4.

 ルーファウスの発案になる、前代未聞の「タークスメンバーの社内公募」の評判は上々だった。――ただ一つ、人事課を除いては。
 冷やかし、面白半分(社員達だって半信半疑だったのだろう)の応募者が殺到したため、社長面接に回す者をより分ける作業に忙殺された人事課からは、恨みがましい悲鳴が上がっていた。それを知ってか知らずか、自分がこれから面接する社員の人事記録ファイルに目を通していたルーファウスは、最後まで見たあと一言無感動に告げた。
「ご苦労なことだな。――それで? これで全部なのか?」
「経歴と能力を検討しまして、適性のある者を選び出しました」
「そうか。だが、私が見たかった名前はなかったようだが」
「恐れ入りますが、他にどの者の面接をご希望でしょうか……?」
 すると、ルーファウスは重々しく答えた。
「総務部総務課の、イリーナという娘だ」
「総務課のイリーナ!? ご冗談を、社長。デスクワークしか経験したことのない、ただの若い娘です。タークスがつとまるはずがありません!」
「私もまだ若く、経験不足だが――それでも、こうして社長をしている」
 ルーファウスの声の温度は、今や氷点下に達していた。自分が失言をしたことに気づいた人事課長は、あわててルーファウスにおもねろうとする。それを見苦しく感じながら、ルーファウスは鶴の一声を発した。
「とにかく、イリーナをリストに加えておけ。――わかったな?」
 二の句の継げない人事課長を残し、ルーファウスは去った。

 その頃、当のイリーナはハイデッカー治安維持部門統括から嫌みを言われていた。そっと腕時計に目をやること数回。だが、時は亀の歩みよりのろかった。あくびをかみ殺しながら、彼女は顔だけ神妙にかしこまっていた。
「――大体、お前のような小娘が役に立つはずがなかろう。第一、銃は扱えるのかね?」
 ちゃんと射撃は練習してるわよ……フィットネスだってバッチリだし。今日だって、お昼休みに64階でエクササイズしてたもの。
「人事課長から皮肉を言われたぞ。『向上心あふれる部下をお持ちのようで。羨ましい』とな!」
 それは、良かったわね。でも私、何でツォンさんがいつも憂い顔なのかわかった気がするわ。あんたみたいなボスじゃねえ……。どうせ、無理難題ふっかけちゃ困らせてるんでしょう!?
「まあ、心配するな。タークスへの応募の件は、ワシがなかったことにしておいたからな。これからは、こんな出来心を起こすんじゃないぞ。――ガハハハハハ!」
 ちょっとぉ!? 部長、いま何て言ったの!? 何か余計なことしてくれちゃってない、このオヤジ! 人の恋路の邪魔をするヤツは、馬に蹴られて死ぬって言うのよ? あんたなんか、チョコボにつつき殺されちゃうといいんだわ!
「わかったなら、戻っていいぞ。ガハハハハハ!」
 いい加減ハイデッカーのバカ笑いに、イリーナの神経がブチ切れそうになった時だ。秘書が、ハイデッカーに電話をつないだ。誰にでも横柄な態度の彼が姿勢を正して応対している様子を見ると、どうも相手は社長らしい。
「は……その件でしたら、ただいま全力で……はい、もちろんです。お任せ下さい、ルーファウス様」
 あ……やっぱり。部長、社長のこと苦手なんだ。脂汗流してるよ――。
「――はあ?」
 何だか、雲ゆきがアヤシイ感じじゃない?
「ハッ!わかりました!」
 派手に音を立てて受話器を置いたハイデッカーは、不機嫌の極みである。ジロジロと自分をねめつけるのは、やめて欲しいものだ――。
 イリーナは、一刻も早くこの不快な会見を終わらせたかった。
「あのう、私。もう仕事に戻ってよろしいでしょうか?」
 思い切って、口を開く。すると、ハイデッカーの口からは意外な言葉が飛び出してきた。
「その前に、66階の重役会議室へ行け。社長がお待ちだ」
「はい!?」
「だから! タークスの新メンバーを決める面接を、いまやっとるんだ! わかったら、さっさと行け!」
「はい! では部長、失礼しまぁす!!」
 立ち直りの早い元気娘のイリーナは、スキップしかねない足取りで出ていった。ハイデッカーは、一人毒づくしかなかった。
「全く、どんな手を使ったんだ!? あの娘を名指しで、社長が面接したいなんぞ――。わけがわからん!」
 この日ミッドガルの市内では、ハイデッカーに叱咤されてテロリスト達を捜索する神羅兵の姿が妙に多かったらしい……。