2.

「全く、時間の無駄というヤツだな」
 つい先頃、父の非業の死によって神羅カンパニーのプレジデントとなった青年は、すこぶる機嫌が悪かった。退屈するのが大嫌いだというのに、入院生活を強いられている。しかも、父が死んでようやく実権を握れるようになったのと同時ときた。
 ハニーブロンドの髪を、うざったそうにかき上げる。イライラしている時の、昔からの彼の癖である。これでも、爪を噛まなくなっただけ進歩したのだ。
 幼い頃からルーファウスを知るリーブは、そんな彼の様子に苦笑するしかなかった。この方は変に大人びたところのある子供だったが、大人になったいまは妙に子供っぽいところのある、憎めないわがまま人間におなりだ――。
 いずれにせよ、周囲の人間の苦労はひとかたならぬものがある、という事実に変わりはなかった。
「ですが、独断専行を最初から印象づけるのも、どうかと思いますよ。いちいち会議を開くのは面倒でしょうが、いまは改革の時ではありません。あなたは、社長として知らなければならないことが山ほどある身です。まずは社長業に熟達して下さい」
「フン。オヤジの残した、負の遺産だな……。無能な役員、たるみきった仕事ぶり! その上、融通の利かない大企業病に侵された組織。私は、神羅カンパニー最後の社長になるつもりはないぞ!」
「そう悲観することもありませんよ。人材は、ちゃんといます。要は、適材適所ですよ」
「それはどうかな」
 むくれてしまった青年の気分を変えようと、リーブは話題を変えた。他愛ない会話が続く内に、今朝会った総務課の娘――イリーナのことを思い出す。
 転げ落ちそうに大きく見開かれた、生きるエネルギーに満ちあふれたエメラルド・グリーンの瞳。あの娘がこんなルーファウスを見たら、一体何と言うのだろう?
 食事の手を止め、思い出し笑いをしているリーブを見て、ルーファウスは眉根を寄せた。
「リーブ……? お前、どうしたんだ?」
「これはすみません。いえ……ちょっと、面白い娘がいるんですよ。タークス顔負けの情報収集能力の持ち主でしてね。あなたとは、きっと気が合うだろうなと」
「娘? タークス? 悪いが、詳しく聞かせてくれないか?」
 興味を持ったらしいルーファウスが、身を乗り出して微笑んでいる。リーブが今朝の一件を話し終わる頃、ルーファウスの瞳は輝いていた。さっきまでのヘソの曲げようが、まるでウソのように上機嫌だ。食後の紅茶を飲みつつ、ルーファウスはリーブに命じた。
「その女のことが、もっと知りたい。極秘で調査してくれ。――それと、この件に関しては、タークスは使うな。お前は、自前の情報網を持っているだろう? せいぜい、それを活用することだ。なるべく早くに報告を頼むぞ」
 自らの運命の歯車が動き始めたことをイリーナが知るのは、まだ先のことである。

3.

「早くジュノンへ移りたいものだ。ここは嫌いだ」
 医師団はこぞって反対したのだが、あまりの退屈さに耐えかねて、さっさと退院したルーファウスだ。重傷と伝えられていた彼が早々と職務についたことは、一般の社員達にとって何よりの精神安定となった。本社ビルの復旧をはじめ、プレートの落下で大惨事となった7番街スラムの整理、住民の仮設住宅建設といった作業が予定よりハイペースで進んでいる。それは、就任直後に彼が様々な改革を行うことを発表したのと、決して無関係ではないだろう。
 このところ社内には、活気に満ちた空気が充満していたからだ。
「確かに……。ジェノバを持ち去る際のセフィロスの凶行で、社長室が使えなくなりましたし。他の階も、アバランチの一行が暴れてくれたせいで、復旧に時間がかかっています。いろいろ不便かとは思いますが――」
「そうではないさ、ツォン。ミッドガルは、海も空も太陽もない。花は咲かないし、小鳥がさえずることもない。こんな空気の死に絶えた所……オヤジは好きだったかもしれないさ。だが、私は嫌いだ。社長になったからといって、何もミッドガルにいなくてはいけないわけでもないだろう?」
 駄々をこねるルーファウスに、ツォンはかしこまって答える。
「セフィロスの行方がわかるまで、あるいは、せめてその手がかりが掴めるまでお待ち下さい。ここには、もう何も彼の関心を引くものはありませんから……。今のところ、ミッドガルの本社にいていただくのが、一番安全だと思われます。それに、社長就任パレードの件もありますし」
「――私は、道化か?」
「ルーファウス様は、私達社員が忠誠を捧げるにふさわしい人間なのだと、人々に手っ取り早くわからせる方法を選んだまでです」
「戦車に乗って、ジュノンの街を練り歩くことがか!?」
「はい。若く、魅力的な指導者の出現に、人々が歓呼する様が目に見えるようです」
「ほう? つまり、私という人間の中身は必要ないわけだな? 外見だけが重要というわけか。――気に入らないな」
「そんな意味で申し上げたのではありません。それに、神羅本社ビルでプレジデントが殺害され、あなたも大ケガを負ったというニュースに人々が動揺しています。一般には、どちらもアバランチの仕業だということになっていますから。人心をまとめるのには、あなたの元気な姿を見せるのが一番効き目があるんですよ。ただ」
「ただ?」
 自分を見つめるツォンの目に優しい光が宿るのを、ルーファウスは見た。こういう目をされると、どうも苦手だ。幼い頃からの付き合いで、弱点は全て把握されている。自分は、ツォンの弱みをいまだに何一つ知らないというのに……。
「人は、仕える人間を鏡に、自らを映す生き物です。忠誠の対象である鏡には、歪んでいて欲しくないものです。映った像が、醜いものにならないように――」
「お前は、私が鏡の役に耐え得ると判断したわけだ」
「こんな言い方はお気に障るかもしれませんが。少なくとも、あなたは父上よりはカリスマ性をお持ちのようですから」
 瞬間、ルーファウスの眉がはね上がる。それを見たツォンは、こらえきれなくなって笑いを漏らした。
 どうしてこの方は、昔からこう素直なのだろう。見知った人間に対しては、ポーカーフェイスが全くできないときている。
 ルーファウスが更に表情を険しくしたのに気づき、ツォンは笑うのをやめ、今度は大真面目な顔で言った。
「誤解なさらないで下さい。私は、見事な手際だと申し上げているんです」
「何がだ?」
「タークス公募の件です」
「ああ、そのことか……。さっきリーブも言っていたな。反響だけは、すごいらしい」
「前社長には、絶対に思いつかない芸当ですよ。これで社員達は、あなたに対して親近感を抱くでしょう。と同時に、今までとは違う、全く新しい時代が来たことを、肌で感じたことでしょう」
「今日は、ずい分と褒めてくれるんだな。何かいいことでもあったのか?」
「いいえ。私があなたのことを高く評価しているのが、そんなに意外でしたか?」
「ああ。――期待には、応えなければな」
 ご機嫌なルーファウスを眺めながら、ツォンは考えるのだった。神羅は、これから何を目指すことになるのだろうか、と。
 ルーファウスは、世界の覇権だと言うかもしれない。それは、前社長の野望でもあった。しかし、約束の地にネオ・ミッドガルを建造することだけを考えていたプレジデントとは異なり、ルーファウスの考えはツォンにもよくわからなかった。
 現に、タークスは古代種の生き残りであるエアリスの監視の任を一時解かれ、セフィロスの行方を突き止めることを最優先任務に与えられていた。レノが負傷して入院中の現状では、人手不足だから、というのがその理由だった。アバランチなどというテロリスト集団など放っておけ、と。
 だが、ツォンはそれだけではないものを感じていた。魔晄料金の15%値上げによって得る利益は、都市開発部と兵器開発部が山分けすることになっていた。前社長のこの決定を、ルーファウスは追認した。
 しかし、その際に一つ指示を出した。リーブに、ネオ・ミッドガル計画の保留を命じたのである。古代種の生き残りの身柄がまだ拘束できていない、というのがその理由なのだが。それならば何故、エアリスを捕らえるようタークスに命令しないのか? いま一つ、釈然としないツォンである。
「――ジュノンへの足は確保できたのか?」
「ヘリで向かうことになるかと。いずれにせよ、ジュノン側の準備もありますから。もうしばらくお待ち下さい」
「そうか。なら、出発前に時間がとれそうだな」
「何の――まさか!?」
「過労死しかねないお前のために、私自ら有能な部下を選んでやろうというんだ。感謝してくれよ?」
「……ありがとうございます」
 妙に楽しそうなルーファウスの様子に、嫌な予感を覚えるツォンだった。