12.

 村に辿り着くまで、一行は黙々と歩いた。魔晄炉の内部は一般人立ち入り禁止のため、ザックスがティファを守るために残ったのだった。
 セフィロスが異常動作の原因はバルブが外れていたせいだろう、と言って姿を再び現すまで、そう長い時間があったわけではない。
 しかし、生来気さくで陽気なザックスのことだ。すぐにティファとは打ち解けて、お喋りが弾んでいたのだった。
 ティファが知りたがったのは、ルーファウスの日常だった。副社長になる前の、ただの問題社員だった頃の――。
「いやぁ、有名人だったよなあ。何ていうか……とにかく目立つんだよな。あいつがそこにいると、人の注意がみんなあいつにいっちまうってカンジでさ。いま思えば、あれがカリスマ性ってヤツなんだよな、きっと」
 聞かれるままに、ザックスはあれこれと答える。だが、ただ一つ答えに窮した事がある。
 ――ツォン。彼のことを、ティファにどう説明していいのかわからなかった。
 相思相愛の間柄とはいえ、セフィロスから聞いた話では思いを通じ合ったのはルーファウスが副社長に就任する前日、たった一夜限りだという。それもプレジデントのことがなければ、恐らくいまでも友人以上恋人未満の状態が続いているはずだという。
 ザックス自身、まだタークスにいた時のルーファウスを知っているが、ずい分仲がいいな……とは思ったことはあっても、まさかそういう感情がお互いの間に存在していたとは。
 そんなことに気づかないほど、二人が一緒にいるのはごく自然な光景だった。自然過ぎて、視線さえ合わせないようにしているいまの状態が、ひどくいびつなものに思える。
 最近、ルーファウスは科学部門が廃棄しようとしたサンプルを引き取って、自身の護衛をさせている。
 黒い獣、ダークネイション。
 人には冷酷な彼が、このガードビーストに対する時だけはひどく優しい。ダークネイションの方でも、ルーファウスが本来は傷つきやすい鋭敏な感受性や、人の痛み、苦しみを我が物として感じて共鳴することのできる思いやりに満ち溢れた心を持っていることを、ちゃんとわかっているらしい。
 絶対に他の人間にはなつこうとしないダークネイションだったが、ルーファウスにだけは喉を鳴らして頭をすりつけて甘えた。全身漆黒の毛皮で覆われたダークネイションがそうしているのを見ると、改めてある人物が彼の側にいないおかしさに気づく。黒髪黒目で濃紺のスーツに身を包んだ、静かに、だが暖かくルーファウスを見守る、ある青年の姿。
 ルーファウスが光なら、彼は影。光ある所には、必ず影は付き従うものではないのか?
「ザックス?」
「ああ、ごめんよティファ。ちょっと考え事をしてた」
「もしかして、さっき言っていたガールフレンドのこと?」
「まあ……ね。草木の育たないミッドガルで花売りをしてるんだけどな。カワイイ顔して、結構キツイこと言うんだよな! ま、そこがいいんだけどさ」
「花売り?」
「いくらでもその辺に花が咲いているここじゃあ、商売にならないよな。でもさ……ミッドガルじゃ花は咲かないんだよ」
「どうして?」
「魔晄の吸い上げ過ぎだろうな。八つも魔晄炉があるんじゃ、まあ無理ないとは思うけど」
「魔晄って、何なんだろう。あのね、この山も昔は禿げ山じゃなかったんですって。魔晄炉を造ってる頃が一番良かったって……村のお年寄りはみんなそう言ってるわ」
「空気をキレイにしたり、草木を育てたりする力が魔晄エネルギーにはあるのさ。でも、その本質が何なのかは。俺みたいな一介のソルジャーにはわからないよ。そういや、ソルジャーは魔晄を浴びた者がなるって話だけど。俺、何かされた覚えってないんだよなあ」
「その目……怖いくらい深い蒼い瞳。それがソルジャーの証なんでしょう?」
「らしいな。でも、同じソルジャーでもセフィは別格みたいだな。目の色も俺達とは違うし」
「あの人の目は……ゾッとするわ。キレイすぎて、何だか人間じゃないみたい。蒼っていうより碧に近いし」
 そんな話をしていたところで、セフィロスが現れたのだ。自然、口数も少なくなろうというものだ。思わぬアクシデントに見舞われ、ただでさえ疲労の色濃い彼らを、頭の痛い報告が待っていた。
「セフィロス君! ちょっと来てくれんか。実は、クラウド様が」
「どうかしたのか?」
「その……とにかく、一緒に来てもらいたいのだが。我々では、手が付けられない」
 セフィロスはティファにご苦労だった、と声をかけて去って行った。残されたザックスも、慌てて後を追おうとする。
「ありがとう。いろいろ教えてくれて」
 ティファがニコニコと手を振る。ザックスはすまないね、と言いたげに肩をすくめ、セフィロスの後を追ったのだった。

 クラウドは、神羅屋敷の一室にいた。使われなくなって久しかった屋敷の中は、埃っぽい上にカビ臭かった。調査隊が窓やドアを開け放して換気に努めたのだが、長年に亘って染みついた湿っぽさは抜けきれていなかった。
 どことなく陰惨な雰囲気を漂わせるこの屋敷が、セフィロスは好きになれなかった。
 そんな薄暗い部屋で、クラウドは椅子に腰掛けたまま虚ろな瞳でぼんやりとしていた。
「クラウド、何があった? こんな所にいつまでもいると、カゼをひくぞ」
 そっと肩に手を置き、セフィロスは優しく声をかけた。クラウドはビクッと身震いした。
 心ここにあらずといった状態から意識を取り戻したようだ。
「セフィ……? ああ、帰ったんだね。いつの間に? 全然気づかなかった」
 そう言いつつ、もう一度身震いした。顔色は、単に寒い部屋にずっといたからというのではなく真っ青だった。
「冷え切っているようだな。唇が紫色だぞ? さあ、戻ろう」
 宥めようとしたセフィロスに、クラウドは悲痛な声を上げた。
「セフィ! セフィ……助けて!! 俺、人間じゃないかもしれない……」
 クラウドが精神的に失調をきたすのには、いい加減慣れているはずのセフィロスだったが、この言葉にはギョッとさせられた。
「落ち着けクラウド。人間じゃない、だなんて。何を根拠にそんなことを言う? どこから見ても、お前は人間だぞ」
「ああ、外見はね。でも……中身はきっと違うんだ。あの時、俺はもう死んでるんだ。きっとそうだよ!」
 クラウドが何かしでかさないかと不安でずっと見張っていた科学者や兵士が、一斉に目を伏せて首を振る。
「とにかく、この有様で。ここから動こうとなされないので、我々もホトホト困っていたところでして」
「事情はわかった。あとは私が何とかする。ご苦労だったな。もう休んでくれ」
「そうですか? では、これで。食事が終わっても戻られないようでしたら、また参りますので」
 寒い部屋での退屈な見張りからようやく解放されるとあって、人々はホッとして帰って行った。部屋に自分とセフィロスだけになったのを確認すると、クラウドは立ち上がった。
 そして静かな声でセフィロスに言う。
「隠し扉を見つけたんだ。――ついて来て」
 壁の一部に触れて押すと、地下へ下りる螺旋階段が現れた。驚くセフィロスに、クラウドは沈鬱な声で言う。
「地下の部屋に、見せたい物があるんだ」
 長い階段を下りきった彼らの前に、獣の骨が散らばり、棺桶が置かれた薄気味悪い部屋が現れた。用途も不明なその部屋を通り過ぎ、奥の部屋へとクラウドは歩いて行く。
「ここは……!」
 思わず唸るセフィロス。無理もない。そこには、実験室だったと思われる空間が広がっていたのだ。しかも、部屋の奥には多量の本が収蔵されている。
「ここを見つけた時、たまたま側に人がいなくて。一人で本や残っていたレポートを読んでいたんだ。そうしたら、こんな物が出てきた」
 手渡されたのは、報告書の断片と思われるメモと何かの記録の草稿。それに、意味不明の数字が並ぶデータの山……。
 セフィロスは黙ってそれらに目を通していった。やがて、彼の瞳が見開かれる。読み終わる頃、書類を持つ手は震えていた。
「何……だと…? これがもし本当なら、お前は。そして、俺は」
「セフィ……いまの俺、本当に俺だと思う? ねえ、正直に答えて。あの事件の前の俺といまの俺、本当に同じ? もしかして、いまの俺ってニセモノなんじゃないのか。あの時、俺は瀕死の重傷だったって言ったよね。奇跡的に手術が成功したんだ、って。じゃあ、その手術は――どんなものだったか、誰も教えてくれない。実際には、俺はもうダメだったんじゃないのか? そして手術っていうのは、ジェノバ細胞を植え付けて無理矢理生き返らせることだったんじゃ」
「バカな! 俺は、古代種の母親から生まれたと聞いている。そして、俺を生んですぐに母は亡くなったのだと。母の名は、ジェノバ。父はわからないが……。だから、俺は古代種の血を引く人間なのだと。他の人間よりも強力な魔法が使えたり武芸に秀でているのは、その血のせいなのだと。違うのか!? 全ては、作り話だったというのか!!」
「俺にはわからないよ。でも――怖い。怖いよ、セフィ! この報告書が本当なら、俺には得体の知れない物が植え付けられているんだ。セフィの古代種だったっていうお母さんと、俺に使われた細胞の名前が同じなのは単なる偶然かもしれないだろ?」
 単なる偶然。では、ルーファウスが生まれ育った村に神羅の研究所があったのも偶然だというのか。
 どうやらここで自分が生まれたらしいのも、驚異的な生命力と再生力を持つ謎の細胞の名が自分の母の名と同じなのも、皆……?
「そんな上手い偶然など、あり得ない」
 固い声で、セフィロスは言った。仕組まれていたのだ。全てはもう、何年も前から。
 知らなかったのは、自分達とルーファウスだけで。全てを知る男は、今頃さぞほくそ笑んでいることだろう。
 男は、世界の覇権を握ることを夢見た。それには優れた兵士が必要だった。男が選んだ手段は、高い戦闘能力を持つ人間を人工的に創り出すことだった。
 だが、何だかわからない、古い地層から発見された謎の細胞を使いましたとは、公にできなかった。
 そこで「古代種」という便利な言葉が使われた。英雄を求める愚かな大衆は、実態が何だかさっぱりわからないこのキーワードで、何だかわからないままに納得した。
 古代種の血を引くから、セフィロスは並はずれて強いのだと。
 また、妻が息子を道連れに心中をはかった際、クラウドは本当に死ぬ所だったのだ。
 しかし、他に子供はいないと思われていた当時、どんな風にでもいいから生かしておく必要があった。そこで、ジェノバの再生能力に目を付けた宝条が、クラウドに細胞を植え付けたのだ。幸い拒絶反応もなく、手術は成功。男は跡継ぎを失わずにすんだ。
 だが、ここに来て男には、文句のつけようがない息子がいることがわかった。ジェノバ細胞の力などに頼らなくても、十分強い生命力に溢れた、その輝きで人を魅了してやまないルーファウス。
 男は、彼に後を継がせたいと考えたのだろう。当然の話だが、一つ問題が残る。クラウド自身は地位を争うつもりなどさらさらないだろうが、不満を持つ者が彼を名目にいろいろ不穏な策動をしないとも限らない。
 男が下した決断は、邪魔者の排除。もはや不要になった息子と今後の処遇に困る英雄とを、この際ひとまとめに処分してしまおう――。そんな所ではないだろうか?
 さもなければ、これほど重大な内容を記した書類がすぐに見つかるように散らばっていることの説明がつかない。
 これを知って、どれほどのショックをクラウドが受けるか。そんなことは、プレジデント自身が一番よくわかっているだろう。
「セフィ、俺……どうしたらいい?」
 いまにも泣きそうな声でそう言うクラウドに、自らも激しいショックを受けたセフィロスだが、気を取り直して努めて平静な声で答える。
「とにかく、今晩はゆっくり休もう。お互いに疲れ切っていることだしな」
 クラウドの肩を抱いて、セフィロスは部屋を後にした。屋敷の外へ出ると、心配顔のザックスが二人を出迎えた。
「おい、具合が悪いのはクラウドだけじゃなかったのか? セフィ、あんた血の気のない酷い顔色だぜ?」
「少し冷えただけだ。それより、ルーファウスに連絡を取りたい。すまないが、呼び出してくれないか?」
「それはできない」
「どうした、眉間に皺を寄せて。できないって、何があったんだ?」
「それが、原因不明なんだけどな。どういうわけか、通信関係の機械がみんなイカレちまって。当分の間、どこにも連絡はできないとさ。ミッドガルは無論、ここから一番近い神羅の息がかかった所――ロケット村だったかな? そこへもダメらしい。陸の孤島だよな、こうなると」
 その意味するところは、ただ一つだった。
「プレジデントめ……。やってくれる」
 何の事だかわからないザックスは首を傾げ、事情を薄々察したクラウドはセフィロスにしがみついて震えるのだった。