4.

 結局、何となく気まずい思いで解散したアバランチのメンバーは、そのまま無言で宿泊先の家へと帰っていった。
 いろいろ聞きたいことはあったのだが、自責の念に駆られているらしいリーブに物を尋ねるのはためらわれたのだ。
「何だか可哀想だよね、あの人」
 ユフィが呟いたが、この言葉が一同の気持ちを表していたろう。
「ずっと見張ってたけど、別に変わったことは無かったよ。オイラのこと、イレズミ見て驚いてたけど」
「上が上なら、下も下や。えらい気さくに話しかけてきよりましたで〜、パイロットも技術者の兄ちゃんも。あんたらホンマに状況わかってるか〜? って、こっちが焦りましたわ」
「――そうか。なら、いいんだ」
 実は村長の家に一同が集まっている時、ナナキとケット・シーはヘリコプターとリーブの部下の見張りをしていたのだった。
 リーブが信用できる人間だったとしても、同行してきた部下達もそうだとは限らない。辛気くさい話に付き合うのはゴメンだと、見張り役に回ったのである。
 見張りを付けることは、ヴィンセントが提案した。元タークスとしての彼の勘は、この不自然な状況に警戒信号を発していた。
 何かがおかしい――。それが何なのか、明瞭になればスッキリするのだが。
 釈然としないまま眠りについたヴィンセントだったが、どうにも気になって仕方なく、遂に彼はベッドから抜け出した。

「――何をしている?」
 いきなり背後から銃を突きつけられて、リーブは硬直する。そして、ゆっくりと息を吐くと両手を上げ、抵抗の意志がないことを示した。
「調整ですわ」
 答えた声には、何の感情も含まれていない。見つかることを、あるいは予期していたのか。そう思わせるほど、リーブの態度は平然としていた。
「僕かて、こんなマネしとうない。せやけど……あんたらを野放しにするわけにはいかないんや。あんたらは、いつルーファウス様のジャマになるかわからんさかい。それにしても、このカラクリに気づくなんてな。さすがやでぇ、ヴィンセントはん」
「私は、もうタークスではないはずだがな。身体に染みついた癖は、そう簡単に抜けないらしい」
「で? 僕をどうするつもりなんや。このまま殺されても、文句は言えへんなあ」
「私に、また一つ罪を重ねろと言うのか? ――リーブ。私はただ、聞きたいだけだ。お前がそんなにも大切にしている者のことを。彼の考えを。何しろ、あいつは私が眠っている間に生まれたのだ。私にはこの三十年、世界で何があったのか、お前が何を見てきたのか。それがわからないからな」
 そう言うとヴィンセントは銃をしまい、リーブに腰をおろすよう促す。
 ため息を軽くつき、リーブは言う通りにする。そして、何から話したものかと物憂く呟く。
「確かにそうだな。私は……あまりにも長く眠り過ぎていたようだ」
 ヴィンセントは自嘲の笑いを浮かべ、銃を突きつけたことを詫びた。
「気にしてまへん。いままで、そんな目にはイヤというほどおうてきましたわ。生きてるのが、不思議な位やなぁ……」
 過去を回想しているのか。遠い目をするリーブに、ヴィンセントは尋ねる。
 神羅全盛の現在に至るまでの、血塗られているだろうカンパニーの道のりを――。
 それに対し、訥々とリーブは答える。ヴィンセントの予想を裏切らない、業火と流血の日々を。語る方も聞く方も次第に気が滅入ってくる重い会話が続き、やがて二人同時に音を上げる。
「――悪かったな。もういい。嫌なことばかり思い出させて、本当にすまなかった」
「久しぶりなのに、こんな話。えろうすいまへん」
 お互いに相手に謝り合っているのに気づき、苦笑が二人から漏れた。
「何や、ヴィンセントはんってホンマ変わってまへんな〜。相変わらず律儀な人や」
「それはお前だろう、リーブ。胃の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫……じゃないかもしれへんなぁ。何せルーファウス様ときたら、ちょっと目を離すといろいろしでかしてくれはって。これまでにも、寿命の縮む思いはさんざんしてきたつもりや。でも、クラウドとやり合って大ケガされた時は……! もう二度と、あんなのはゴメンやな。それはツォンも同感らしいけどな?」
「ああ、そう言えば村長が私に尋ねたな。その男のこと、知っているのかと。この村と何か関係があるのか? だとすると、その男――過去にわけ有りということか。ここは神羅に国を滅ぼされた者や、魔晄炉の爆発事故で故郷を失った者、魔晄都市での生活に疑問を抱いた者が住む村だ。私が眠りにつく前、プレジデント神羅は世界随一の跡取り娘と結婚した。結婚式の前後に、秘かに囁かれた噂があった。本当は、プレジデントには別に結婚したい女性がいたのだと。だが彼女にプロポーズして拒絶され、彼女の心を攫った男と彼の国を憎悪するようになったのだと。世界の全てを手に入れたい。――そんなプレジデントの野心は、実はそれがきっかけなのだと。もしあの噂が真実なら、その男はプレジデントを拒絶した女性が選んだ男や彼の国と、何らかの関係があるのではないか?」
「ヴィンセントはん、あんまり勘が良かったり切れ者過ぎるってのも幸せにはなれまへんで? ――その通りや。ツォンはアキコの息子なんや」
「アキコ? それが問題の女性の名か」
「大学でな、いつも四人一緒やった……。専攻は違うのに、話が合って。よく夜通しお喋りしたもんや。閉鎖的なウータイが嫌で国を飛び出したアキコは、とても生き生きしててなあ。美人やし、言い寄る男は後を断たなかった。武術の心得もあってな、あまりしつこい男を投げ飛ばしたこともあったでぇ? まあ、そういう気の強いところがええんやけどな。――ちょっと見た感じはティファに似てるかな? 中身はユフィやなあ。とにかく、そんなんだったからアキコに熱を上げてる男は腐るほどいてな。プレジデントとツォンも、彼女に夢中やった……」
「仲良し四人組、か」
「そうや。卒業まで、いつも一緒だったんや。僕とプレジデントとツォンとアキコは、学内でも有名なグループだった。卒業式の前日、プレジデントは勇気を振り絞ってアキコに告白したんやな。でも、彼女が選んだのはツォンだった。えらいショックだったみたいやな。無理ないけどなぁ。女に不自由しない男が、初めて肘鉄くらったんや。男泣きされたでぇ?『君が嫌なら、会社は捨てるとまで言ったんだ。そうしたら何て答えたと思う? あなたは同じ。例え兵器会社を捨てて別の会社を作ったとしても、あなたはきっと同じ事をするわ。他社を押しのけ、独り勝ちを目指すのでしょう? それは、私が欲する生き方じゃないの。あなたとは、目指すものが違うのよ。私は、あなたとは一緒に生きられない。それに、あなたが私にこだわるのは――愛のためじゃない。多分あなたの言いなりにならない女は、私が初めてだったのね。だからよ。あなたは、独占欲が強い人だから……。それにね、私は自分がどうしたいのかわかっているの。心を曲げることはできないわ。ごめんなさい』そう言われた、ってな。『あいつだな。君は俺じゃなく、あいつを選んだのか』。そう聞いたら、アキコは黙って首を縦に振ったそうや。それから、こう言ったらしい……。『傍にいて、彼の手助けをしたいの。あの人の夢を、共に追いたいの。――愛してるの。でもね、あなたのこと嫌いじゃないのよ。ただ……あなたの夢は、私には追えないわ。これからも友達でいて欲しいけど、きっとそれは無理なのね。さようなら。元気でね。――四年間、楽しい時間をありがとう』。卒業してすぐ、アキコとツォンは結婚した。国家を凌ぐ大企業に対抗するためには、各国家がバラバラでは無理だ。それがツォンの信念だった。紛争調停のための国際機関の設置、それを端緒にいずれは世界連邦を作り上げること……。壮大な夢や。でもなあ、時間はかかるかもしれへんけど、邪魔さえ入らなかったら多分ツォンはやり遂げてた。EE社や神羅やパルマーグループ……。自社の利益のためには戦争さえ作り出す大企業の横暴に耐えかねた小国は、次々にツォンの国と同盟を結んだ。ツォンもアキコも、世界中を飛び回っていたもんや。そんな時やった――アキコがある国に向かおうとして事故死したのは。プレジデントの悲嘆といったらなかったで? 泣くだけ泣いて、立ち直ったのはええんやけどな。生きていれば、またいつか会える。仲直りもできる。それだけを楽しみにしていたプレジデントは、誰かを恨まずにはいられなかったらしくてな。その矛先をツォンに向けたわけや。お前自身が出向いていれば、アキコはまだ生きている。お前の代わりに出向いて、事故に遭ったんだ。彼女はお前に殺されたようなものだ。お前は二度までもアキコを俺から奪った。彼女はもう、二度と帰らない――。大切な者を永遠に俺から奪ったお前を、俺は決して許さん。この怒りは、俺がお前からお前の命を奪うまで続くだろう。今に見ていろ。俺はお前から全てを奪い去ってやる。その命を、国を、理想を、お前の愛するもの全てを。この決意が、いまの世界の有様を作りだしたんや。せやけど……プレジデントはなぁ、幸福じゃなかったでぇ? 欲した物は全て手に入れているように、人には見えたかもしれへん。けどな、そんなことあらへんのや。本当に欲しかった物は何一つ手に入れられないまま、誰にも看取られることなく独りぼっちで死んだんや。……なあ、ヴィンセントはん。人間には、捨てちゃいけないものがあるんや。あんたにはそれが何か、よーくわかってる。だから、苦しんでるのとちゃいますか?」
「……そうかもしれん。だが、いくら良心があっても行動できなければ、それはいたずらに心を悩ませるだけでしかない」
「その苦しみがわかるのなら、僕のやってることを見逃してくれまへんか? いまの世界を作り出したのは、プレジデントや。僕かて、責任は重い。でもなぁ……ルーファウス様は関係ない。あの方はなあ、キーヤ様にそっくりなんや。容貌も考えていることも、本当に瓜二つや。大の魔晄嫌いで、ミッドガル嫌いで。ルーファウス様がセフィロスを追うのは、もう二度とミッドガルのような魔晄都市を造らせないためなんや。間違っても、神羅を永続させるためなんかやない。あの方は、恐らく世界一のテロリストや。いまはまだ、本性隠してるさかい。僕の言うことが信じられないかもしれんけどな」
「わかった。私はルーファウスを直接は知らないが、お前のことは信じられる。ケット・シーがスパイであることは、黙っていよう」
「……おおきに。恩に着ますで、ヴィンセントはん」
「その代わり、約束しろ。我々を害したりしないとな」
「もちろんですわ。正体を明かせるものなら、エアリスを安心させてやりたいところなんや。『エルミナとマリンは無事やさかい、心配せえへんでもいいで』ってな。二人はカームの街にいるんですわ。僕が責任持って身柄は預かってます。そりゃあ……人質だ、って言われればそうなんですがね。僕はそう思ってまへん」
「ところで、あのタークスの男は何故献身的にルーファウスに仕えているんだ? お前からいま聞いた話だと、ツォンにとってルーファウスは自分の父を殺し、国を滅ぼした憎い男の息子だろうに。何故仇の子供に親身に尽くせる? エアリスから聞いた話では、実の家族も同然の間柄だそうじゃないか。偽りで、そこまでできるわけがない。本当に、ツォンはルーファウスが大切なのだろう。麗しい話だが……何故だ?」
「それは、多分――容易く得られるものではない信頼を、ルーファウス様が無条件でツォンに与えているからや。自分を頼るものには、人間誰しも弱いもんや。まして、誰にも向けない笑顔を自分だけに見せられたら。そりゃイチコロですわ」
 肩をすくめたリーブに、ヴィンセントは思わず笑う。
 なるほど、複雑怪奇に見える世の事象も、根っこの所では案外生々しい感情の所産なのだということか。
 所詮人間とは、そういうものなのだろう……。理屈ではなく、主義主張ではなく。好悪や愛憎に突き動かされる、脆い存在なのだ。
「これからまだ、一仕事あるのだろう? 悪いが私はもう寝るぞ。お前と違って、ヘリの中で熟睡というわけにはいかないからな」
 微笑みを浮かべて立ち上がったヴィンセントを、リーブはさもすまなそうに見る。
「そんな顔をするな。彼らより、お前との付き合いの方が長いからな。それだけのことだ」
 そう言い、ヴィンセントは立ち去っていった。後ろ姿を見送りながら、リーブは感謝の言葉を呟いた。
「もう友達なんて、ツォンの他にはいないかと思ってましたわ。それはえらい勘違いやったみたいや。ありがとう――」

 翌朝。食事の後、アバランチの一行は風力発電の装置や家々の屋根に取り付けられているソーラー発電を興味津々で見て回った。彼らに説明をするリーブも、どこか楽しそうだ。ヴィンセントは、そんな光景を眺めて考えるのだった。
 理想郷を作りたかったというリーブ。だがその思いは、彼の予期せぬ事態を現出した。
 ルクレツィアも、あるいは同じだったのではないだろうか? モンスターを生み出したくて、実験に協力したはずがない。
 しかし、彼女にはリーブほどの強さが無かった。だから、セフィロスから逃げた。逃げることしかできなかったのだ……。
 それにつけても、とヴィンセントは思いをめぐらす。
(宝条――。お前は、最初から彼女を愛してはいなかったのか? 実験のためだけに、ルクレツィアに近づいたのか。もしそうだとしたら、私はお前を許さない)
 だが、同時に自分自身をも責めずにはいられなかった。
(私が身を引かなければ、事態は異なっていたのかもしれない。あるいは、宝条がルクレツィアを利用しようとしていたのなら、何故私はその事に気づけなかったのか。どちらにせよ、私の罪は大きいのだな……)
「――ヴィンセント? どうしたの、眉間にシワ寄せちゃってさ。ひと休みしたら、いよいよ出発するって!」
 暗く淀んだ空気を身の回りに漂わせ始めたヴィンセントに、ユフィが声をかけた。
 艶やかな黒髪に、くるくるとよく動く黒い瞳。少々お転婆で勝ち気な少女の姿は、ある女性を想起させる。
「アキコ……?」
「どうしたのさ、ホントに! あたしの名前はユフィだよ? やだなー、ボケないでよ!」
「――フッ。そうだな。お前は違う」
「さ、行こう! 荷物の点検しなきゃ。あたし、重いの担ぐのは嫌だからね〜!」
 ヴィンセントの胸をよぎった思いには気づくことなく、ユフィは屈託なく笑う。その笑顔が、いまのヴィンセントには眩しかった。
 こうして、一行は村を後にした。昨日は怯えていた村人達も、今日は出発を快く見送ってくれた。
 メグも出てきて、おずおずとクラウドに花冠を差し出す。
「あのね、今朝作ったの。……昨日はごめんなさい」
 目を白黒させているクラウドに、エアリスが代わって花冠を受け取る。
「ありがとう。このお兄ちゃんねえ、嬉しくってびっくりしちゃってるみたいよ。――ね、クラウド。そうよね?」
 とっさのエアリスのフォローに、ようやく呪縛が解けたらしい。
「あ、ああ。どうもありがとう」
 屈んで、少女にお礼を言う。メグはそれで満足したのか、はにかんだ笑顔で母親の後ろに隠れてしまった。
「お世話になりました!」
「皆さんも、お元気で」
 口々に、別れの言葉が述べられる。人々の中に穏やかな微笑を浮かべるリーブの姿を見出したヴィンセントは、一歩前に進み出た。
「――お前に会えて良かった。またいつか、会えるのだろうな?」
 それに応えて、リーブも前に進み出て言う。
「必ず会えますとも。ヴィンセントはん、ホンマにおおきに……」
「行こう」
 クラウドが荷物を担いだ。それを合図に、他の者も荷物を背負う。
 歩き出した一行が後ろを振り返ることはなかった。だが、一行の胸には様々な思いが去来していたらしい。しばらく無言で黙々と歩いていたが、やがてティファが誰に話しかけるでもなく言う。
「私……神羅のこと大嫌いだったの。ううん、だった、じゃない。いまも嫌い。でもね……。ああいう人もいるんだなって知ったら、本当に憎むべきなのは誰なんだろうって。そう思ったの」
 これに対し、間髪入れずにユフィが叫んだ。
「そりゃさー、やっぱあのヒヒオヤジなんじゃん? プレジデント神羅。あいつが諸悪の根源だもん。決まりだね!」
「おう! 俺もそれに賛成だな。プレート落としの一件、俺は絶対に忘れないぜ!」
 吠えるバレットに、しかし素直には頷けないヴィンセントだった。
(違う……。恐らく、憎むべき者などいないのだ。プレジデントとて、愛する女性と共に生きることができたら……。あるいは、空しい野望など抱かなかったかもしれないのだから)
「……人には多くの悲しみがあり、苦しみがある。そして、時にその悲しみや苦しみに心が耐えられずに、暗く深い穴が空くことがある。憎むべきは、そうした心の虚無に付け込む物だろうな。どんな人間でも、良心の全く無い者などいない。悪しき心を欠片も持たぬ者がないように」
「――うわぁ。出たよ、詩人ヴィンセント。ヴィンセントってさあ、時々こうだよね。あたしにはついていけないよ」
「まあ、ユフィったら」
 クスクス笑うエアリスだが、内心昨夜何かあったのだろうと思っていた。
 リーブとヴィンセントとは、顔馴染みらしい。積もる昔話をするだけではなかったのだろう。さもなければ、ヴィンセントはこのような事を言い出さないだろう……。
「全く、あたしの一生の不覚だよ。こんなヘンなヤツらと旅をしてるなんてさ」
 盛大にぼやくユフィ。そんな彼女に、ヴィンセントは笑う。
「お前はいま我々と旅をしているわけだが、これはいつか終わる。それと同じで、人生など所詮長い旅に過ぎない。お前の旅は、まだこれからだろう? これに懲りたら、仲間はよく選ぶことだな」
 絶句するユフィだが、ヴィンセント自身はこの仲間、そう悪くはないと思い始めているのだった。
 それぞれに思いも目的も異なる一行。彼らの旅は続く――。

= END =