7.

「ほう……。さすがに、いいものを身に付けているな」
 期せずして、会長とディオの二人から同時に感嘆の声が上がった。
 スーツの内ポケットから取り出された銃にマテリアをつけ替えるツォンの目は、怖いくらい真剣である。さすがのルーファウスが黙っているほどだ。
 彼は、いきなり試合に出るようなことはしなかった。他の人々のバトルを見て、メモをとることから始めたのだ。何をメモしたのか、興味をそそられたリーブはそっと覗いてみて、彼を敵ではなく友人にしていることに心底ホッとしたものだ。
 出場者の力量とモンスターのレベルとの相関関係、モンスターの特徴。八回勝ち抜けばバトルは終了なのだが、一回ごとにスロットで様々なハンデが付けられることになっているその種類や、スロットの回り方。「毒」状態でチャレンジすることになった場合、ポイゾナや毒消しではその異常は治せない、といった具合に、細々と分析が書き連ねられていたからだ。
「その銃は、特製かね?」
 会長に尋ねられて、別に隠すようなことでもないので、作業をしながらツォンが答えた。
「いえ。確かに、このアウトサイダーは非売品ですが――我々のような仕事をしている者なら、持っていても不思議ではないでしょう」
「見慣れない腕輪だな。それも非売品かね?」
「ええ、まあ……。これは主任が下さったものなので、私もよくわからないんです。実戦部隊の者が使う方が、役に立つだろうとおっしゃって。確かに、重宝してますね」
「おい、それ――エスコートガードじゃないか。いつの間に!?」
「リーブ部長、ご存じなんですか?」
「前の主任がいまの主任に譲り渡した、貴重な品だぞ。お前、見込まれたな。次の主任になるのは、やはりお前しかいないと思っているらしいな。まあそれは彼だけじゃない……私もだがね」
「次の主任? ――考えたくありませんね。私は、主任が好きです。尊敬もしている。私が主任になるということは、あの方が亡くなるということです。そんなこと……」
「リーブ」
 そっと袖を引っ張るルーファウスに、リーブは口をつぐんだ。
 ルーファウスは、以前ハイデッカーに尋ねたことがある。タークスのメンバーは、どうやって選ばれるのか。いつの間にか人が代わっているが、姿を見せなくなった者はどうしているのか、と。ツォンが来る前、ルーファウスの相手をよくしてくれたメンバーが、ある日を境に突然姿を見せなくなったことがある。母に聞いても悲しげに首を振るばかりで、事情がはっきりしなかったのに不安を覚えたルーファウスは、直接ハイデッカーに訊いたのだ。
 返ってきた答えは、幼い彼にはショッキングなものだった。常に社員の中から選ばれるわけではないこと、時には犯罪歴のある者が登用されること。業務上での死亡率が高いこと、中でも取り分け歴代の主任は、寿命を全うした者がいないこと。ある者は反神羅のテロリストグループに殺され、ある者は敵方へ寝返ったことが露見して処刑され、またある者はその任の重圧に耐えきれず自殺し――。
 およそ、平穏な人生とは言い難い。社内の監査を社長命令によらずに独自に行えることから、不正を嗅ぎつけられたくなかった者が証拠隠滅のために事故死を装って殺すことさえあるという。歴代主任のうち、原因不明の事故死を遂げている者は、実はそうした不正の犠牲者なのだと――。
「そうですね。すみません、ルーファウス様」
 何となく、雰囲気から事情を察したらしいディオが立ち上がった。
「さて、私はモンスターの準備をさせるとしよう。また後でな」
「しかし、ずい分いろいろな物を持ち歩いとるね。ちょっとした店でも、開けそうなほどじゃないか。いつもなのかね?」
「職業秘密です。生命に関わりますのでね」
 微笑んだツォンの指には、安らぎの指輪がはめられていた。
「ありがたく、お借りします。ルーファウス様、リーブ部長と会長のお二人から、絶対に離れないで下さい。頼みましたよ?」
「約束する。迷惑はかけない、って」
「では、行って参ります」
 黒髪をなびかせて去っていくツォンを見つめるルーファウスの肩を、リーブはポンポンと叩いて言った。
「さあ、席に着きましょう。園長が特等席を用意して下さいましたからね。それにしても、キーヤ様の形見の指輪を貸すとは。ルーファウス様は、本当に彼のことが好きなんですね」
「いっ、いけないか!?」
「そんなこと言ってませんよ。代わりに、これをしていて下さい」
「守りの指輪? これ、ツォンのだろう。どうして」
「あなたに、預かっていて欲しいそうですよ。ま、本当のところは私じゃ頼りないんでしょうねえ。これがあれば闘うハメになった時、少なくともあなただけはバリアとマバリアに守られることになりますから」
「護衛が駆けつけるまでの、一時しのぎには十分なるのぉ。坊やは幸せもんじゃの。あんな男、二人といないぞ。大切にすることじゃ」
「――うん。わかってる」
 ルーファウスの肩が、震えている。
「わかってる――。貸せ、リーブ」
 差し出された指輪とハンカチを、会長は優しい目で眺めていた。この素直な少年は、これからどんな風に育っていくのか。
(この子を残していかなきゃならんとは……キーヤ嬢ちゃんも、さぞ辛かったろうのぉ。だが、心配せんでいい。嬢ちゃんの代わりに、いろいろな人間があの子を守ろうとしとるよ。きっとあの子は、嬢ちゃんに似て心の優しい人間になってくれるだろう。いまのままでいけば、な……。嬢ちゃんが神羅と結婚するのに反対して、嬢ちゃんのおやじさんと絶交してから、もう十三年になるのか。本当に、月日の経つのは早い。わしが老いぼれるわけさね)
 感慨にふける会長である。