5.

 結局、初日はシューティングコースターとチョコボレースを堪能したルーファウスである。特に、チョコボレースは気に入ったらしい。二日目も朝から直行したくらいだ。
「だいぶGPもたまったな。これなら、明日はワンダースクェアで思いっきり遊んでも大丈夫だな」
「はい。それにしても、せっかくの賞品ももらわないで。よく貯めましたね」
「他に、欲しいものがあるからな」
 キラリと光ったルーファウスの目を見て、ツォンはしまった、と後悔した。余計なことを言ってしまった――。
 ツォンは、ルーファウスの言葉に我が身を呪った。
「実はな、園長のディオから聞いたんだ。バトルスクェアでは、毎日のように試合があるんだって?」
 早くも、話の雲行きが怪しい。続く言葉が、何となく想像できてしまう。
「勝ち続けると、スゴイ賞品がもらえるらしいぞ。中には、現品限りのものもあるらしい。しかもな」
 声をひそめる様子に、並々ならぬ熱意と執着心を感じるツォンだ。
「裏試合っていうのがあって、その賞品は何とディオの書いた本なんだって! ――欲しいよな!」
 どうしてこう、嫌な予感というのは当たるのか。まさか、ルーファウス自身が試合に出場するつもりではないだろう。と、なると。
「で、何ていうタイトルなんです、その本は?」
「『ディオの激闘人生』と『人生バクチ打ち』。あ、サイン色紙もくれるらしいぞ。そうそう。バトルスクェアの試合は、始めたら最後までがんばらないとな。途中で外に出ると、溜まったポイントがゼロになるそうなんだ。さあ、今日は一日ワンダースクェアで遊びながらGPを稼ぐぞ!」
 こうなると、もう何を言っても無駄なのだ。うきうきとはしゃぐルーファウスの後を、黙ってついて行くツォンだった。
「スピードバイクに潜水艦か……。そういえば、ジュノンの港の沖には沈んだままの潜水艦があったな。何で回収しないんだろう?」
「思ったよりも費用がかかるという話を、以前聞いたことがあります。そのせいでしょう」
「ふうん。オヤジらしい話だな。自分にとって必要ないものには、一ギルといえど出さないわけか。そのくせ、体面だけは保とうとする。事故があった時、その原因がうちのミスであっても隠してるものな。調査はした、補償もする、でも形だけだ。裏では、自分にとって都合の悪い存在を抹殺している。しかも、自分は直接手を下さないでな。――ハッ! 思い上がりも甚だしいじゃないか?」
 筐体に手をかけながら、ルーファウスは髪をかき上げてそう言った。だが、立場上その言葉にうなずくわけにもいかないツォンは、黙って床を見つめるしかなかった。
 もちろん、ルーファウスはツォンにとって不適切な話題を自分が口にしたことにすぐ気づいて、さりげなく話をそらした。
「なあ、お前……楽しんでるか?」
「ええ。こんな長い休暇は、初めてですから」
「思ったんだけどな――迷惑だったんじゃないか?」
「何故そう思うんです?」
「いや、何となく……だけど。昨日本社に連絡してただろう? お前、ミッドガルを離れたくなかったんじゃないかって」
 実は、ルーファウスの母が亡くなる少し前、タークスにはある重大な任務が与えられていたのだ。
 古代種の血をひく最後の生き残りが、神羅の研究所から脱走したのはもう数年前のこと。杳として行方が知れなかったのが、最近目撃情報が相次いだのだ。「イファルナの保護が不可能なら、せめて娘のエアリスだけでも確保しろ。我が神羅カンパニーに新たなる栄光をもたらす『約束の地』に至る、大切な鍵だ。何としても他の者に渡すわけにはいかん。一刻も早く二人を捜し出せ!」
 プレジデントは、夫人が危篤状態になったあともコスタ・デル・ソルへ足を向けようとはしなかった。彼にとっては古代種の確保の方が重大事だったようだ。
 そして、彼の意を受けたハイデッカーはタークスに厳命した。即ち、もし古代種が発見できなかったり、あるいは他者に保護された場合。メンバー全員、その命はないものと思え、と。
「無茶なことを言いますね、部長も」
「ああ。まあな。ツォン、お前の力を借りたいのは山々だが、キーヤ様――もう長くはないんだろう?」
「リーブ部長は、休暇を取られてずっと詰めていらっしゃいます」
「そうか……。ルーファウス様のこともある。古代種の件は、我々に任せろ。お前は、キーヤ様とルーファウス様をお守りしてくれ。何か変わった動きがあれば、すぐに知らせる」
「わかりました。お気遣い感謝いたします、主任」
 上司である主任の微笑を思い出し、かすかに表情をなごませたツォン。ルーファウスは、不審そうに首をかしげた。
「確かに、昨夜は主任と連絡を取りました。でも、定時連絡ですよ。あなたが気にされるようなことは、何もありません」
「そうか? ――なら、いいんだ」
 ホッとした様子のルーファウスに、ツォンは罪悪感を覚えた。
(プレジデントは、古代種を野心達成のための道具としか見ていない。だが、あなたなら――違う考えをお持ちになるのではありませんか?)

 ゴールドソーサーで、ルーファウスは意外な一面を見せてツォンを驚かせていた。格闘ゲーム、潜水艦、スピードバイク、占い、クレーンキャッチャー、腕相撲にバスケット。
 一通り試すとバスケットボールを抱えて、ルーファウスはにこやかに宣言した。
「ツォン、当分ここから動かないからな。何だったら、椅子でも持ってきたらどうだ?」
 周囲から、クスクスと好意的な笑い声が上がる。誰も、いまを時めく神羅カンパニーの御曹司が、まさかこんな所で遊びに気合いを入れているとは思わない。
 まあ、可愛い子だこと。一緒にいるのはボディーガードかしらね? 執事にしては、若いもの。でも本当に、どちらのお坊っちゃまなのかしらね。あんな見事なハニーブロンド……ちょっとお目にかかれないわ。目だって真っ青。この指輪のサファイアみたいだわ。
 自分も子供にせがまれて来ている有閑夫人達は、この妙に目立つ二人組が気になって仕方ない様子だ。
 いつの間にか、ルーファウスの周りには人だかりがしている。護衛をしているツォンにとっては、あまりありがたい状況ではない。昨日もこうだったのだ。チョコボレースに興じる内にだんだん人が集まってきて、やがてルーファウスの勝ち負け自体が賭けの対象にされる始末。最後のレースで大きく勝負に出たルーファウスが勝ったのだが、その瞬間、周囲の人々から祝福の拍手が沸き起こったくらいだ。
(……この方には、人を惹きつける魅力がある。いわゆるカリスマ性、というヤツだな)
 神羅カンパニーという名の帝国を、将来統治することになるルーファウス。そんな彼にとって、カリスマ性があるというのはプラスにこそなれ、マイナスの材料にはならない。だが、お忍びのはずがこう目立っては……。
 ここに来て、今日で三日目。それなのに、どうして行く先々で人々からあいさつをされるのか? 既に二泊したゴーストホテル。その同宿者や従業員が話しかけてくるのは、まだわかる。だが、アトラクションに群がっている見ず知らずの人々から、頻繁に声をかけられるというのは――。断じて、ツォンの気のせいではないだろう。
「そういやあの坊っちゃん、明日はバトルスクェアに行くって言ってたぞ」
「へーっ!? あんな華奢な身体で?第一、まだ子供じゃないか。そりゃ無理だ」
「出場するのはな」
「ああ! 出るのはあんたか。――がんばってな!」
 いつの間にか、ルーファウスの代わりに出場することが決まってしまったらしい。それも、全く事情を知らない他人の無責任な会話で。
(冗談じゃない。私が試合になど出場したら、誰がその間ルーファウス様をお守りする? 第一、私はタークスだぞ。こんな所で名前と顔を売ってどうする――)
 頭を抱えるツォンに、ルーファウスはご機嫌で戻ってきて言った。
「これで、残りはディオのところだな!」
 途端に、周囲から歓声が上がる。その期待に満ちた眼差し。早くも賭けを始めた者もいる。
 無邪気なルーファウスの笑顔に、脱力するしかないツォンだった。