9.

「――で? 一体バトルはどうなったんだ!? 話に熱中していて、見そこなったじゃないか!」
「それなら、大丈夫。坊っちゃんと部長さんの話が一段落つくまで、ラストのバトルを開始しないように指示してある。じゃあ、いいな?」
 ディオはPHSを取り出すと、部下にバトルの再開を命じた。
「お主、気が利くのう。それにしても、いつの間にあの大蛇を片づけたんじゃ? ツォン君は、手際がいい」
「でも、他のお客から文句言われなかったか? 僕達のせいで中断だなんて」
「ああ、それなら大丈夫。ミドガルズオルムはあの巨体だ。それが、グッチョグチョの肉片になって散らばってるんだぞ? 誰だって、次のバトルの前に一度キレイに片づけてもらいたいだろう」
 そういや、ボムのかけらとか火屯とか手榴弾とか投げてたな――。顔を見合わせうなずき合う三人に、ディオは破顔一笑した。
「まあ、見てくれ。とっておきのモンスターを出すからな」
「もう蛇だの巨大いも虫だのはカンベンだぞ、園長」
「おや、坊っちゃんは足のないのがお嫌いで?」
「足がたくさんあるのも、嫌いだ! ――そうじゃなくて。スプラッタなものを見るのは、ごめんだからな!」
 ぷうっとふくれるルーファウスに、ディオは自らアナウンスをする。
「お客様方には、大変お待たせいたしました。場内清掃も終わりましたので、ただいまより八回戦を行います。八回戦――最終戦のモンスターは、これです!!」
 登場したのは、一見かわいらしく見えなくもないモンスターだった。目が異様に大きく、フード付きの上着を着て、右手にカンテラ、左手に包丁を持っている。カンテラが、ゆらゆらと揺れる。それがなかなかお茶目だ。場内から、一斉にざわめきが起こる。
 ――トンベリだ。トンベリだぜ。「包丁」をくらったら即死だぜ。マジで勝てるのかよ?
「初めて見るモンスターだな。あれ、トンベリっていう名前なのか。何だか、目の大きいモグラみたいだ」
「ルーファウス様、何のんきなこと言ってるんです! あれは、トンベリですよ!?」
「うん。名前はいま聞いた。――で?」
「左手に持つ包丁が見えませんか!?」
「物騒な武器だよな。でもあれじゃ、至近距離からしか攻撃できないじゃないか」
「それは、その通りです。ですが……」
 口ごもるリーブに、会長はズバリ説明した。
「あのな、坊や。あのモンスター、最初はカンテラを揺らして歩いてるだけで、自分からは攻撃せんのじゃよ。で、だんだんに近づいてくる」
「――?」
「あの包丁が使える距離まで来るじゃろ? するとだな、いきなり包丁で刺すんじゃよ、これが」
「それで……?」
「それで、おしまいじゃ。トンベリの技の『包丁』はな、くらったら即死するしかないんでな」
「何だって――!? 『包丁』まで、一体何回攻撃できるんだ? 間に合うのか!」
「HPが15000もあるからのぉ……。『レベル4自爆』も利かんし。ちと厄介な敵じゃよ?」
「園長! スロット……見て下さい……」
「『武器、壊れる』。うーん、アイテムが使えないより良かろう?」
「ダメだ。――ガマンできない!」
 一声叫ぶと、いきなり席を立って走り出したルーファウス。あわてたのはリーブである。
「お待ち下さい、ルーファウス様!」
 あとを追おうとして、会長に呼び止められる。そこを、ディオに取り押さえられた。
「お二人とも……正気ですか!? ルーファウス様は、闘いなどしたことはないんですよ! ケガでもしたら、もし後遺症でも残ったら――」
「ほれ。そうやって、君はあの子をスポイルする」
 会長の言葉に、ギクッとするリーブ。続いて、ディオが言う。
「忘れてもらっちゃ困るんだが……これは、余興だ。人死になんてさせてたら、私は殺人罪で服役中の身だな。ここの営業なんて、やっていられない」
「ですが……!」
「あの子は、いまに命がいくつあっても足りない身になる。自分の身くらい自分で守れなくて、どうするね?」
「会長。私は――」
「会長さんの言う通りだぞ、部長さん。それに、怖い思いはなるべく早くにしとくもんだ。まだ素直に警告を受け止められるうちにな。世の中なめてかかっちゃいけない、ってな」
「リーブ君。あの子は、キーヤ嬢ちゃんじゃないんだ。どんなに似ていても、あの子には別の人生がある。それを忘れちゃいかんよ?」
「それに、シューティングコースターで思ったんだがな。坊っちゃん、銃の腕前悪くないぞ。ありゃ指導する人間の教え方がいいのかね。それとも、もともと筋がいいのか。――ま、どっちにしろ、もっとがんばろうって気になるだろうさ。ハッハッハッ!」
「寿命が、縮みそうです」
「まあおとなしく見物してることだ。あの二人、そう簡単にやられはせんよ。君は苦労性でいかんねえ」
 泰然自若としている二人を眺め、ため息をつくリーブだった。

 一方、ツォンはと言えば。
 トンベリ相手では、さすがに分が悪い。さてどうしたものか――と頭を働かせ始めた彼の耳に、聞き慣れたボーイソプラノが飛び込んできた。
「ツォーーーーーン!!」
「ルーファウス様!? いや、まさかな――」
 その、まさかだった。輝く金髪が、目に痛いほど眩しい。間違いない。ルーファウスは、リーブや会長の制止を振り切って来たのだろう。観客達は、この飛び入りに熱狂している。
 おっ! あの坊っちゃん、自分も出てくるとはいい度胸してるぜ。全く、面白いことをやってくれるよ。園長も、憎いねえ!
「ツォン! 助けに来たぞ!」
「私は、あなたにお願いしませんでしたか。リーブ部長と会長のそばを離れないようにと。お二人に、ご迷惑はおかけしないようにと」
「うん、されたな」
「では、何故――?」
「何故? あの約束をしたのは、プレジデント神羅の息子としてのルーファウスだ。いまここにいるのは、ただのルーファウスだぞ。ただのルーファウスがただのツォンを助けちゃいけないか? それとも、何か。お前は、タークスのツォンとしてしか接してくれないのか? もしそうなら、あんまりだ。仕事じゃなきゃ、口もきいてくれないのか。――どうなんだ!?」
「あの、ルーファウス様――」
「はっきり、言え!」
「一つ、指摘させていただきたいことが」
「何だ?」
「こんな衆人環視の中で、ごていねいにモンスターまでいる中で――返答してもよろしいのですか?」
「――! かまわない! 言え!!」
 売り言葉に買い言葉。思わず「言え!!」とは言ったものの、顔が真っ赤になるルーファウスを見て、ツォンはクックックッ……と、笑いが止まらなかった。
 これだから、このお方は――。何て純情で、かわいくて、そのくせ妙に意地っ張りで。全く、一人で放り出すことなど、自分には一生できそうにない。
「言います。でも、あとにしましょう。まずは、トンベリの片をつけませんか?」
 極上の微笑。自分の居場所が、確かな存在意義が、ここにはある。ルーファウスは、気づいているだろうか。
 彼だけがこの世でただ一人、自分にそれを与えてくれる存在であることを。彼といる時にだけ、自分は何のために生きているのかと問わずにいられることを……。
「うっ、お前――。笑ってごまかしたな」
 かつてないほど、機嫌のいいツォン。ルーファウスは、思わず圧倒されていた。
「ところで、作戦を立てたんですが。聞いていただけますか?」
「もちろんだ。こんな目に遭うのは、初めてだからな」
「私もあなたが実戦に出るなど、これが最初で最後にしていただきたいですね。寿命が縮みます」
「――悪かったな」
 むくれるルーファウスに、ツォンは穏やかに言った。
「正直、手助けはありがたいです。オーディーンの召喚は、あと一回しかできません。あとは敵の技に頼ることになるんですが――」
「――が?」
「HPを、一回でできるだけ多く減らさなければ勝算はありません。使えるのは『アクアブレス』くらいです。ルーファウス様、これを身に付けていただけませんか」
「いいけど……これ、何だ?」
「『エルメスの靴』といって、戦闘開始と同時にヘイストがかかります。つまり、あなたは私より早く行動に移れる――。そこでお願いしたいのが、これです」
 スーツの内ポケットから取り出したにしては、少々長い。20pはあろうか。
「――爆弾!? こんなのが二つも隠せるなんて。一体どういう仕掛けがしてあるんだ、そのスーツ!?」
「企業秘密です」
 にっこりと笑うツォンに、呆れるしかないルーファウスだ。
「どうりで、休暇中だっていうのに、制服を着たがったわけだ。それ自体、武器みたいなものなんだな」
「では、頼みましたよ。――来ます!」
「これでもくらえッ!」
 一発目が投げられる。爆炎の中、カンテラがゆらゆらと揺れる。召喚されたオーディーンがグングニルの槍でトンベリを貫く。トンベリが、近づいてくる。
 しばし立ち止まるトンベリに、ルーファウスは二発目をお見舞いする。トンベリは、左に直角に向きを変え、のこのこと歩き出した。
「あのモンスター、ダメージ本当に受けてんのか……?」
 歩速が落ちるでもなく、表情が変わるでもなく。淡々と近づいて来るだけなのが、逆に怖い。
 また、立ち止まる。さっきMPを使い果たしてしまったツォンに、ルーファウスはエーテルを使った。すかさず、アクアブレスを発動させるツォンだ。
「なあ……あとどのくらい攻撃できる?」
「次が最後ですね。HP……まだだいぶ残ってますが」
「15000って聞いたぞ。爆弾、どのくらいの威力なんだ?」
 エーテルを使いつつ尋ねたルーファウスに、平然と恐ろしい事実を口にするツォンだ。
「3000×2=6000、オーディーンで3000位、アクアブレスで2000位として、11000はダメージを与えているはずですね」
「逆に言うと、あとHP4000も残ってるのか!?」
「ミドガルズオルム並ですね。さすがに、地上最凶のモンスターの異名はダテじゃない」
 トンベリは、今度は右に直角に向きを変え、まっすぐこちらへ向かって歩いてくる。
「今度立ち止まった時にどうにかしないと、あとがありませんね」
「お前――。何か秘密兵器とかないのか!?」
「ルーファウス様は、私のこと何だと思ってらっしゃるんですか。そんなもの、あるはずがない」
「えばるな!」
 クックックッ……と笑うツォンに、ルーファウスは逆上している。
「もし闘技場じゃなきゃ、死ぬとこなんだぞ!?」
「そうですよ。――少し、死ぬのが怖くなりましたか?」
「当たり前だ!どこの世界に、好きこのんで死にたがるヤツがいる。そう思うのは、病気だ! お前、わかってるのか!? 死んだら、もう何もできないんだぞ! ――お母様みたいに。お母様は、もう二度と僕を抱きしめては下さらない。たとえ心だけの存在になって僕を見守っていて下さったとしても、僕にはわからない。気づいてもらえなかったとしたら、いてもいないのと同じじゃないか。そんな風になってもいいのか!?」
「――この二か月で、あなたはずい分変わられましたね。怖い物知らずで、見てる方はいつもハラハラさせられていましたが、どうやら違ってきたようです。あなたに、本当にやりたい事ができた証拠ですね」
「えっ……?」
「守りたいものがある人間は、とても強い。そういうことです」
 トンベリの歩みが止まった。右へ直角に曲がろうとする。
「――ツォン! お前、必ず予備の銃を持っているよな!? 貸せ! 早く!」
「使うのなら、反動に気をつけて下さい。しかしあなたも、あきらめが悪いですね?」
「誰の仕込みのせいだと思ってるんだ。やれることは全部やる。それが僕のやり方だ!」
 握った銃はずっしりと重かった。構えるのだけでも大変だ。狙いを定め、引き金を引く。
「――かすっただけ!?」
「あと一度に賭けるんですね。私は、これがラストです。目をつぶって下さい、ルーファウス様」
 ミドガルズオルムの時とは比べ物にならないほどの、閃光と爆音。ツォンは『ボムの右腕』を投げ付けたのだった。だが、トンベリはビクともしない。マイペースに歩いたあと、こちらに向き直った。
 真正面から対峙したルーファウス。慎重に、狙いを定める。
「もうあとはない。絶対にクリーンヒットさせるんだ。ここまで来て負けるのはイヤだ。思い出すんだ、シューティングコースターでのこと。ムダ弾はない。当たれ……当たれーーーッ!!」
 一瞬ののち、トンベリは倒れた。
「やった……のか?」
「お見事です。『必殺』のマテリアは付けてあったんですが、まさかあなたが使いこなせるとは――。正直、半信半疑でした」
「何だか……急に膝が、ガクガクしてきた……」
「こんな緊張したの、生まれて初めてなんじゃありませんか?」
 ツォンは穏やかに微笑んで、ルーファウスに手を差し出す。
「――歩けますか? 無理なさらなくていいんですよ。がんばったご褒美に、おぶっていって差し上げます」
「じょっ、冗談じゃない! そんな恥ずかしいこと、できるか! 子供じゃあるまいし」
「背伸びなさっていても、あなたは子供です。子供の特権ですよ、人に無条件で甘えられるのは」
「一刻も早く、大人になりたいのに。――皮肉か!?」
「いいえ。そんなに背伸びして生き急いでばかりいると、早死にしますよ?」
「うっ。お前、お母様が亡くなってから、絶対性格悪くなったぞ」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。『いい人』では、あなたを守りきれないのでね」
 観客からは、二人のやり取りは聞こえない。ただ、腰が抜けて動けないらしいルーファウスをツォンがおぶるのを見て、爆笑の渦が巻き起こる。
 ――いよっ、お姫様! カッコよかったぜ!
(ツォン! 覚えてろよ!!)
 飛び交うヤジに、一人毒づくルーファウスである。
「ふう……。もう二度とゴメンですよ、こんなのは。――それにしても、お二人とも。グルだったんですね?」
「何のことだ、リーブ君?」
「いえ、私も……便乗した口ですから。責めるつもりは、ありませんよ。普段のルーファウス様に、あんな話はできません。まして、ツォンがそばにいては。――バトルが見たい、だなんて。二人を引き離すための口実だったのでしょう?」
「そうなのか、園長?」
「はて――。私には、さっぱり」
「しらを切るのなら、結構です。でも、お礼は言わせていただきますよ。おかげで、いろいろ話すことができました。あとは、あの方が考え、行動するのを待つしかない。私は自分の職責を果たしながら、その日を待ちますよ」
「ミッドガルのことを『腐ったピザ』と呼ぶ者もいるが。少なくとも、そこに住む人間が全て一緒に腐っているわけじゃない。それがわかって、わしも嬉しいよ。ミディールに、いい土産ができた」
「――おっ! お姫様と騎士のご帰還だぞ!」
「おい! いい加減におろせよ。もう大丈夫だって言ってるだろう!?」
「――元気じゃな、あの坊やは」
「全く。ご苦労だったな、ツォン。会長さんも園長も、大満足していらっしゃるぞ?」
「――園長。どういうおつもりですか!? あんなレベルがケタ違いのモンスターを出してきて。反則ものですよ?」
「まあまあ。お詫びに、今晩は夕食に招待させてもらおう。それまで休むといい」
「そうしたいのは、山々ですが……」
 元気いっぱいのルーファウスをチラッと見て、ため息をつく。
「坊やのお守りは、我々が引き受けるぞ。安心しろ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「またあとでな」
 一礼して去っていく後ろ姿を眺めていたルーファウスが、ポツリと漏らす。
「あいつ――ここのところ寝不足のはずだ」
 誰に言うともなく、ポツリ、ポツリと言う。
「夜中に、ふと目を覚まして――起き上がっただけだ。それなのにあいつ、『どうかなさいましたか?』だぞ? 僕がぐっすり眠っている時も、あいつは神経を目覚めさせてる。――知ってる。仕事だから、そうしてくれてるんだ。でも、僕はそれ以上に知ってる。『寝汗はかいてませんね。ということは、悪い夢にうなされたわけではないようですね。のどが乾いたんでしょう。夕食の時、味付けが濃いと盛んに言われてましたから』。そして、冷たい水を出してくれるんだ。それは、仕事だからじゃない。そんなの、誰よりもよくわかってるさ――!」
「ルーファウス様……あなたのその気持ちは、十分彼に伝わってると思いますよ。だから、あなたは逆に気をつけてあげて下さい。あなたのためなら、彼は命を投げ出すことも厭わない。そういう状況を作り出さないようにするのが、あなたの仕事ですよ?」
「うん。――今日は、みんなに寄ってたかってお説教される日らしいな」
「あなたが素直に人の話を聞いて下さるなんて、年に一度あるかどうか。このチャンスを逃したら、あとはいつになることやら」
 ため息とともに肩をすくめたリーブに、一同はどっと笑った。
 バトルスクェアの熱狂は、その後一日続いていた――。