10.

「う……ん…まぶしい……」
「毎日朝から晩まで遊んでいるのも、疲れるようですね。まあ、昨夜は遅くまで会食でしたし、無理ないですが。もうお昼ですよ。そろそろ起きられた方がいいんじゃありませんか?」
「――昼!? ウソだろう!?」
「やっと起きましたね。おはようございます。リーブ部長は、会長とミッドガルへ向かわれました。朝早いご出発でしたので、あなたを起こすのは気の毒だとおっしゃられて。くれぐれも無茶はなさらないように、とのことでした」
「そうか。あのじいさん、面白かったな」
「いろいろお話が弾んでらしたようですね。お母様のことを、よくご存じでいらして。キーヤ様のお小さい頃のお話……意外でした。お転婆でいらしたなんて。やっぱり似てらっしゃるんですね、ルーファウス様」
「――シャワーを浴びてくる」
 気だるそうに歩いていくルーファウスを見るツォンの目に、一瞬暗い影が差した。会長は、ウータイとの戦争が長引くだろう、と言って去った。
「確かに、神羅にはソルジャー部隊がある。近代兵器の力では、ウータイを凌駕しているじゃろう。だがな。ウータイは、そう簡単に屈服はせんぞ。いずれ勝利を手に入れるのは、神羅だろう。しかし、それまでにどれほどの犠牲を払わねばならない? 流れた血は戻らない。亡くなった者は、還らないのだぞ」
 気の重くなる未来だった。やがて、戻ってきたルーファウスが心配そうにのぞき込む。
「何かあったのか? とても辛そうだぞ」
「いえ、これは……。少し、考え事をしていました」
 時折、ツォンはこうして物思いにふけることがある。そういう時、ルーファウスは何も聞かないことにしている。母が亡くなった時、初めて知った彼の過去。ほんの少しだが、それでも十分な気がしたものだ。
「今日もいい天気だな。こんな暗い所で食事しないで、外に出ないか? パレードでも見ながら、のんびりとしたい気分なんだ」
「それは、いい考えですね。さっそくそのように手配します」
「ああ、頼む」
 いつもの様子に戻ったツォンを見て、ホッとするルーファウスだった。
 他愛のないおしゃべりをしながら、のんびりと食事をする。眼下では、チョコボやデブモーグリがはね回ったりダンスしていたりする。にぎやかに流れていくパレードを見つめたり、ぼんやりとしてみたりするうちに、お茶の時間になっていた。
「イベント会場で、ショーが始まりますよ。いまからなら、ちょうどいいタイミングです」
 冷えた紅茶を取り替えにきたウェイトレスが、にっこりと微笑む。
「散歩がてら、行ってみるか?」
 ようやく腰を上げるルーファウスである。

 会場に着くと、待ちかまえられていたかのようにファンファーレが鳴った。
「おめでとうございます! お客様は、本日100組目のカップルです!」
「いっ!? カップル、って――僕は男だぞ!」
「まあまあ。固いことは、この際抜きで」
「勝手なこと言うな!」
「いまちょうど、これからやる舞台のお姫さん役と勇者役を募集中だったんですわ。キレイな青い目、キラキラの金髪! ――ピッタリですわ」
「どこの世界に、セーラー服を着た姫君がいるんだよッ!?」
「んなこと関係あらしまへん。ほら、周りのお客さん達も拍手してますでー?」
「……ハメられましたね、ルーファウス様」
「お前なあ! なに平然としてるんだよ!?」
「あきらめるんですね。すぐ終わりますから、ここは茶番につき合いましょう」
 白い帽子に全身白のセーラー服。帽子につけられたリボンとカフスのラインのブルーが、瞳の色によく合っている。赤いタイがアクセントになっていて、本人には悪いが、非常に愛らしい。
「舞台に出て、簡単な芝居をしてくれはったらええんや。あとはプロが仕切るさかい。な?」
 憮然とした表情で連れられていくルーファウスである。
 ナレーションが始まる。
<上演1000回目を記念して、今回はスペシャルバージョンにてお送りいたします。平和なガルディア王国に突如として襲いかかる、邪悪な影……>
 昨日の今日だ。客達は、この姫君が一筋縄ではいかないことを知っている。
 ――あの坊っちゃん、何やらかしてくれるんだろうな!? 期待に満ちた人々の目が、舞台に釘付けになる。
<おお〜、あな〜たこそ〜伝説の勇者〜、アルフリ〜ド!>
 諦めきった顔で、勇者役をやるツォンである。
<さあ〜、王様に〜おはな〜しを〜〜!!>
 次の瞬間、ギョッとするツォンだった。
「プ……プレジデント!?」
 思わず、考えるより先に叫んでいた。あの赤いスーツ、手にした葉巻――。王様ってのは頭に冠を戴いていて、毛皮付きのローブでも身にまとっているものじゃないのか!?
 思考が停止する彼である。
<おお〜、勇者アルフリード。私の愛しいル〜ザを救うために〜やってきた〜>
 にじり寄ってくる王から、知らず知らずのうちに後ずさりしているツォンである。
<お前の力とな〜る者に語りかけよ〜>
 現れたのは、大魔法使い。――そう聞いていたのだが。
 白衣を身に着け、メガネに手をやりつつ、クックックッ……と笑っているその姿は。
「宝条博士! ――いや、そんなわけは」
 パニックに陥りそうな頭を、必死で現実に引き戻す。
<ああ〜悪竜王の弱点。それは〜、それは>
「一体何だってまた、こんな……。悪趣味だぞ、園長」
<そう! それは真実の〜愛!>
 ここで悪竜王ヴァルヴァドスが登場した。腕には姫――ルーファウス――を抱えている。
<ガハハハハ! 我こそは〜、悪竜王ヴァルヴァドス〜! さらった姫に〜何もしないで待っていたぞ〜!>
「おい、ツォン! ――じゃなかった、勇者アルフリード! さっさと助けろ!」
「ル、ルーファウス様――その悪竜王」
「何だって、僕がハイデッカーに捕まらなくちゃならない!? ――ゲッ! そこの、そいつら」
「部長……にしか、見えない……」
「オヤジ! ――に、マッドサイエンティストの宝条! おい、勇者! とっとと僕を助けろ! 真の敵は、そいつらの方だ!!」
「ストーリー、勝手に変えてませんか?」
「このメンツじゃ、そうだろうが!? ――えいっ! 放せ、このガハハ野郎!」
 自力で悪竜王をブチのめし、するっと腕から逃れた姫君に、会場は爆笑の渦である。
<おお〜、何と勇気ある姫君なのでしょう〜! 真の悪を〜倒すため、勇者と力を合わせる〜>
 ナレーションは、ルーファウスのアドリブに付き合う気のようだ。
「おい、オヤジ! よくもお母様を苦しめてくれたな。――成敗してやる!」
「そんな……ムチャクチャですよ」
 天を仰ぐ勇者をよそに、姫君は王にケリを入れている。
 ――いいぞっ! そこだ、やっちまえ! 飛ばされるヤジに、頭痛のしてくるツォンだ。仕方なく、おもちゃの剣で王を刺す真似をする。
<何という〜ことでしょう〜。本当の悪は〜悪竜王でも王でもなく〜二人を操る魔法使いだったのです〜!>
「――そういうことらしいぞ、勇者アルフリード」
「これじゃ何が何だか……どうやって終わらせる気なんです?」
「さっき言ってたよな。真実の愛が、ただひとつの武器だって」
「ええ。――ルーファウス様!? なっ、何をする――」
 跪いて勇者の手に姫がキスをした瞬間、魔法使いが苦しみ出した。
<ウギャアア〜私は〜愛の力に弱〜いんだあ〜!!>
 場内大爆笑のうちに、芝居ははねた。
<おお見よ〜! 二人の愛の〜勝利〜だ〜!>
 もうやけくそなナレーションだ。
 ――カッコイイぞ、お姫さんよ! 見ろ! 勇者さん、固まっちまってるぜ! ヒューヒュー!!
 口笛が吹き鳴らされ、割れるばかりの拍手の中、舞台から降りたルーファウスはけろっとして言った。
「けっこう、それなりに面白かったよな。――ツォン? お前、まだ顔が赤いぞ?」
「ル、ルーファウス様! からかわないで下さい!」
「芝居だぞ。茶番に付き合え、って言ったのはお前だろう?」
「悪ノリしろ、とは申し上げませんでした」
「こういうのは、やるからには徹底的にやらないとな。盛り上がらないじゃないか」
「盛り上げすぎです!」
「もしかして、手にキスしたこと怒ってるのか? ――ああ! もっと別の場所の方がよかったとか!」
「――!」
 頭から湯気を出しそうなツォンに、ルーファウスはおなかを抱えて笑っている。
「冗談だって。――おっ、お前。ほんと、カワイイよな!」
「あなたから言われたくありませんね」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で、イベント会場を去るツォンだった。