3.

「おい、聞いたか?」
「例の新人だろ。入社後一年で異動した部署数の新記録作ったって?」
「カワイイ顔して、すっごい生意気だって話だぜ?」
「でも、仕事はできるらしいんだよなぁ。まあ重役とやり合うくらいだからな。度胸がいいのは確かだな」
「ダテに大学までスキップで卒業してないってか?」
 ハハハハハ……と、一斉に笑い声が上がった。
「で? 今度はどこだって? 引取先あるのかよ」
「社達きてたよな。えーっと、人事発令……っと。ああ、あったあった。何なに?『ルーファウス・ストライフ:○月×日付<旧・兵器開発部調達保障課><新・総務部調査課>』。総務部調査課ぁ〜!?」
「あいつ……今度はタークスかよ?」
「――死ねってか?」
「っていうより、どこも引き取りたがらなかったのをツォンさんが押し付けられたんじゃないか?」
 この言葉は、妙に説得力があった。その場に居合わせた者は皆大きくうなずいて、貧乏くじを引いたツォンに同情した。
 スキップを繰り返してこの春大学を卒業したルーファウスは、ためらうことなく神羅カンパニーに入社した。高率の利子を付けて受けた奨学金を返せば、卒業後の身の自由は得られるのだが。
 彼は、世界を動かす企業でのし上がり、自らの手で世界を動かしたいと願うようになっていたのだ。
 その行き過ぎた向上心は、非常にしばしば他人との衝突を生み出した。ルーファウスには他人は自分と同じように勉強することはできないし、働くこともできないのだという認識が欠けているらしかった。
 本人に悪気はなくとも、その大きな美しい青い瞳で「そうすればいいとわかっていて、何故実行しないんだ?」と訊かれるのは、相手に非常な苦痛を与えるのだ。
 九か月にして、彼はとうとう匙を投げられたのか? あるいは、見所のある奴だと思われたのか。神羅カンパニーの裏の部分を一手に引き受けるタークスへ異動と相成ったわけだった。
「でもさぁ、あの子笑うとカワイイのよ〜。この前『稟議書が行方不明で。部長の机見たいんだけど、いいかな?』って。出張中だったから、どうぞ、って一緒に探してあげたら問題のが見つかってね。そりゃあ喜んでくれたわ」
「地下の美容室の子が言ってたわよぉ。彼の髪、まるで絹糸みたいにツヤツヤでサラサラで柔らかい、って。すっごい触り心地いいらしいよ〜!」
 キャアキャア騒ぐ女性陣に、男性達からやっかみの声が上がる。
「これだから女はなあ。ついこの間までは『クラウド坊っちゃまってカッコイイよね!』とか言ってたよなー?」
「それはそうですけどぉ。でも……クラウド様ってば暗いんですもん。それに……ねえ」
「そうなのよ、ねぇ」
「ウータイ戦役の英雄セフィロスとあたし達じゃ、もう圧倒的にあたし達が不利ですもん」
「その点、ルーファウス君ってスレてなくていいカンジよねぇ」
「苦労してる割には抜けてるとこがあるのよね〜」
「ぜーったいまだ彼女いないとふんだね、あの感じは!」
「ああ、言えてる〜。女性経験なさそうだよね!!」
 これほど話題が盛り上がる社員も、神羅カンパニー広しといえどそうはいないだろう。
 一言で言って、ルーファウスは神羅の名物社員なのだった。

「あんたがタークスのリーダーか?」
 社内でも一、二を争う問題社員は、黙っていればアイドルとして芸能界で食べていける魅力の持ち主だった。
 ちなみにルーファウスと一、二を争うもう一人の問題社員は、既にツォンの部下である。血のような色の赤毛にアイスブルーの瞳という、これまたなかなか派手な容貌のその部下は、名前をレノという。
(ああ、何で私の部下はこんなのばかりなんだ……!)
 自らの運命を呪うツォンに、ルーファウスはにこやかに右手を差し出す。
「どこでも仕事が面白くなってくると、追い出されるんだ。いいかげん私も落ち着きたいんだがな」
 落ち着かなくていい。いや、是非落ち着かないでくれ!
 心の中では絶叫しているツォンだが、表面はごく穏やかに微笑んで声をかける。
「君の噂はいろいろ聞いているよ、ルーファウス君。何というか……その、君を知らないのは神羅社員のモグリとまで言われているからね」
「実に迷惑な話だな」
 切って捨てるように一言吐くと、艶やかと言ってもいい極上の笑みを浮かべてツォンを見上げた。
「それで? 実物を見た感想は?」
「百聞は一見に如かず、とはよくも言ったものだ。実物のインパクトには、どんな噂も霞んでしまうよ」
 ずい分綺麗な目をしている、とツォンは見とれていた。その輝きはまるで宝石のようだ。深い色合いの青い瞳は、ミッドガルではもう見ることのできない真夏の空を思わせた。抜けるように白い肌は男性にしては肌理細やかで、蜂蜜色したゴージャスな金髪が否応なく目を釘付けにする。
「その言葉、そのままあんたに返すよ」
 ルーファウスはにこやかな笑顔を崩さないまま剣呑なことを言う。
「あんたがミッドガルの裏社会を仕切っているようには、とても見えないからな。人は見かけで判断するな、ってこと。お互い様だな」
「可愛い顔して猫じゃなく虎の口だな、君は」
「理解が早くて助かるね。そう。だから、不用意に尻尾を踏むとヒドイ目に遭うよ?」
 思わずため息をついたツォンに、けらけらとレノが笑う。
「なかなか愉快な奴がきたらしいな。これなら退屈しなくてすみそうだぞ、と」
「お前はな。私は、これ以上毎日がにぎやかにならなくていいんだがな」
「安心しろ。始末書を書くのはプロ級だぞ。入社後一年未満で作成した始末書の数、私が新記録作ったって言われたよ」
 頼むから、平穏な日々を私に。
 ――神様というものがいるなら、心からそう祈りたいツォンである。