3.

「これは……。そうそうたる顔ぶれだな」
 システムの点検と補修を部下と共に手早く済ませ、村長の家に報告しに戻ってきたリーブは目を丸くする。
 無理もない。そこには前プレジデントを殺害し、ルーファウスに重傷を負わせたとされているテロリストグループの一味が勢揃いしていたのだから。
「都市開発部長――。そんなお偉くてお忙しいはずの人が、こんなとこにいていいのかよ」
 皮肉げに言うクラウドを、ティファがたしなめる。
「ちょっと、クラウド! この人に通報されたら、私達袋のネズミなのよ? ケンカ売るようなこと言わないでよ。気を悪くされたら、どうするのよ!?」
「ハハハ……。信用してもらえないのも無理はないが、私はそんな真似はしないよ」
「――そうは言うが、あんたは神羅の役員だ。ヘリの無線でハイデッカーに連絡でもされてみろ。俺達は目も当てられないぜ!」
 鼻息も荒く叫ぶバレットに、リーブは静かに言う。
「私は、ハイデッカーが嫌いだ。個人的にも、都市開発部長としてもだ。――彼のやり方は、性に合わなくてね」
 温厚なリーブにしては、珍しく語気が強かった。おや? と首を傾げる人々。
 その中で、エアリスが一人クスクスと笑っている。
「ね。あなた、ルーファウスのお母さんと幼なじみだったって本当?」
「――ツォンから聞いたのか」
 苦笑いするリーブに、エアリスは重ねて尋ねる。
「あなたはルーファウスのこと、可愛い? 大切な人の忘れ形見だもの、きっと自分の子供みたいに大切に思ってるのよね。あなたはいい人みたい。ええ、ツォンから聞いてたわ。話で聞いていたイメージと、こうして実際に会って受ける印象と。全然ギャップがないもの。ね、不思議なの。どうしてこんな人が育ててきたルーファウスが『血も涙もない』だなんて言われてるの。ほんの一瞬だけど、神羅ビルの屋上で会って話をした時、私のことはキツイ目で睨み付けてたけど――他のみんなのことは興味津々、って目で眺めてたわ。多分私のこと、あまり良く思ってないんだろうなって思ったの。でもね、噂で言われてるような冷たい人には感じなかったわ。もしかしてルーファウスって、外向けの顔と親しい人間に見せる顔と、極端に違うんじゃない? そんなこと、ない?」
「それを聞いてどうするんだね。君には関係ない存在だろう、彼は」
「フフッ。そうね、確かに。こうして放っておいてくれる限りはね。でも……本当にルーファウスは私のこと、利用しようと思ってないの? 私が気にするの、おかしくないでしょ。これが彼の気まぐれによるものなら、また宝条のラボに連れ戻される心配をしなきゃならないのよ。――だから。ね、教えて?」
「そうやって人に有無を言わさず懐に飛び込んでくるところなど、あの方によく似ているよ。なるほど、全くツォンの言う通りだな」
「あら、私のことどんな風に?」
 面白そうに目を輝かせるエアリスに、リーブはため息をつく。
「『大人しく素直にしていると天使みたいに愛らしい子なのに、一度ヘソを曲げると……。これほど手のかかる子供は、ルーファウス様の他にはいないと思ってましたよ』。そう言っていたことがあるが。こうして会ってみて、今更ながらあいつの苦労が偲ばれるよ」
「フフフッ。何となくわかったわ。――あなたもツォンも、本当に彼のこと好きなのね。つまり、さっきの私の質問に対する答え、そういうことなんでしょう?」
「君が我々に良い思いを抱いていないことは、よく知っているつもりだ。いままでカンパニーは、君に対して不当な仕打ちをしてきた……。だが、恨むなら旧世代の者を恨んで欲しい。いまは詳しいことが言えなくてすまないが、神羅はあの方のもとで変わっていく。何しろ図体が大きくなり過ぎて、時間がかかるかもしれないが――必ず変わる。少なくとも、私はそう信じる。こんな事、君達に頼めた義理じゃないがね。我々に、もう少しだけ時間をくれないか?」
「私は――。あなたを責める気はないわ。そんな気に、なれない。でも、他の人がどう思うかは別の話。例えばユフィ。あなたはどう?」
 エアリスは、ユフィに向き直って問う。
「え、あたし?」
 突然呼びかけられて、ユフィは目を白黒させる。
「そう。あなたの国は、何年も戦争をしなければならなかった。その挙げ句、敗戦して――人々は覇気を失ってしまった。あなたはそれが嫌で、国を飛び出してきたんでしょう? 神羅に対抗する力が欲しくて、それでマテリアを集めていたのよね。ところが当の神羅の中枢部にいる人間が、いまの世界のシステムは変革されるべきだ。外部からの強制でなく神羅自身が変わっていく、そのための時間が欲しいのだと言っているわ。――ね、ユフィ。力には力、確かにそれは一つの選択。でもね、それ以外にも方法、あるんじゃない? あなたがしたいのは、ウータイが再び戦火に見舞われるような状況を作り出すことじゃないよね。国を再建するのに、本当に必要なものが何なのか。これは、それを考えるいい機会だと思うの」
「エアリス……。あたし……あたしは、ただ…やられっぱなしってのが気にくわないだけなんだ。だってさ、あたし達の国は、武術で名を馳せていたんだよ? それが、いまのウータイときたら! マジでさ……情けなくって、涙が出るよ。神羅軍の駐留を拒否することさえできないなんて。あいつらにかかる費用、あたし達ウータイの人間が出してるんだよ。知ってたかい!?」
 拳を震わせるユフィに、エアリスは優しく話しかける。
「私は武力を全く否定するわけじゃないわ。誰だって、自分の大切な物を守りたいと思う。それは、当たり前のことでしょ?」
「そう……そうだよね。あたしは、自分の生まれ育った国が好きだもん。だから、それを壊そうとするものは大嫌い! でも――」
 ユフィは上目遣いでリーブを見る。少し悲しげな、穏やかな微笑。
 ダークブラウンの瞳と視線が合った時、ユフィの心にリーブの悲しみが流れ込んできた。
 胸が痛い。ああ、この人は――きっと沢山の涙を見てきたんだ。その中には、きっと大切な人達が流した涙もあるのだろう。
 どれだけの後悔と絶望を乗り越えてきたんだろう、こんな風に笑えるようになるまで。
 そしてこの人はただ嘆くんじゃなく、みんながもう悲しい思いをしなくてすむにはどうすればいいのか? って考えたんだ。この人が出した結論は、神羅にとどまることだった。
 ――バカじゃん? 一人で何ができるって言うのさ。いくらこの人が都市開発部長だからって。やれる事には、限度があるって! まあ、プレジデントなら……話は別だけどね。
 ここまで考えた時、ユフィはリーブの言葉を思い出してハッとする。
 そう、プレジデントなら。全ての権力を握る、唯一絶対の存在なら、変えることもできるだろう。そしていま、プレジデントの座はリーブが長年に渡り愛情を注いできたルーファウスが受け継いだのではなかったか?
 ユフィの心で、一瞬だが激しい葛藤があった。神羅のした事は、絶対に許せない。でも、あたしは……。
「あの……さ。あたし、神羅のことは大っ嫌いだけど。それでも、あんたっていいヤツみたいだから。あんたのことは、信用してあげる。――特別にね!」
「ユフィ……!」
 驚くエアリスに、ユフィは鼻をこすって照れている。
「だって、あたしよりヒドイ目に遭ってるエアリスが許すっていうのに、あたしがダメだなんて。そんな了見の狭いこと、みっともなくてできないよ!」
「ありがとう、ユフィ。――感謝するよ」
「へへっ。ウータイ人は、気っぷのいいのが身上なんだ。その代わり、信頼するからにはがんばれよ、おっさん!」
「わかっているよ」
 リーブがそう言った時。それまで沈黙を守ってきたバレットが、いきなりテーブルを拳でバン! と叩いた。
「バレット!? 何する気なの。物騒なことは、やめてよね!」
 不穏な気配を感じたティファが、とっさにバレットをなだめようとする。
 だが、バレットは頭に血が上っているらしい。リーブをギョロリと睨み付けると、割れんばかりの大声で怒鳴りだした。
「俺は騙されないぞ! お前ら神羅のやり方は、いつも同じだ。人に上手いことを言って、安心させて。そうしておいて身ぐるみ剥ぐのがやり口なんだ! いまにも死にそうな病人から毛布を取り上げるようなマネをしやがる。そんなヤツらの言うことなんか、誰が!」
「ちょ、ちょっと。それ言い過ぎじゃない、バレット。それに、例え会社がそうだったとしても――その会社に属してる個人を責め立てるのは、苛めと同じだと思うけど」
「おい、ティファ。お前、まさか故郷ニブルヘイムの惨劇を忘れちまったわけじゃないだろう? あんな……何考えてるんだか知らねぇが、元通りに建物を直してまで事実を隠蔽しようとするヤツらだぜ、神羅ってのは。クラウドも、えらい目に遭ってることだしよぉ。信用なんて、そう簡単にできるか! 第一、俺はコレル村で起きた事を絶対に忘れない。忘れられない。村のみんなは、女房は……一体何をしたっていうんだ。それに、ダイン……。あいつは、あの事件ですっかり人生が狂っちまった。あいつは、あんな風に死んでいいヤツじゃなかったんだ! 俺は……あいつと闘いたくなかったんだ……! 何故この手で親友だった男を殺さなきゃならなかったんだ!? 確かに、俺はダインに止めは刺さなかった。でもな――あいつは俺にマリンを頼むと言って、自ら崖に身を投げた。そして俺は、それを止められなかった。俺は人殺しだ。親友を見殺しにした、最低の人間だ。だがな、これだけは言わせてもらうぜ。俺をそんな人間のクズにしやがってくれたのは、お前ら神羅だろう! 魔晄炉ができた時、これで暮らしが楽になると喜んだ俺達を、お前らは陰でせせら笑っていたんだろう。田舎の無知な炭坑夫共を騙すのは、簡単だったんだろうな? 魔晄炉のある土地は、作物が何も育たなくなる。土に栄養が無くなって、水や空気が汚れてもそれを浄化する力が地面に無くなって……。そのうち、時間が経つと得体の知れないモンスターが現れて、そこら中を徘徊するようになるんだ。そうなればしめたモンだな。何もわからない住民は、モンスター退治をしてくれとお前らに泣きつく。そうやって、生活の全てをお前らに依存するようになるんだ! しかも、事故が起きると反対派の仕業にして、村ごと町ごと消し去ろうとしやがる。――ふざけるな!! お前ら、一体人の命を何だと思ってやがる! 俺達は虫ケラじゃねえ。そう簡単に踏みつぶされてたまるかってんだ!!」
 自分の言葉に煽り立てられている様子のバレットを、困り果てた顔でティファが見つめている。ユフィは、心中複雑なものがあるのだろう。普段はあれほど賑やかなのに、いまはピタッと口をつぐんでいる。
 エアリスは仲間達に視線を巡らせると、リーブはいまの言葉でどれほど傷ついたことだろうかと思い、その表情を窺った。
 予想に反して、彼は先ほどまでと変わらぬ少し悲しげで穏やかな微笑みを浮かべたままだった。
「何とでも言ってくれ。君には、私を罵る資格がある。それも十分にな。――この場にいる者は皆、魔晄炉や魔晄都市を造った私を断罪する権利がある。村長、もちろんあなたもだ。私は、逃げも隠れもしない。自分で犯した罪の重さは、自分が一番よくわかっているつもりだ。とうの昔に、償いのためならいつでもこの命を捨てる覚悟はできている。私を殺したいと言うのなら、そうすればいい」
 開き直りとは違う、その場にいる者を圧倒するリーブの気迫に、一同は呑まれた。
 凍り付く室内の空気を変えたのは、ヴィンセントの呟きだった。
「それだ……私が気になっていたのは。リーブ、償いという言葉ほどお前に似合わない物はない。罪、そして償い……。それは、私のために存在するのだ。お前は何故、そのような言葉を口にする?」
 ヴィンセントの血のように紅い瞳が、リーブの心の奥底までも見透かすかのようにダークブラウンの瞳をのぞき込む。
 淀んだ空気が一瞬揺らめいたような錯覚を、人々は覚えた。遠い目をしたリーブが、訥々と語り出す。
 自分には、夢があった。理想の都市の建設――。
 太古の昔、人は神々の暮らす天に近く、空中に浮かぶ都市でそれは幸せに暮らしていた。病を知らず、老いを知らず、死の苦痛も知らない民。彼らはお互いに争うこともなく、人は皆幸せな日々を謳歌していた。
 自分は、住む人皆が幸福になれる都市を造りたかったのだと……。汚れに満ちた地上から切り離された、プレート都市。
 新しいエネルギーのもとで、喪われた黄金時代を取り戻せると思ったのだと。
 だから、建造した都市に神話から「中央の世界」を意味するミッドガルトにちなんだ名を付けたのだと……。
「だが、あのひとは私の愚かさに気づいていた」
 テーブルに肘をつき、リーブは呻くように声を絞り出した。
「『人の身で天を望むのは、神を畏れぬ行為というもの。やがて私達はその報いを受けるでしょう。それに――。人は、地上を離れては生きられないのよ。あなたにもいつかわかる時が来るわ』。私は、あの時に彼女の言葉に気づくべきだったのだ。あのひとのための都市だった……。あのひとが幸せになれれば、他には何もいらなかった。しかし、私はまだ若く――決して手に入れられないあのひとの代わりに、自分の物と思える何かが欲しかった。都市建設は大事業で、私の野心を満足させるに足るものだった。その結果はどうだ? ミッドガルは、あのひとを幸せにはしなかった。彼女を苦しめ、彼女の息子までをも苦しめて……。そればかりか、魔晄に関わる人間は皆苦しむことになった。この場にいる者は皆、魔晄に人生を狂わせられている。これが私の罪だ。そして、魔晄文明の完膚無き抹殺――それが私の目指す『償い』だ。この手で造り出した物を、この手で壊す。それがどれほどの痛みを伴うか、どれほどの苦しみを味わっているか。恐らく、この思いは誰にもわからないだろう。誰にも――」
 両手で覆った顔からは、透明な滴がしたたり落ちていった。
 リーブを責める者は、もはやその場に存在しなかった。