたくない。まさかそんなことは言えないから、私はクラウドにこう尋ねた。 「ずっと側にいてくれるよね?」 返事の代わりに、私を抱きしめる腕に力がこもった。 ――まさかあの時は、自分がその約束を破ることになるとは思ってもいなかった。 後から考えてみれば、あんな所でツォンに会うなんて不自然だった。それに気づけなかったのは、私の不覚。 ザックスと一緒に来たかったゴールドソーサーを目の前にして、私、多分浮かれてた。 「――あ!」 「どうしたの?」 「ごめん! 急いで取って来るね。宿に忘れ物しちゃったの」 「エアリスって、しっかりしてるようでドジなんだよねー。見た目と結構ギャップあるっていうか」 「ユフィ!」 ユフィをたしなめたティファが、にっこりと笑って言ってくれた。 「ケーブルカーの発車まで、まだ時間あるし。急げば大丈夫!」 「ありがとう、ティファ。みんなは先に乗り込んでて。私はすぐ戻るから」 久しぶりにまともなベッドとシャワーと鏡のある所に泊まれたんで、髪を洗ったのは良かったんだけど。その時、イファルナお母さんの形見のマテリアを髪に編み込むのをうっかり忘れちゃったなんて。こんなドジ、いままでにしたことが無かった。どうかしてた。 宿へと走る私の前に、見慣れたダークスーツを身に着けた男が行く手を遮った。――ツォンだった。 「忘れ物だぞ、エアリス」 彼が差し出したのは、私が取りに行こうとしていたまさにその物だった。 「ありがとう。でも、どうしてあなたが届けてくれるの?」 「――仕事だからな」 かすかについたため息と、微笑とも苦笑とも取れるわずかな表情の変化とが、とても彼らしかった。 「相変わらず、苦労性なんだ?」 「君の監視はしなくていいと命じられたが、保護するのはやめろという命令は受けていない。新たな命があるまでは、与えられた命令に従うのがタークスだ」 彼からこんな屁理屈が聞けるなんて、想像もしなかった。クスクス笑う私に彼は、不注意だぞエアリス、とたしなめる。全くその通りだったから、私は殊勝な顔で頷いた。 でも、それも一瞬のことで。次の瞬間にはもう立ち直っていた。 「私ね、好きな人とゴールドソーサーに来るの、夢だったんだ」 「ほう?」 「すごく嬉しくて、昨日はあまりよく眠れなかったの」 「……クラウドか」 「私、ザックスの影をずっと彼に追っていたの。でも、彼はザックスじゃない。そんな当たり前のことに気づいたら、どんどんザックスの影が彼から消えていった。それでも、彼のこと嫌いにならなかったの。ううん、逆。私、もっとクラウドのこと知りたい。――大好きなの」 「どうしているかと思えば。……幸せそうだな。安心したよ」 「――ツォンには、そういう人いないの? いままでに好きな人って、いなかったの?」 「そんなことはない……が」 「が?」 「いや……何でもない。それより、もう行った方がいいぞ。発車時刻に間に合わなくなる」 「これは私からの忠告。心から愛している人がいるのなら、想いは伝えた方がいいわ。人は、言葉にされなければわからないことがある。想いを伝えなかったら、愛しているって言葉にすれば良かったって――そう後悔する時が、きっと来る。生意気言ってごめんね。でも、これが辛い経験から得た私の教訓。じゃ、私行くね!」 ――古代種の神殿の鍵を手に入れた私達がツォンにそれを奪われたのは、その翌日のことだった。 |