16.

「あら、久しぶりねえ。どうしたの?」
「わかっているくせに。あいつが私を呼び付ける用件など、一つしかない」
 苦々しい自嘲の笑いを浮かべたルーファウスに、スカーレットはあら、ごめんなさいと言って笑った。その笑いには、彼を嘲る色合いは含まれていない。
 どうやら彼女には、プレジデントがルーファウスの意見を聞きたい問題を抱えているのではないかとの思いがあったらしい。
「知ってる? このところ、例の組織に内通している人間の燻り出しが進んでいるようよ。何が楽しくてテロなんかやるのかしらね。私なら倒したい物の中枢部に潜り込んで、中から白アリのように食い潰していくけれど。その方が確実じゃない?」
「それは私も同感だな。これだけ権力が集中しているんだ。どうせやるなら、標的をピンポイントで叩けばいいものをな。低脳の考えることは、本当に救いがたい」
 フッと笑ったルーファウスに、スカーレットはあら、やっぱり知っているのねと暗く笑う。
 プレジデントルーム横のヘリポートで、偶然顔を合わせた二人。結い上げた髪がわずかにほつれ、スカーレットは激しくなびく髪の一房を撫で付けようとした。
 しかし、風が強過ぎて上手くいかない。
「あたし、いまリーブと顔合わせるのが辛いのよねえ。役員会議に出るの、気が重くて。プレジデント、彼には一切知らせていないんでしょ?」
「ああ。都市開発部門の有能な管理スタッフを失うのは、我が社にとって計り知れない損失だからな。情報の流出先を潰せば、流したくても流せない。私だってそうするな」
「ねえ。あなたがアバランチのリーダーなら、いま何をする? プレジデントの暗殺?」
 風が止んだ。まるで、あたりの空気までがルーファウスの答えを知りたがっているかのように。次の瞬間、彼の口から漏れた言葉にスカーレットは目を瞠る。
「内部分裂を誘うには、一番効果がありそうだろう?」
 私を顧問に雇えば良かったのにな、アバランチの奴ら。もっとも、そんなことが思い及ぶなら魔晄炉の爆破などという馬鹿げた計画を立てないか。
 クックックッと楽しげに笑うと、ルーファウスはプレジデントの執務室に姿を消した。
 後に残されたスカーレットは、それを見送りながら呟く。
「後継者を暗殺すればいい、とはね。わかってるの? 当のあんたが後継者なのよ」
 魔晄文明を破壊したい。だから神羅を潰す。そこまではわかる。
 だが、これだけの巨大な組織を潰そうというからには段取りや潰した後、世界をどうするのかといったことまで考えてからにして欲しい。
「だってねぇ、さもないと単にアナーキーな状態になるだけじゃない? それで割を食うのは、結局底辺の人間なのよ。いまミッドガルのスラムに住んでいるような……ね。そこの所がわかってるのかしらね、アバランチの支持者」
 それにしても、とスカーレットは頭を振る。ルーファウスはあれほどに明晰で怜悧な頭脳の冴えを見せているのに。何故自分とリーブ以外の役員達は、彼の資質を認めないのだろう。彼が副社長の地位にあるのは、決して血筋や美貌の故ではないのに。
「若くてキレイだと苦労するわねえ」
 ヘリに乗り込んでから、かつて自分も同じ言葉をさんざん言われたのを思い出し、苦笑するスカーレットだった。

 7番街の一角では、秘かにテロリスト達の会合が繰り返されていた。彼らは自分達のリーダーを暗殺した報復を求めたグループだった。
 リーダーの死により、アバランチは分裂し、弱体化した。元々ビラ配りから始まった組織だったが、年を追うにつれて肥大化し、それに比例して神羅側の弾圧も激しさを増した。
 そうなると、行動を一層先鋭化させていくのがこの手の組織の辿る道だ。
 いまや最も危険なテロリストグループとなってはいるが、その中には少なからず穏健なやり方を望むメンバーも多く含まれていた。そうした人々が、リーダーの交代を機に組織の方針に異を唱えて脱退してしまったのだ。
 数で劣る残存メンバーとしては、自分達の存在意義のアピールのためにも派手な行動を起こす必要を感じたのだろう。その結果が魔晄炉の爆破というあたりが、彼らがルーファウスに侮蔑される所以なのだが……。
「八基ある魔晄炉の見取図と設計図、ようやく手に入ったっすね」
「このところ内部協力者への締め付けが厳しいらしい。中に潜り込んだ仲間も、連絡が取れなくなった奴が増えた。なあ、バレット。もしかして、俺達の計画はバレてるんじゃ」
「だから? 止めろってぇのか! このまま放っておいたら、この星はおしまいなんだ! それを黙って見てろって言うのか!?」
「他にやりようがあるんじゃないか、とは思わないか?」
「思わねえな。あいつらは、星の生き血を啜るバケモノだ。バケモノに人の道理がわかるか?」
 何を言っても無駄らしいと、ビッグスとウェッジは顔を見合わせて肩をすくめる。そこへ、暗号解読と爆発物処理の得意なジェシーが遅れてきた。
「ごめんなさい。もう始まってた?」
「遅ぇぞ、ジェシー!」
「タークスらしいのを撒くのに、時間がかかったのよ。ここへ連れて来るわけにはいかないでしょ?」
 ふう、と言ってジェシーは胸のポケットから一枚のディスクを取り出す。
「その代わり。はい、おみやげ! 治安維持部門に渡りをつけるの、大変だったんだから。壱番、五番と八番魔晄炉各ゲートの開錠コード。それに、守備隊の配置図。装備もね。――これを手に入れるのに、仲間と協力者の犠牲があることを忘れないで、バレット」
 どうやら、部屋に入る前に交わされていた話が聞こえていたらしい。残り少ない仲間でケンカをしている時ではないだろう。そう、暗にたしなめたわけだ。
「いや、もちろん忘れちゃいねえ。だからこそ、この計画は絶対に成功させなきゃならねえんだ。そうだろう?」
「わかってるなら、いいんだけど。頭に血が上ってると、ろくなことにならないしね」
 この話はそれで終わりだと言いたげに、ピシャリと言い放つ。バレットは間の悪い思いがするのか、頭を掻いている。
 それを見たジェシーは、少しやり過ぎたと思ったのか。笑ってウェッジに話しかける。
「そう言えば、当てにしていた内部協力者が配置転換になったそうだけど。代わりの人間は見つかったの? いくら何でも、私達だけじゃ実行は無理よ」
「それなんだけどさ。ティファちゃんが、心当たりあるんだって」
「ティファ? 何でまた。あの子、神羅に知り合いなんていたんだ?」
「知り合いは、さすがにいないと思うけど。最近知り合った何でも屋、元ソルジャー1stだとさ。当然、本社ビル内にも詳しいはずだしな。もしかしたら、使えるかも」
「おい、ビッグス。それ、本当か? 何だか胡散臭くねえか?」
 腕組みをして唸るバレットに、ウェッジとビッグスの二人からため息まじりの声が漏れた。
「胡散臭かろうと、いまの俺達に選り好みなんてできないぜ。あいつ、マジで強いしな」
「そうそう。大体、町中であんなバカでかい剣。普通背負わないっすよね」
「二人とも、そいつを知ってるんだ?」
「ジェシーもあの立ち回りを見たら、俺達の言ってることを信じると思うぜ。な?」
「本当っすよ。一人で五人まとめてのしちゃったんっす。いくら相手が酔っぱらってるとはいえ、一応ソルジャー3rdっすよ? 一般兵とは比べ物にならない強さのはず。それを、あっという間にギタギタ。見てて気持ち良かったっす!」
「見てて、って。あんた達……!」
 額に手をやるジェシー。バレットは、フン、なかなかやるじゃねえかと呟いている。
「まあ、助っ人のことはともかく。取りあえず、どの魔晄炉をやるか決めようじゃねえか。比較的警備が手薄なのは、どこか。逃走ルートも確保しなくちゃならねえしな。みんなの意見を聞かせてくれねえか?」
 ようやく今日集まった目的である議題について話し合いが始められた。ジェシーが入手した開錠コードは壱番、五番、八番魔晄炉のゲートの物だったから、当然爆破目標もこのいずれかということになるのだが。
「私は八番魔晄炉の爆破には反対だわ。あそこの電力は、ミッドガルの商業地区と列車の運行に優先的に回されている。市民生活への影響が大き過ぎると思うの」
「確かに。俺達はスラムの住人だが、何もミッドガルのプレートに住む市民を敵に回したいわけじゃない。食糧自給のできない都市で、運び込まれる食糧の輸送に使っている列車の運行をストップさせるのは、何のメリットもない。俺も反対だな」
「食えなくなると、人間何をするかわかんないっすからね!」
「みんな、八番魔晄炉は反対ってぇことだな。じゃあ、次に聞くけどよ。壱番と五番、どっちからやる?」
「それは一概には決められないんじゃない? 警備兵の配置図を、まずは見ましょうよ」
 ジェシーの持ち帰った資料を前に、四人は額を付き合わせて議論する。考慮すべきことは山ほどあり、結論はなかなか出なかった。遂に、バレットが音を上げる。
「おう! この話は一時やめだ! さっきから堂々めぐりで、ちっともいい考えが浮かばねえ。こういう時は、何か旨いモンでも食って一息入れた方がいい。上がろうぜ、みんな」
「確かに。おなかすいたしね」
「俺、ここでの打ち合わせの後、ティファちゃんの料理食うのが楽しみなんすよ。今日は何作ってくれるんすかねえ」
「ウェッジったら! そんなことだから、太るのよ」
 鬱陶しい話し合いから一時解放されるとあって、メンバー達はホッとしたらしい。軽口を叩きながら秘密のアジトからリフトで上がっていく。
 アジトはバー「セブンスヘブン」の地下にあるのだ。店のオーナーはバレットだが、実際に切り盛りをしているのはティファだった。
 彼女の作る料理とカクテルはこの界隈では有名だった。スタイルの良い健康的な明るい少女のティファには、彼女目当てで店を訪れる男もかなり多かった。今日は夜会合を開くため、店は休業だ。
 いつもなら大勢の酔客で賑わっている店も、ティファとバレットの娘のマリンが二人で不審な人間が入って来ないように見張っているだけで、静まり返っている。
 リフトで上がってきた彼らの前に、ティファがカウンターから出てきてにっこりと笑った。
「お疲れ様。それで? もう話し合いはすんだの?」
「いや。ちょっと一息ってところだ。どうも腹が減るといけねえ。何か食わせてくれねえか」
「そんなことだろうと思って、ピラフとシチュー作っておいたわ。バレット、ちゃんとサラダも食べてね。好き嫌いは体に良くないんだから」
「わかったわかった。おう、マリン。もう食事はすんだか?」
「うん! ティファお姉ちゃんと、そこのお兄ちゃんと三人で食べたよ」
「そこのお兄ちゃん?」
 マリンが無邪気に指す方向には、一人の青年がむっつりと押し黙って椅子に座っていた。薄暗い店内の隅にいたため、メンバーは誰も気づかなかったのだ。
「あ、紹介するのが遅れちゃった。彼、クラウドっていうの。何でも屋をやってるんだけど、
 神羅のソルジャーをしてたんだって。階級、1stだったんですって! 驚くでしょう?」
 鍋のシチューをかき混ぜながら、ティファがバレットに話しかける。それを聞いて、途端に他の三人がヒソヒソと囁き合う。
 さっき話に出た奴って、彼のこと? と尋ねるジェシーに、ウェッジとビッグスが首を縦に振る。へえ、ちょっとカッコいいじゃない? と声を弾ませたジェシーに、二人が同時に答える。
「まあ、この辺じゃ珍しい淡い色合いの金髪だよな」
「それに、彼の目。すごく深い蒼。あれって、やっぱ魔晄を浴びてるせいなのよね?」
「って話は聞きますけどね。どこまで本当なんすかね」
 おい、ティファ! よりによって今日、この店によそ者を連れ込むなんて。一体何を考えてるんだ? と、バレットが頭を抱えて呻いた。
 自分が歓迎されていないと感じたのか。青年は椅子から立ち上がると、ティファに向かってこう言った。
「俺に仕事を頼みたいと言うから、ここに来たんだ。用が無いなら、帰らせてもらう。依頼主はあんたじゃなく、この大男だろう?」
「待って、クラウド。私達には、あなたの力が必要なの。バレットは、あなたが来ることを知らなかったから。どうか気を悪くしないで」
「おい。お前が元ソルジャーだってのは、本当の話か」
「疑うのか?」
「おうよ。何でかってぇとな、俺はいままでにそんな奴を見たことがねえ。噂じゃあ、神羅と縁を切ったソルジャーはこっそり始末されてるそうじゃねえか。ソルジャー自体が、最高の企業機密だとかでよ。お前がスラムの情報を上に流す役目を負った人間じゃないと、誰が証明できるってんだ?」
「信用されないのは仕方ない。もう慣れた」
 青年は椅子から立ち上がると肩をすくめた。そして壁に立てかけてあった大剣を背負う。
「どこへ行く?」
 入口に向かって歩き出した青年を遮るようにバレットがドアの前に立った。だが、青年は少しも動じない。
「割のいい仕事がもらえるというから、この女について来たんだ。
 信用もされずミッションも無いのなら、俺にはここにいる理由が全く無い」
 再びスタスタと歩き出す青年に、バレットが吠えた。
「待ちな! お前は俺達のことを知っている。このまま返すわけにはいかねえ」
 すると、青年がうんざりした様子で頭を振った。
「安心しろ。お前達の正体をバラすようなことはしない」
「へっ。どうだかな。この街じゃあ、人の命ほど安いものはないって言われてるんだぜ。第一、お前は元ソルジャーじゃねえか。神羅に盾突く理由が無いだろうが」
「俺は神羅に、何の未練も無い。大きな貸しはあるがな。だから、神羅に一泡吹かせてやろうというお前達の仕事を受けてもいいと思ったんだ。それを、痛くもない腹を探るような態度をされてもな。くだらん。帰らせてもらおう」
「てめぇ!」
「やめてバレット! 元ソルジャーっていうだけで、いまは神羅と何の関係もないのよ? お願い。ジェシー、ウェッジ、ビッグス。彼の経験や知識は、いまの私達に必要だわ。高い戦闘能力を持った人間がいなければ、魔晄炉の爆破だなんて到底成功しない。バレットを説得して。このままじゃ、計画は進められない」
「魔晄炉の爆破? お前達、そんな大それたことをしようとしてるのか?」
 青年の呆れた声に、すかさずバレットが反撃する。
「魔晄は星の中を流れる血みてぇなもんだ。それをどんどん汲み上げて使っちまったら、星はいつか失血死だ。そうなる前に、俺達の手で神羅を潰すのさ。星が死んだら、人間だって生きられないんだぜ? そうなってからじゃ遅いだろう」
「興味ないね」
 持論を懸命に説明するバレットの努力を嘲笑うかのような青年の即答に、他の三人も思わず引く。
 それを見たティファが、このままでは本当に青年の協力が得られないと焦り、カウンターから出てきて青年を引き留める。
「ねえ、クラウド。神羅に大きな貸しがあるって言ったよね。一体何があったのか、私にはわからないけど。私……私もね、そうなの。昔、大好きな人がいたの。でも、彼は殺されてしまった。私が神羅と戦うのは、星のためなんて大きな目的のためじゃないの。復讐したいから。それと、もう見たくないの。自分と同じ目に遭って泣く人を。私達の思いをわかってくれとは言わない。あなたはあなたの思いのために戦えばいい。たまたま倒したい相手が同じなんだから、ちょっと手を貸してくれると嬉しいの。――こういうのでも、嫌? ちゃんとギャラは払うけど」
「そうだな。払う物さえ払ってくれれば、俺は別に構わない」
「ですってよ。ほら、バレット! せっかくティファが説得してくれたんだから。肝腎のあなたがブスッと突っ立ってちゃ意味無いでしょ! 協力してもらったら?」
「けどよぉ、ジェシー。俺はどうもこいつが気に食わねえ」
「リーダーなんだから、ここは一つバレットの方が我慢するべきだと思うわ。私達三人を合わせたよりも、彼一人の方が戦闘じゃきっと役に立つわよ?」
 確かに、それはそうだろうなあとうなずき合うウェッジとビッグスを見て、バレットは頭を掻きむしっていた。が、やがて観念して青年に手を差し出した。
「わかった! わかったよ、お前らの言い分は。へっ! これでいいんだろう? おい、お前。そういうわけだ。俺達に手を貸してくれ。報酬は現金で払わせてもらうぜ。だから、この通りだ。よろしく頼む」
「お前呼ばわりはやめてくれないか。俺の名前はクラウドだ」
 差し出された手を取ろうともせず、クラウドは背負った剣を下ろして尋ねた。
「で? 一体俺にいくら支払ってくれるんだ?」
 平然と口にするクラウドに、バレットは真っ赤になって怒声を浴びせそうな勢いだった。
 しかし、そこをすかさずティファがテーブルにシチューとピラフの皿を並べて食事にしようと声をかけたため、大事には至らなかった。
「みんな、疲れたでしょ。ゆっくり休んでね。これからが大変なんだから。クラウドはもう食事すんでるし、カウンターに来ない? カクテル作るわ。いろいろ話もしたいし。ね?」
 大人しく剣を壁に立てかけて、ティファの言葉に従ったクラウドを見て、バレット以外の三人はホッと胸を撫で下ろした。
 一方のバレットはと言えば、俺はまだ信用してねぇんだと口汚く罵りながら、スプーンを手に憮然たる表情だった。
 神羅もアバランチも、星の運命を決めるのは自分達だと信じて疑わない。
 だが、それは別の者の手に委ねられようとしていた。そのことに気づいている者は、まだ存在しない。運命の日が、近づいていた。