2. 結局、係員は強引にツォンの手に旅行の目録を握らせた。周囲の人々の羨望と嫉妬の混じり合った視線を一身に浴びながら、彼はレノとイリーナが待つ店へ急いだ。野次馬の中には神羅社員も多数おり、ツォンのことを見知っている者も少なからずいたのだ。 もっとも、タークスの主任で新社長のお守りを長年してきた人間に、気安く声をかける者など皆無だったが。 「――あっ! ツォンさん!」 「イリーナか。――レノはどうした?」 「少し遅れて来るそうです。それにしてもルード先輩、残念ですねえ。せっかく主任がおごって下さるっていうのに。そんなに楽しいのかしら……ハゲ頭の会」 「……イリーナ。お前、そんな話ルードの前でしてないだろうな!?」 「うーんと、まだしてません」 「なら、いい。髪の話は、タークスではタブーだ。――わかったな?」 「はぁい」 「――何を持ってるんですか? と」 「ああ、来たか。いや、別に。何でもない」 「そうやって隠し立てするところを見ると、何か大切なものらしいですねえ。妙に気になるぞっ、と」 「えっ? 私も知りたいでーす。何なんですか?」 部下二人から突っ込まれ、答えに窮しているのを見た店の女主人が、助け船を出すつもりで代わりに答えた。 「でも、たった一つしかない特等賞を当てるなんて、やっぱり強運の持ち主ねえ。さっき、TV中継で見ましたわ。私なんてこれですわよ?」 ため息と共に、ポケットティッシュの山が出た。だが、レノとイリーナの二人には、それはどうでもいいことだったようだ。 「特等賞? 何だ、それは? と」 「えーっ!? うっそぉ。ホントですか、ツォンさん! いいなあ。羨ましすぎますぅ……」 「おい、イリーナ。特等賞って、何のことなんだ?」 「あー。レノ先輩、知らないなんて。街でお買い物しないんでしょ!?」 「そんなことはないぞ、と。マテリアとか、銃とか、警棒とか、ポーションとか――」 「そういうのは、『お買い物』って言わないんです! もう。服とか、靴とか、食料品とか、そういう日常必要なものを買うことを指す言葉ですよ? ――信じらんない!」 「そうは言うけどな、イリーナ。服は制服があるだろうが、と。他の服を着るヒマなんて、少なくとも俺やツォンさんにはないな、と。仕方ないよな? お仕事が忙しすぎるんだから」 「……勝手にツォンさんを巻き込まないで下さいよね、レノ先輩。レノ先輩とは、違う人種なんですから!」 「そうかぁ? 一緒に仕事してる時、よく神羅弁当食べましたよね。あ、ロッカーに着替えと洗面道具も置いてたりして。同じだと思うぞ、っと」 キッパリと言い切るレノに、イリーナはあくまで拒絶の構えである。 「ちっがーう! 絶対に、違う! あなたみたいな人だったら、私、ツォンさんのこと好きにならないもの!」 どうも話題がズレていっているような気がするのだが――。 しかし、軌道修正する気にはなれないツォンだ。その時、背後から聞き覚えのある声がする。それに対し、女主人が応対した。 「ごめんなさい。ここは神羅社員の会員制のバーで、今日は貸し切りなんですよ」 声の主は、クラウド達の一行だった。 「……何だか、お取り込み中のようだな」 「お前達か。気にするな。いつものことだ」 「大変なんだな」 「わかるか? なら、そっとしておいてくれないか。今日は、仕事は休みなんでな」 「フウン……。仕事しない時があるなんて、珍しいのね。私の監視もしてなくていいなんて。あなた、本当にいまヒマなんだ」 妙に感動した様子でエアリスがそう言うと、ハッと我に返ったイリーナが、本来の疑問を思い出したらしい。 「あっ! じゃあ、やっぱり行くんですね!? 特等賞の五泊六日の旅行。いいなあ、私も連れてって下さいよぉ、ツォンさん!」 「へえ。スゴイじゃない。確かあれ、ゴールドソーサーのフリーパス二日分も付いていたよね。でも、あんたじゃ宝の持ち腐れ、ってトコなんじゃない?」 「おい、ティファ。奴らに構うんじゃない」 「何よ、偉そうに。クラウド、村にいた頃と変わったわね」 「痴話ゲンカなら、よそでやってくれないか。私達はこれから、レノの全快祝いをやるところでな。お前達に付き合う暇はない」 「ケッ! ルーファウスのお守りが、いっぱしの口をききやがる!」 「ちょっと、バレット! 何突っかかってんのよ!? さ、行きましょう」 「うるせえ! 神羅のおかげで、人々がどんなに苦しんでるか。人だけじゃない、この星の生命(いのち)を削り取っちゃあくだらねえことに使いやがって。星が泣いてるのが、わからねえのかよ!?」 「――私は、ルーファウス様に仕える人間だ。あの方は、お前達が考えているような人ではない。もっとも、そのことをいま話す気はないがな。さあ、もういいだろう? 我々だけにしてくれないか」 「わかったわ。それじゃあ、元気でね」 「お前からそんな言葉を聞くとは思わなかったな、エアリス」 「ふふっ。私がミスリルマインであなたに言った言葉よ、それ。これで、おあいこね。……何となく、最近少しわかってきたことがあるの。あなたのこと」 「――?」 「でも、私達は敵ですものね。だから、あなたじゃないけど、いまは教えない」 「フッ。正しい理解だな。――やはり、セフィロスを追うのか?」 「まあな。他に、方法がない。それはあんた達も同じじゃないのか?」 「言ったはずだ……私は、ルーファウス様のご命令で動く人間だと。あの方がお前達の排除を命じない内に、この街を立ち去ることだな」 「そうするさ。――行こう、みんな」 出ていく時、エアリスがツォンの方を一瞬振り返って微笑んだのが気になるイリーナだ。 (もう……。あの古代種の生き残りだっていう人、何でそこでツォンさんに色目使うのよ? 社長だけだって、手強いライヴァルなのに。――でも私、負けないもんね!) 「おい、イリーナ」 「何ですか、レノ先輩?」 「お前、顔がひきつってるぞ、と」 「失礼な! ホント、どうして先輩みたいな人がタークスなんですかねえ。ルード先輩は優しいのに」 「俺はタークスの『エース』なんだがな、と」 イリーナとレノの不毛な会話は、延々と続いた。最近は、この二人のやり取りにも大分慣れたツォンである。 最初は、イリーナが本気で怒っているのかと思ってハラハラしていたのだが、すぐにそうではないことに気づいた。要するにこの二人、ケンカ腰でしか会話が成立しないのである。 「……全く、ルーファウス様の気まぐれにも困ったものだ」 ため息をつく彼に、店の女主人は笑いながらカクテルを差し出す。 「まあまあ。いいお嬢ちゃんじゃないの。明るくて、素直で」 「ああ。めまいがするほどにな」 「社長が直々に選ばれた、って話は私も聞きましたよ。何せ、ここに来るお客さんがみなさんその話をされてましたからねえ。一躍社内の有名人ですよ、彼女」 「別に、嫌いなわけじゃないんだが。ただ、苦手でな」 「そうですか? ちょっと、社長に似てるところあるわよね。気づきません?」 「そうか? ……全然違うと思うが?」 「性格じゃないわ。――ああ、ツォンさんにはわからないのかもしれないわね」 穏やかに笑う女主人。その笑顔は、イリーナを配属すると決めた時にルーファウスが見せたものと同じような気がする……。 「彼女を配属した理由がわかったら、お前もたいしたものなんだがな」 あの時、ルーファウスはそう言ったのだ。 「でも、私はお前がその理由がわからない方に賭けるな。お前のその性格、年季が入ってるからな」 結局、ルーファウスが何を言いたかったのかは、わからない。そして、女主人が言いたいことも――。 「仕事一途もいいですけど、たまには他のことにも目を向けられちゃいかがなの。旅行なんて、なさったことないんじゃありませんか?」 「そうだな。仕事では、世界中飛び回っているような気がするが。確かに、個人的な旅行はしたことがない……いや、一度だけあるか。でも、あの時は結局ルーファウス様が一緒だったしな――」 思い出にふけるツォンの耳に、イリーナの悲鳴めいた驚きの声が飛び込んできた。 「ルーファウス様と旅行!? 何それ!?えーっ!社長、ズルい!抜けがけだぁ。――いつなんですか!?」 凄まじい剣幕に、さすがのツォンが一瞬たじろいだ。 「う……いや、昔の話だ。大体、この忙しいのにそんなことできるわけないだろう? ――ルーファウス様も、私も」 「なあんだあ。あせっちゃいましたよ。だって、相手が社長じゃ――私なんか、勝ち目ありませんよぉ」 クスン、といじけるイリーナに、レノは肩をすくめて言った。 「病気が始まっちまったぞ、と」 一方、ツォンには何のことだかさっぱりわからない。再び回想モードに切り替わった頭。ゴールドソーサーでの悪夢のような日々が、脳内のスクリーンに次々と映し出される。 「そんなにいい所か? 私には、どうも鬼門だがな」 ポツリと呟いた言葉に、イリーナとレノと女主人は顔を見合わせた。 「……ねえツォンさん、一体何があったんです。そんな暗い顔して。あ、いつも暗いですけど、当社比65%って感じですぜ、と」 すると、それは深いため息を漏らし、ツォンはボソッと呟いた。 「――聞きたいか?」 瞳に星を輝かせ、両手を合わせて身を乗り出し、イリーナが叫んだ。 「はい!!」 そして、回想が始まった――。 |