4. 「うわあ……! すごい。ミッドガルよりにぎやかな所だな。砂漠の真ん中なのに、ここだけ街が開けてるよ。――そう言えば、お前はここへ来るの初めてなのか?」 ヘリの窓から身を乗り出しかねない勢いで、ルーファウスはガラスにピタッとおでこをくっつけて、外の景色に見入っている。 「ええ。ですから、園長のディオ殿に案内をお願いしました。ルーファウス様、くどいようですが私から離れないで下さい」 「うん、わかった。でも、リーブのヤツ残念だったな」 「仕方ありませんよ。取引先の会長の接待で、ミッドガルにはいらっしゃらなかったんですから。連絡が取れないものは、どうしようもありません」 「うん……そうだな。ま、いいさ。お前がいてくれれば」 ルーファウスの無邪気な信頼に、ツォンは責任の重大さを思い、胃がキリキリと痛くなってくるのだった。 「着陸します。おとなしく席にいて下さい」 ヘリポートでは、園長のディオが彼らを出迎えた。 「これはようこそ! 私がゴールドソーサー園長のディオです。しかし、あのプレジデントにこんな可愛い坊っちゃんがいらしたとは。驚きましたねえ」 「坊っちゃんじゃない! ルーファウスだ!」 「おや、これは失礼しました。ルーファウス神羅様」 「……ただのルーファウスでいい! 少なくとも、その名前はオヤジからもらったものじゃないからな」 この言葉に、ディオはおや、という顔をしてツォンを見た。静かに笑って首をわずかに振るツォンと、顔を紅潮させて足を踏ん張って自分を睨み付けているルーファウス。 ディオはしばらく二人を交互に眺めていたが、やがて笑い出した。 「ハハハ……! こりゃ失礼した。確かに、魔晄エネルギーがなければここの経営は成り立たないが、だからといって、君がその元締めの息子であることとは関係ないな。すまん」 ルーファウスの方でも、すぐに機嫌を直した。 何といっても、父親の目の届かない所で羽根を伸ばすのは、これが初めてなのだ。物珍しそうにあたりを見回していたが、やがてツォンの袖を引っ張って叫んだ。 「あれは何だ!? ――乗りたい!」 「おお、シューティングコースターだな。ご案内しましょう」 これを皮切りに、園内のアトラクションをルーファウスと共に回りつつ、護衛としての仕事もこなさなくてはならないという、ツォンにとって地獄の五日間が始まったのだった。 一日目。シューティングコースター。この園内でも、人気の高いアトラクションの一つである。ジェットコースターに乗りつつ的を撃つという、いたってシンプルな遊びなのだが、高得点を出すと賞品がもらえるのだ。 「五千点で、アンブレラを差し上げております」 係員が言った言葉に、ルーファウスはやる気満々である。 「何が何でも、あれをもらうぞ!」 アンブレラなんて、もらってどうするんです? そう言いたいのをグッとこらえ、ツォンはルーファウスの隣りに座った。 さて、肝腎の射撃の腕前だが。ルーファウスは、決して筋は悪くないようである。ただ、力んでいるので余計な所に力が入りすぎ、狙いが正確さに欠ける。 「何で命中しないんだ!?」 早五度目のトライとなった時に、さすがに嫌気がさしたのか。座席に備え付けられたおもちゃの銃を握りしめ、ぐるぐる振り回す。それを見ていたツォンは苦笑して、ルーファウスから銃を取り上げた。 「ルーファウス様は、当たっても当たらなくてもいい、と心のどこかで思っていらっしゃいませんか。そんなことでは、当たるものも当たらなくなってしまいます。銃は、こう撃つんです――」 一撃で、正確に的を撃ち抜いていく手際の鮮やかさ。美しさすら感じさせる、流麗な動作。ルーファウスは、感嘆の声を上げた。 「――スゴイ! スゴイな、ツォン!全部命中してるよ! お前、凄腕のスナイパーだったんだな。さすがタークスだ!」 興奮しているルーファウスに、ツォンは淡々と語った。 「この的は反撃してきませんが。通常、ターゲットは一撃で仕留められなかったら、死に物狂いで反撃に出ます。そうなったら、こちらも生命の危険が増すんですよ。いいですか、銃を撃つ時の鉄則は『相手の戦闘能力を初めに奪う』ことです。それには、心臓を狙っていては効率が悪い。確実なのは、頭を撃つことです。ここなら、心臓よりも有効範囲が広いですから。それと、もう一つ。『チャンスは二度ないと思え』ということです。相手が自分より優れていたら――最初の一撃で仕留められなかったら、まず間違いなく次の反撃で自分がやられます。命がかかっていると思えば、おのずと無駄弾は撃たなくなるものですよ」 タークスとしての仕事をこなす内に培われた、ツォンの非情なまでのセオリー。幼いルーファウスは、ただ感心するばかりだった。 「でも、本音を言えば、あなたにそんな技術を身に付けて欲しくはないんです」 瞳を見開いて自分を見つめるルーファウスに、ツォンは少し寂しげに微笑んだ。 「護身術の範囲では、たしなんでもらいたいですが。あなたに銃で人を殺すようなマネは、させたくない。そのためのタークスですから」 「お前、人に向けて撃ったこと――いや、何でもない。忘れてくれ」 自分の護衛は、数ある仕事の中でほんの一部に過ぎない。彼に命令できるのは、自分の父・プレジデント神羅だけなのだ。そして、父が彼にどんな事を命じているのか、全く知らないルーファウスではなかった。 変わらなければ生きることさえ許されなかった者の言葉は、ルーファウスの胸をえぐった。 「お楽しみいただけたようで、ホッとしましたよ。――それをゲットするとは、たいしたもんだ。プレジデントは、なかなか腕のいい護衛を雇っているようだな?」 ディオの目が、キラリと光る。自身格闘家としての鍛錬を日々怠らないだけに、ツォンがただのお守り役ではないことに気づいたようだ。 「いえ……私は……。さあ、ルーファウス様。賞品ですよ」 「ありがとう。あの……な、さっきの話……だけど」 「気になさらないでいいんですよ。少し、喋りすぎました」 「いや、そうじゃなくて。いつか……いつか、私がプレジデントになったら」 ルーファウスは、何を言い出そうとしているのか。思わずディオまでが聞き耳を立てる。 「タークスは、廃止する。お前に、あんな辛い顔はさせない。だから……だから」 「ルーファウス様……」 幼い主人(あるじ)の決意に、ツォンは熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。かがみ込んで、ルーファウスを抱きしめる。 「ツォン!?」 アナタハ、ワタシノ「キボウ」ナンデス――。 声にならない叫びを聞いた気のする、ルーファウス。苦しいほどギュッと抱きしめられて、しばらくは身動きもできなかった。 「――ツォン?」 もう一度そっと呼びかけると、ようやく解放された。さきほど感じたのが気のせいなどではなかったことが、すぐにわかった。 「いきなりあんな……申し訳ありませんでした。さあ、行きましょう。次は、どこになさいますか?」 そう言いながら、ツォンはそっと涙をぬぐっていたからだ。 「チョコボレースに行ってみよう! 楽しい、ってすすめられたからね。ここで使える専用のお金を、レースで稼ぐといいんだって。行こう!」 努めて明るく無邪気に振る舞おうとするルーファウスと、彼を目に入れても痛くないと言いたげなツォンの様子に、ディオは大いに興味をそそられていた。 (おやおや。これが次代の神羅のプレジデントと、その懐刀というわけか? ――父親とは、仲が悪いらしいな。どうやら、あの子は父親とは違う世界を創り上げようとしているらしい。願わくは……それが我々にとっても歓迎すべきものであるよう、祈りたい) 二人の案内をしながら、そんな感慨にふけるディオである。 |