3.

「しかし、すごい迫力だな。実際に見たの、初めてだ」
「……凶々しいでしょう?」
「お前からそんな言葉を聞くなんて。何だか意外だな」
 ルーファウスはご機嫌だ。
「あいつは別格なんだな。他のソルジャーを見ていて、よくわかったよ。目が全然違う。山猫みたいな、人に媚びない目。魔晄の光を浴びて青みがかった、緑色の瞳――。宝石よりキレイだ。それに、流れ落ちる銀糸のような長い髪。思わず触りたくなったぞ?」
 無邪気な物言いに、ツォンは頭痛がする。
「手を伸ばさないで、良かったですね。そんなことしたら殺されてますよ!?」
「だろうな。私のこと、何だか知らないけどもの凄い勢いで睨み付けてた。会うのは今日が初めてな気がするんだけどな?」
「あなたが気づかない内に、実は出会ってるんじゃないですか? まさかその時、髪を引っ張ったりしてないでしょうね!?」
「してるのかなあ。……あそこまでガンつけられる理由、取りあえず私には思いつかないんだけど」
 不思議そうに言うと、ルーファウスは上昇していくハイウィンドを見上げて眩しそうに目を細めた。
「ミッション前はピリピリしてるって言ってたな、あのソルジャー。――聞いたか、今回の任務」
「はい。……誇り高い彼にとって、愉快なものではないでしょう」
 重い声で、ツォンは言う。
「なあ、オヤジのヤツ、一体この世界で何様のつもりなんだろうな。全能の神にでもなった気なのか。――神なら、人間だって創り出しかねないわけだ。いや、もう創り出してるか。ソルジャーをな」
「ルーファウス様……」
「セフィロスは、全てのソルジャーのプロトタイプだと聞いた。幼い頃から血を調べられ、心と身体をいじられて育ったのだと。苦心の末に仕上がった完成品は、皮肉なことにデキが良すぎた。戦争中は英雄扱いしておいて、平和になれば厄介者扱いだ。あのプライドの高そうなヤツが、いつまでもそんな境遇に甘んじているかな?」
「――何がおっしゃりたいのです?」
「案外、目指すものは同じかもしれないぞ。私とセフィロスは」
「何故そう言い切れるんです。彼の心の内など、誰にもわからないでしょうに」
「そうか? ――寂しい瞳(め)をしてた。誰も寄せ付けないバリアを張って、懸命に身構えて。もしお前がそばにいてくれなかったら、きっと私も同じ瞳をしてたよ」
「ルーファウス様……!」
「さて、オフィスに行こう。たとえ目的が同じだったとしても、あの様子じゃ絶対に協力なんかしてくれそうにないからな」
「――はい。そうですね」
 ルーファウスの口からは、めったに感謝の言葉を聞くことができなかった。しかし、たまにこうして思いがけないところで漏らされる。
 はっきりと「ありがとう」と言ったわけではなかったが、ツォンにとっては十分だった。
(あなたの瞳が、セフィロスのように冷たいものにならなくて良かった。あなたの心が、凍てつかないで良かった。そして、あなたのおそばにいる場所があって、私は幸せです)
 くしゅん、とルーファウスがくしゃみをした。いまはもう、冬の初め。夕方になり、日が陰ってきたのだ。海から吹き付ける風が、肌に冷たかった。すかさず、自らの上着をルーファウスに着せかけるツォンだ。
「バカ。そんなことしたら、お前がカゼひくだろッ!?」
「あなたとは、鍛え方が違いますよ。大丈夫です」
「うっ……。悪かったな、軟弱者で」
「――少し長く外にいすぎましたね。早く中へ入りましょう」
「ああ」
 おとなしく上着を羽織って、ルーファウスは足早に歩いていく。その横に、ぴったりとついて歩くツォン。彼らは全く気づいていなかったが、ハイウィンドの窓から下を見下ろす一対の眼があった。
「愛されて、守られて。クックックッ……果たして、いつまでそれが続くかな?」
 楽しげに笑っているセフィロスなど、めったにお目にかかれるものではなかった。ザックスは驚いて、この美貌のソルジャーを見つめた。
「セフィロス……?」
 よほど不安そうな声だったのだろう。セフィロスは笑うのをやめて、ザックスに向き直ると言った。
「どうした。俺が笑うのが、そんなに珍しいか」
「珍しいよ」
 キッパリと言い切ったザックスに、セフィロスは再びクックックッ……と笑い出した。
「昔からあいつはああだったな、と思っただけだ。常にあいつを守る者がそばにいて。あいつはただ、黙っているだけで俺の欲しいものを手に入れる。――我慢ならない、しゃくにさわる存在だったよ」
「何のことを言ってるのか、俺にはさっぱりわからないよ」
 ふう、とため息をついてザックスは立ち去ろうとした。そのまま数歩歩み、ふと空気がゆらめいた気がして振り返る。
 窓に向かって壁にもたれかかっているセフィロスの肩が、小刻みに震えている。顔は長い髪に隠れて見えなかった。
(泣いてるのか……! いや、まさかな……)
 首を振り、そっと歩み去る。一人残されたセフィロスの頬を、透明な滴が伝って落ちる。自嘲の笑いは、止まらなかった。
 俺は、何のために生きている? 何のために生み出された? ――俺は、あいつやザックスのように「人間」なのか?
「ガスト博士……どうして死んだ? 何故俺に何も言わないんだ、宝条」
 いくら考えても、答えの出ない問い。いつか答えにたどり着けるのだろうか。自分はそこで、何を見出すのだろう?

 望んだものは、ありふれたもの。
 望まなかったものは、「英雄」の肩書き。身体を流れる、古代種の血。
 心の底から欲しいものは、ただ一つ。決して手に入らないものも、ただ一つ。
「母さん――」
 世界が憧れの眼差しを向ける孤独なソルジャーは、まだようやく二十一歳になったばかりだった。この時、人々はおろか、本人すら翌年の悲劇を知らない。
 ――世界崩壊の序曲は、既に始まっていた。

= END =