だから僕らは……


1.

「おめでとうございます! ――特等賞が出ましたあ!」
 カランカランと、派手に鐘が鳴らされた。何事だ!? と言いたげな人々が、わいわいと集まってきた。
 何せ今日は街中が開店休業のようなもので、仕事のない人間があふれかえっているのだ。野次馬にはこと欠かない。
「特等賞は、コスタ・デル・ソルとゴールドソーサーへの五泊六日の旅に一組二名様をご招待! ゴールドソーサーの一日フリーパスポートが、二日分もサービスで付いてるよっ! ゴージャスなリゾート気分を味わうには、もってこいの所だよ。ツイてるね、お客さん!」
 久しぶりの休日に、昼間の街を歩くのは何か月ぶりのことだろうか……などと感慨にふけっていたツォンだった。
 そして持ち歩いているノートパソコンの電池の予備がないことに気づき、事務用品を扱う店に入ったのだが、その品揃えの豊富さ、色目も美しく鮮やかなディスプレイに、しばし圧倒されたのだ。
 香り付きインクのボールペンや、ミルキーパールの蛍光ボールペン、可愛い絵柄や形の伝言メモ――。
 その中には、日頃の業務でイリーナが使っているものもあった。
(なるほど……。こういう所で買っているのか。しかし、およそTPOに合ったものとは思えないが)
 思い出しても、めまいがする。
「X市における情報操作――その進捗状況と今後三か月間の展望――」の報告書が、淡いピンク色のレポート用紙にパープルの文字で書かれていたり、「情報屋のMr.△△からお電話がありました。『カタはついた。報酬の件で話し合いたし。例の店で今晩八時に待つ』との事。14:27受 イリーナ」という伝言メモが、机に貼られていたこともあった。
 ちなみに、その伝言メモはモーグリの顔の形をしていて、それがまたニカッと笑っている柄だったりする。まあ様々な色や形、可愛らしい柄の小物であふれている売場を見る限り、そうしたものが流行っているらしいことはわかるのだが。
「……私は、場違いな人間だな」
 苦笑して、立ち去ろうとした時。ふいに、ルーファウスがバースデイカードを欲しがっていたことを思い出した。
「古い知り合いに贈る、とおっしゃっていたが。どんなものならお気に召すのだろう?」
 つい、足を向けたのが運の尽きだった。
「ルーファウス様、社長就任おめでとうございます! 記念セール」の真っ最中のジュノンは、街をあげての大売り出しで大層にぎわっていた。アル・ジュノン、エル・ジュノン共通の抽選券が、三百ギルの買い物をするごとに一枚貰え、福引きができるようになっていたのだ。山ほどあるカードの前で途方に暮れるツォンを見て、店員が寄ってくる。
「いまはこれが一番人気ですわ」
 そう言って指したのは、マスタートンベリが包丁を突き出している絵柄だった。
「……他にはどんなものが人気があるんです?」
 出会ったら最後、死ぬことも覚悟しなくてはならない地上最凶のモンスターを見て可愛い、という人間の気が知れない――。
 ツォンは首をひねりつつ、若い女性店員に尋ねた。彼女はにこやかに即答した。
「そうですねえ。これなんかも、よく出ていますよ。特に女性に人気がありますね」
 そう言って取り出したのは、チョコボが様々にあしらわれたカードだった。レースをしているチョコボ、ダンスをしているチョコボ、百面相と、チョコボのオンパレードだった。色使いもイリーナあたりが喜びそうなパステルカラーで、とにかく「かわいい」の一言に尽きる。
(まさか、これをあの方に使わせるわけにもいかないだろうな)
 思わず、ルーファウスが最近好んで口にするモットーが脳裏に浮かび、頭痛がした。彼は「世界を恐怖で支配する」という言葉がいたく気に入ったらしく、事ある毎にそれを言うのだ。もっとも、長年そば近くで仕えているツォンやリーブは、まともに取り合っていなかったが……。
「では、こちらをもらおう」
 結局、彼が手にしたのはマスタートンベリの方だった。
 それだけを買うつもりだったのが、同じ柄のマグカップが目に入った。イリーナが好きそうな感じだ。
 少数精鋭を誇るタークスといえども、現在のメンバーはデスクワークが苦手なのが難点だった。実戦では非常に有能な部下達なのだが、こと書類整理となると……。結局、連日深夜まで、報告書を作成するために残業するツォンだった。そんな絶望的な状況が、イリーナのおかげで最近はデスクワークに時間を取られずにすむようになり、大幅に改善された。
 正直、ルーファウスが彼女を配属すると決めた時は、どうなるのかと不安だった。だが、どうやら今回はルーファウスの気まぐれが役に立ったようだ。いまでは、なくてはならないメンバーの一員となったイリーナである。慣れない仕事にとまどいながらも、自分達の足を引っ張ることだけはしないよう、一生懸命に毎日がんばっている彼女をねぎらってやりたい。ツォンは、ここでよせばいいのに、ついマグカップも買ってしまったのだ。
「両方で、百五十ギルになります。――お釣りと、こちらは抽選補助券になります。抽選会場はここを出て右に向かって歩かれますと二つ目のビルの一階にございます。是非お立ち寄り下さいませ」
 店員の言葉に乾電池を買った時にも同じ物をもらったことを思いだし、ポケットからごそごそと取り出してみる。
「ああ、三枚お持ちでしたら、いまの三枚を合わせて一回抽選ができますから。是非どうぞ」
 そして、話は冒頭に戻る。
「コスタ・デル・ソル……それに、ゴールドソーサー? 旅行?」
 事態が飲み込めていないツォンは、係員の言葉を繰り返している。
「お客さん、あんた、大分疲れてるみたいだねえ。いやあ、こっちもあんたみたいな人に当たって、本望だね!」
 疲れている? 疲れているに決まっている。突然のプレジデントの死、それに続くルーファウスの社長就任、おまけにイリーナが部下に配属されるというハプニングまであったのだ。
 はっきり言って、「この給料(カネ)で二十四時間働けますか」な心境のツォンである。
「私は、別に。当たったのは嬉しいが、あいにく旅行に行く暇はない。誰か他の人間に譲ってもいいのか?」
「おやおや。そりゃあツイてないねえ。でもなあ、これは譲渡できないことになっているんだ。悪いが、あんたが行くか、無駄になるか。二つに一つだな」
 この言葉に、周囲から盛大なブーイングが起こる。
 そういうヤツに当たるなよなあ、何で俺達みたいな一般人に当たらないかなあ。
 もったいない! 私、一度でいいからゴールドソーサーに行ってみたかったの。あそこって、お金ないと楽しめないんだもん。それに、このご招待ってゴーストホテルに一泊できるのよねえ。ちょっと期待してたのに。――残念!
 ねえねえ、あの人一緒に行く人いないのかしら? もしそうなら、私、立候補しちゃうんだけど! ――あ、それ、いい考え!
「まあ、とにかく休暇が取れるかどうか上司に頼んでみるんだね。ほら、今日はルーファウス様の就任パレードで会社はどこも休みなんだろ? 明日、機嫌の良さそうな時をみはからってさ。な?」
(……そのルーファウス様が、上司なんだが)
 どんよりとため息をつくツォンだった。よりによってルーファウスは、彼が毛嫌いしているハイデッカー(ツォンにとっては直属の上司だ)を伴って、船で明日、コスタ・デル・ソルへ向かうことになっていた。
 で、お天気屋のルーファウスは、当然のことながらすこぶる機嫌が悪かったのだ。
「イライラする!」
 開口一番、昨夜も怒鳴られたツォンだ。
「――あのガハハ笑い! 何とかならないか、ツォン!?」
 そう言われても、彼の方こそ何とかして欲しいと思い続けて早十七年。悪いが、ルーファウスなどよりよほどその思いは強い。
「大体ハイデッカーのヤツ、肝腎な仕事は全てお前に任せきりじゃないか。よくそれで治安維持部門統括が務まるものだな! オヤジは一体何考えてたんだ? あいつといい、キャハハのスカーレットといい、うひょひょなパルマーといい! まともなのはリーブだけじゃないか!」
 ――そこまでおわかりなら、話が早いというものです。どうか迅速に社内改革をして下さるよう、改めてお願い致します。
 心の中で、涙の滝が流れる。そんな思いを知ってか知らずか、ルーファウスは気ままに文句を並べ立てている。
「そもそもだ、お前の仕事はソルジャー候補の人材発見とスカウトのはずだぞ? それがどうして役員会の資料作り、役員達の視察のお供、彼らの乗るヘリの手配、科学部門の宝条が使うサンプルの調達までしなきゃならない!? ――絶対おかしい! 私は、タークスのヘッドとしてそんなことは断固許さんぞ、今後は!」
 要するに、彼が言いたいのは「他人の世話をするヒマがあるなら、まず自分のことをもっとかまってくれ」ということらしい。
(……寂しがり屋だからな、この方は)
 そんな所もかわいいと思えるくらい、ツォンはルーファウスとは長い付き合いだが、それでもこうして時々駄々をこねられるのには参っていた。だが。
「まあ、コスタ・デル・ソルへ行く位の間は、お前達の手をわずらわせるまでもないさ。お前、ここの所寝る間もなかったろう? 少し休め。そうだ。レノも無事退院したことだ。イリーナとルードも連れて、気晴らししてこい。これは、特別休暇だ。命令だぞ。いいな?」
 無造作に神羅プリペイドカードまでよこす所を見ると、本気らしい。
(これだから、この方には困る……)
 ツォンは、どんなにワガママでやんちゃでも、いままでルーファウスのことをどうしても嫌いにはなれなかった理由が、こんな時わかるような気がした。
 味方と敵との区別が、彼は峻厳すぎるのだ。心を許している相手には本当にベタ甘なのだが、敵だと認識したが最後、骨まで残さず焼き尽くしかねないような酷薄さを持っている。
(実は、そういう所は父上によく似ておいでなんだが……。言ったら、怒るだろうな)
 母親譲りの美しい青い瞳を煌めかせながら、彼は言う。
「私がセフィロスを追っていることは、クラウド達も知っている。私が動けば、必ず奴らの方にも何らかの動きがある。それを誘うために、わざわざタークスを奴らの見張りからはずしたんだ。ツォン、これからが本番だぞ。だから、休め」
「わかりました。それではルーファウス様、くれぐれもハイデッカー部長とやり合わないようにお願いします。――私のことを、思いやって下さる心がお有りなのでしたら」
「ああ。奴がお前に八つ当たりしないように、私も気をつけることにする。――我慢する」
 非常に不本意なのが明らかな、ふくれっ面のルーファウス。
「何かありましたら、すぐにご連絡下さい。四人で待機していますから」
「ありがとう。でも、お前なしでも大丈夫だとハイデッカーにわからせる、いいチャンスだ。がんばってみるよ」
 という、異様に前向きな発言があったのが昨夜のこと。果たして、ルーファウスの辛抱はいつまで続くのか?
 それによって、今回の休暇の日数が決まるツォンなのだった――。