15. 数時間後。真夜中になってルーファウスは目を覚ました。枕元にはいつの間に用意されたのか、着替えとメモ。 (ディオに、お礼を言わなきゃな。手間かけさせてしまった) もぞもぞと動く音に、ツォンが顔を出す。 「ご気分はいかがですか?」 「ああ……もう大丈夫。それにしても、向こうだってケガしたんだぞ。しかも、私と違って徒歩でジュノンまで来るような無茶をして。あいつ……何て言ったっけ、あの元ソルジャーだっていう」 「クラウドです」 「クラウドの奴、化け物じゃないのか!? 何だって、あんなに活躍できるんだ? 船内に現れた化け物な……情けないことに、倒したのは私の兵士達じゃない。アバランチのヤツらなんだ。……状況から考えるとな」 「ソルジャーは、特別です。お忘れですか?」 「なあ、ツォン。それなんだが。お前、ソルジャーについて何を知っている?」 「あの蒼い瞳は、魔晄を浴びたしるし。ということは、魔晄エネルギーを人為的に照射して作り出される兵士だと理解していますが。詳しくは、わからないんです。――科学部門は、他の四部門と違って独立性が高く、閉鎖的なところがありますから」 「ガスト博士がいてくれれば良かったのに。お母様とは、親しかったようだからな」 「そうですね。実は人事ファイルを検索したんですが……これを、どう思われますか?」 差し出されたのは、宝条の履歴だった。さっと目を通したルーファウスの眉が、ひそめられる。 「これはどういうことだ!?」 「そういうことです。生年も出身地も家族関係も、一切不明。ちなみに、神羅製作所に入る前の経歴も不明でして。プレジデントは、何かご存じだったかもしれませんが……」 「こんな、身元も何を考えてるかもわからない怪しい男に、オヤジは一部門を丸々任せていたのか。ジェノバ・プロジェクトとは、結局のところ何だったんだ?」 「やはりそう思われますか。私も、妙に神経にひっかかるんです。それでこの際、徹底的に調べようと思うのですが」 「――何か問題でも?」 「科学部門は我々とは指揮系統の違う、独自の情報組織を持っています。申し訳ありませんが、ルーファウス様は彼らに命令して、思い通りに動かすことがおできになれますか?」 「いま初めて聞いたくらいだ。当然、無理だろうな」 「そこで、お願いしたいことがあるのですが」 「何だ?」 「恐らく社長室の端末に、ジェノバ・プロジェクトに関するデータが保存されているか、あるいは科学部門の方にアクセスできるコードが存在するのではと思われます。その確認を、お願いしたいのですが」 「わかった。さっそくやってみるよ。ただ……ニブルヘイムとアイシクルロッジへ行ったあとになるが、それでもいいか?」 「お一人で、ですか?」 またセフィロスと出くわしでもしたら、どうなさるおつもりなんです。非難の色をにじませて、ツォンはルーファウスを見つめる。 だが、それには全く動じていないようだ。笑ってこう答える。 「いくら何でも、徒歩で移動している者が私の移動速度にかなうわけがないだろう。心配しなくてもすぐに戻る。いつまでも本社を留守にするわけには、いかないからな」 「私の仕事ではないかと思いますがね……神羅屋敷の探索と、ガスト博士の住んでいた家に、何か手がかりになる物はないか。そうでしょう?」 「情けないことだが、私はあのプロジェクトに関しては何も知らない。オヤジは、何も話してくれなかった。ハイデッカーの奴……あいつは、いまだに隠そうとしているようだしな。実は、コスタ・デル・ソルの別荘を売りに出すんで、屋敷の中を大掃除させたんだ。その時、こんなものが見つかってな」 差し出されたのは、古びた一冊の本。中を見ると、遠い昔によく目にしていた流麗な文字が綴られている。 「キーヤ様の字……。日記帳ですか!?」 「まだ結婚する前、お母様はとても幸せだったんだな。これを読んで、よくわかったよ」 「亡くなられるまでの分が、ずっと……?」 「私より、本当はこれを持つのにふさわしい人間がいるんだけどな」 とっさに、ツォンは都市開発部長の顔を思い浮かべた。キーヤを幼い頃から知る、数少ない人物。 「でも、もう少し手元に置いておきたい。――お母様は、セトラのこといろいろご存じだったみたいなんだ。アースディース家は、もともとアイシクル地方の出身だろう? 私も聞かされたけど、古い言い伝えの中にはセトラや空から来た厄災についての物も、かなりあるんだ。その上、お母様は身体が弱くて動けなかった代わりに、沢山の手紙をやり取りしていらした。その中には、コスモキャニオンのブーゲンハーゲン長老のものまであったのさ。――長老は、こう言ってる。もしかしたら遠い昔に、アースディース家の中にはセトラの血が入っているのかもしれない、ってね」 「約束の地を追い求めたプレジデントの夫人が、古代種の血を引いていたかもしれないというのですか? ……皮肉な話ですね。プレジデントは、ご存じだったんでしょうか」 「さあな」 肩をすくめ、冷笑を浮かべる。 「もしそれが本当なら、私にも流れていることになるんだぞ。そんな気、しないだろう?」 バカバカしい、と言いたげだ。 「ルーファウス様は、何故約束の地を追い求めるのですか?」 「本当のことを言うと、私自身は信じていない」 ツォンは、目を見開いている。信じていないとキッパリと言い切られたのが、ひどく意外だったらしい。 「でも、そうだな……。もし、あったとして……他のヤツに渡せると思うか? 私は、もうミッドガルのような都市を造る気はないぞ。それに、セフィロス――。人間だかどうかもわからない化け物に、私の支配する世界を引っかき回されるのは気に入らないな」 重苦しい話が続いて、気分を変えたくなったのか。ルーファウスは、窓を開けてベランダに出た。月の光を浴びて金髪が輝く。 白い、しなやかな手が前髪をかき上げる動作がひどく華麗なものに思えて、ツォンは言葉もなく見つめていた。ふいに、言葉。 「私は信じてないけど……お前は信じているんだろう? お前の望むようなものだといいな、約束の地」 瞬間、広がる微笑みは暖かいものだった。 仕度をするから、少し待っていてくれないか。すぐにそう言って、バスルームへ消えたルーファウス。 ツォンはベランダに出て、月を眺めた。白く冴え冴えと輝く月。その周りを取り巻く星々。ミッドガルではお目にかかれない、美しい夜空。 その言葉は、いまやツォンに三人の人間を思い出させるものとなったわけだ。 古代種の唯一人の生き残りであるエアリス。古代種だと自称するセフィロス。そして、その身に血が混じっているかもしれないルーファウス。 エアリスには、無条件で魅かれるものがある。太陽のような光と熱を周囲に与える娘。彼女に魅かれるのは生物の持つ本能のようなもので、決して恋愛感情などではなかった。 逆にあまり近づきたいとも思わず、関わり合いたくないと感じたのがセフィロスだ。エアリスが太陽なら、彼は星といえた。生きるものを凍てつかせ死滅させる、そのくせ自らは何物よりも美しく輝く凶星――。そんなイメージを感じさせる、美貌のソルジャー。 (そこへいくと、ルーファウス様は月だな。それも、水面に揺れる月のようだ……) 日々気まぐれに姿を変え、その明るい光で夜道を照らし出す優雅な月。常に仰ぎ見ることしかかなわず、水面に映った月は手に入れられそうで、すくった瞬間、指の間からこぼれて逃げ去ってしまい、決して手に入れられない――。そんな、心惑わせる存在。 (案外、プレジデントもキーヤ様のこと、同じように感じていたのかもしれないな) 夫人に対するプレジデントの一方的な執心を思い出して、苦笑するツォンだった。 真夜中のゴールドソーサーは、シンと静まり返っている。昼間の喧噪が嘘のようだ。機械の点検と称して、園内は煌々とライトアップされた。言うまでもない。ルーファウスただ一人のためにだ。人一人いない園内をなつかしそうに見回しながら、彼はゆっくりと歩く。 「またここに来るのに、こんな長い時間が必要だとは思わなかったよ。パスポート、ずっと使えなくて――悔しかったっけ」 ここを気に入ったルーファウスは無期限使用可能の入園パスポートを買ったのだが、直後にウータイ戦役が始まり、終戦後は副社長の地位に就いたため、再び訪れる機会を失ってしまったのだった。 まして、いまや神羅カンパニーのプレジデントだ。以前にも増して不自由な身の上となったことを嘆く、ルーファウスだった。 「ここで初めて飲んだり食べたりしたものも多かったな。それに、普通の子供は学校に行くってことを知ったのもここだったし。毎日驚くことばかりで……退屈しなかったな」 「私は、あなたに何かあったらと思うと、気が気でなかったんですがね」 苦笑するツォンに、ルーファウスは声を立てて笑う。 「お前には、何だかずっと心配され続けてる気がするぞ。よくストレスで病気にならないもんだ」 「ひどいおっしゃりようですね。テロリストとやり合ってケガするような目に遭うあなたを、心配しないでいられるわけがないでしょう」 「その事なら、もう謝ったはずだぞ?――ああ、着いたな。他のはともかく、これだけは乗りたかったんだ」 ルーファウスは、微笑んでツォンを手招きする。大観覧車のゴンドラに乗り込んで、子供のようにはしゃいでいる。 (全く……。唯一人のために、こんな。ワガママというか、贅沢というか。それが嫌味に感じられないのが、この方のすごい所だな) 「いま、行きます」 首を振って、あとを追うツォンである。 あと数日で、新しい年を迎える。このところTVや新聞の話題は、「今年の十大ニュース」である。 もちろん、プレジデント神羅の殺害は第一位にランクされていた。第二位に、当然のことながら7番街プレート落下の大惨事がランクインし、第三位が壱番・五番魔晄炉の連続爆破と続く。 ちなみに、ルーファウスの社長就任は第四位である。ルーファウス自身はずい分おかしな順位じゃないか、と文句を言っていた。 「オヤジが死んだからって、あとに私がいる以上、神羅全盛の世の中であることには何の変わりもないじゃないか。それより、オヤジの気違いじみたプランのために、一体何人死んだと思ってる!? 聞いたぞ。五番魔晄炉の爆破。アバランチを誘い出すためにわざと止めなかった、ってな。リーブのヤツ、爆破テロで殉職した部下の家を一軒一軒回って頭下げていたっけ。五番魔晄炉の件はあいつのせいじゃないし、7番街のプレート落としには役員会で唯一人、反対したんだろう? かわいそうに……。最近、気落ちしてるよな。無理ないけど」 ゴンドラの中は、密室だ。7番街のプレート落下が実は神羅によるものだということは、社内でもわずかの人間しか知らないトップシークレットである。もしこれが外部へ漏れれば、たちまち暴動が起きることだろう。 「ルーファウス様、その話は、もう――」 辛そうな表情で、ツォンは呟いた。彼とて、あの任務は気の進まないものだったのだ。 だが、プレジデントに逆らうことは許されない。苦しい心を無理矢理抑えつけて、レノに緊急用プレート解放システムのボタンを押すことを命じたのだ。それなのに……。 ようやく手に入れたエアリスは、見たこともない連中に向かって叫んだのだ。 「ティファ、大丈夫だから! あの子、大丈夫だから!」 何年も彼女を追ってきて、彼女のことなら何でもわかっているつもりでいたのに。自分が得られなかった信頼を、得ている者がいたとは。 「だから早く逃げて! お願い、クラウド!」 瞬間、絶対にしてはならないことをしてしまった。エアリスに手を上げるなんて。いくら嫌な任務で気が滅入っていたとはいえ、かよわい少女を平手打ちするなど。 男として、最低の行為だろう。 (私は、クラウドに嫉妬したんだ) いまならわかる。しかし、わかったところでどうしようもないのも事実だった。その後、ミスリルマインで再会した時に毛嫌いされているわけではなさそうなのにホッとした。ジュノンでは、微笑みかけてくれさえした。――敵のはずの自分に。そんな彼女の態度に、ツォンが嬉しくないはずがない。しかし、同時に自らの態度をひるがえって見ると、落ち込まずにはいられない。 ルーファウスを心配させたくなかったので、そんなことがあったとは話していないし、努めて平常通りの様子を装ってきた。7番街のプレート落下のことを口にされると、ツォンは自分がいかに卑小な人間であるかを思い出し、心が痛まずにはいられなかったのだ。 「古代種の娘、エアリス……だったか? ……お前、何かあったな」 吸い込まれそうな青い瞳が、じっとツォンを見つめている。この瞳の前では、隠し事はできない。だが、話始めたら、とりとめのない思いをルーファウスに聞かせてしまいそうだ。 そんな心の揺らめきを感じたのか、ルーファウスは窓の外へと視線を転じた。 「いいんだ、別に。話したくないんだろう? 私だって、聞きたいわけじゃない。ただな……お前が何か悩んでいて、辛そうで、私に気づかせまいとして無理してるらしいから……元気づけてやりたかっただけなんだ。本当なら、仕事を離れて気分転換するのが一番いいんだろうけどな。あいにく、こんな状態だ。私のそばから離れて欲しくない――というのが、正直なところだな」 窓に顔を向けたままのルーファウスを、ツォンは驚愕の思いで見た。 「――何もかも、ご存じだったんですね。大ケガをなさったばかりで、まだ体調が本調子ではないあなたにご心配をおかけしてはと……自分では、気をつけていたつもりなのに」 「お前、私と一体何年付き合ってるつもりだ? そんなことぐらい、見抜けないとでも思っていたのか。私もずい分見くびられたものだな」 ほんの少し、声音には怒りの響きが交じっている。どうやら本気で心配していたらしい。 「申し訳ありませんでした。すぐに、お話すればよかったですね。そして、ありがとうございました。ずっと見守って下さって」 「当たり前だろう?だってお前は私の家族で、親友で、ついでに部下なんだぞ。それに何より大切な同志じゃないか。――あの時、誓ったよな? この世界を変えて見せる。魔晄の光じゃない、そんな凶々しいものじゃない光でこの世界を照らして見せる、って。私は、一時たりとも忘れたことはないぞ」 言い終わると、ルーファウスは再びツォンを見つめた。いつも冴え冴えとした光を宿す瞳に、珍しく炎が燃えている。 この方は、変わっていない――。いままでに、ルーファウスは何度も絶望の思いを味わってきたというのに。 その度に血の涙を流していたのを、ツォンは知っている。世間の人々が、その結果ルーファウスをどう見ているのかも。「血も涙もない」「権力志向は父親以上」。自らの手を決して汚そうとはしなかったプレジデントが、副社長のルーファウスに押し付けた仕事の数々……。 爆発した魔晄炉の原因調査と住民への補償、労働争議を引き起こした従業員との交渉、整理・統合する事業部門の人員の配置転換。命じられた言葉の裏など考えず素直に受け止め、熱心に仕事をこなすルーファウスに、プレジデントはそれをせせら笑うかのような仕打ちで応じた。 「違う……こんなこと、私は望んでいない」 そんな呟きを、何度聞いたことだろう。そして、いつからだろう。ルーファウスが、感情を表に出さなくなったのは。「世界を恐怖で支配する」と彼が言い始めたのは、同じ頃だったような気がする……。 「たかだか数人の組織を潰すのに、プレート落としを命じたプレジデントは……常軌を逸しているとしか思えません。ですが、その命令に私は従ったんです。そんな私を、あなたはまだ――同志と呼んで下さるのですか?」 「もちろん。廃墟でたたずむ私に、お前は言ってくれたろう?『あなたのせいじゃない』って。私も、同じことをお前に言うよ。――お前のせいじゃない。何もかも一人で抱え込もうとするな。そんなことをしたら、いつか心が壊れてしまう。お母様のようにな……。お母様は、誰とも夢を共有できなかった。たった一人で世界に立ち向かわなければならなかった。それがどんなに辛いものだったかは、私よりお前の方がよくわかるんじゃないのか?」 幼い頃から、この方は洞察力の鋭い人間だった。しかし、キーヤ様のことをこう言い切れる者は、世界中探しても他にいないだろう。 あの女性(ひと)の不幸は、相愛の仲の人間とさえ同じ世界を見ることができなかったことだ、などと。 ずっと以前に、ルーファウスはツォンにこう言ったことがある。 「花を育てるのって、何だか人を好きになるのに似ているな」 唐突に言われて目を白黒させるツォンに、彼は真顔でこう続けた。 「どんなに美しい花を咲かせる種でも、落ちた地面に栄養や水がなかったら育たないよな? でも、初めはどんな花が咲くのかわからなくて、あまり期待してなかったとする。それでも世話してる内にすくすくと育ってつぼみをつけたら、ワクワクして眺めるじゃないか。少し色づいた、昨日よりふくらんでる、この分だと明後日には咲くかもしれない――そんな風に。そうやって、待ちに待った花が咲いた時。とても嬉しいし、花が散ったあとも大切にするよな? そういう心の動き、傾き方が似てるような気がする。一度好きになると、その度合いが加速度的に増していくところとか」 最後に、彼はしんみりとつけ加えたのだ。 「愛って……育てるものだと思うぞ」 全く愛の通い合わなかった両親を、幼いルーファウスはどんな思いで眺めていたのか。聞いた方の心が痛むくらいに、彼はその時、淋しい瞳をしていたものだ。 いまの言葉と考え合わせると、ルーファウスは母の不幸をどうもこう結論づけたようなのだ。愛のない結婚をしたことが彼女の不幸ではなく、愛を育むことができなかったことが不幸だったのだと。そして、価値観を共有できる人間を持てなかったことが、その不幸を決定的にしたのだと――。 ツォンは、サファイアを思わせる青い瞳に改めて魅入られながら答えた。 「それに比べて、私は幸せですね」 「私は、じゃない。私達は、だろう?」 まぶしいほどの、満面の笑顔。 「一人で悩み、苦しむ必要なんてない。少しは私にも分けろよ?」 この世界で、他に誰がそんなことを言ってくれるだろう。 (だから私は、この方を守りたいのだ) 言葉にならない思いが、胸にあふれる。 「明けない闇はないのだと、信じてもいいんですね?」 「だから僕らは、ずっと一緒に走り続けてるんだろう。当たり前のことを言うな」 ――窓から見た園内の光が、滲んで揺れた。 数時間後。ルーファウスは、朝日が昇ると同時にニブルヘイムへと出発して行った。 「何とも慌ただしいことだな。新年にはミッドガルへ戻るんだろう?」 「ええ。あの方が大嫌いなパーティーがありますのでね」 「やれやれ。社長をやるのも大変だな」 首を振るディオに、ツォンは笑いながら答える。 「仕方ありませんよ。あの方は、昔もいまも『神羅のこの上なく美しいお飾り』ですから」 「その割には、人の心を掴むのが上手いものだな。この私に、迷惑料代わりにこう約束したぞ?『ゴールドソーサーについては、今回の15%料金値上げの措置を適用しないことにした』そうだ。私にとってはありがたい申し出だが、一つ頼まれ事もあってな。まあ、警備に神羅の兵を回してもらえるのはいいんだが……。何を考えてるんだ? お前さん達」 「企業秘密です」 「そうくると思ったよ。まあ、過労死するんじゃないぞ。お前さんとは、またゆっくり話をしたいからな?」 「ええ。本当に、突然のことで。ご迷惑をおかけしました」 ゲルニカに乗り込もうとしたツォンに、ディオは叫んだ。 「――おお、忘れるところだった。 あの坊っちゃんから、これをお前さんに渡して欲しいと頼まれていたんだった」 封筒を開けて見れば、それは一枚のカードだった。表紙には、マスタートンベリの絵。ジュノンで買い求め、昨夜ルーファウスに渡したばかりのものだ。 「ほう? 何だお前さん、昨日は誕生日だったのか。それであの坊っちゃん、こんなこと思いついたのか。ずい分部下思いなことだ」 感心するディオに、ツォンは微笑みながら呟いた。 「そうですね。……本人も忘れていたくらいなのに。覚えていて下さったんですね」 それを聞いて、呆れるディオだ。 「テロリストがいろいろ騒がしかったのはわかるが、自分のことも少しは大事にした方がいいぞ。お前さんに何かあったら、あの坊っちゃん、生きてる甲斐がなくなるぞ」 「ええ。気をつけます。ありがとうございました」 ディオに別れを告げ、ジュノンへと向かうゲルニカの機中で、ツォンはカードを見つめて固く心に誓う。 「あなたのことは、一生お守りします。あなたの進む道を邪魔する者は、私が排除する。――それが何者であっても」 この時、世界は神羅TVが放送するルーファウス新社長歓迎式典の映像に釘付けとなっていた。誰よりも美しく、傲慢なまでの自信に満ち、光り輝くカリスマで見る者を魅了してやまない若き指導者。人々は、「世界を恐怖で支配する」という彼の独裁者めいた言葉さえうっとりと聞いている。 テロが横行した結果、現在の生活に不安を感じた人々は強力な統治者の登場を望んだのだった。神羅独裁の世界を変えたいと願うアバランチには、何とも皮肉な話だ。 「たとえあなたが信じていないとしても、あなたの願いのために役立つかもしれないのなら……私は、約束の地を必ず手に入れて見せる。セフィロスやクラウドには、邪魔はさせない」 自分に見せるような優しさを、民衆には決して見せないルーファウス。これからも、きっと数々の誤解や非難が彼を待ち受けているのだろう。 だが、必ず守ってみせる。――冷酷な合理主義者の仮面に包まれた、彼本来の傷つきやすい心を。 ツォンはいつしか、幸福な眠りを貪っていた。 |
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