14.

 結局、ルーファウスとは半日遅れでゴールドソーサーで再会した。ヘリから白いスーツの裾がひるがえるのを見た瞬間、ツォンは安堵のあまり脱力する思いだった。
「ルーファウス様! ご無事でしたか」
 月並みな言葉しか言えないのが、ひどくもどかしい。この数時間、どれほど心配したことか。最悪の事態まで想像するツォンに、ディオは苦笑して言ったものだ。
「あの坊っちゃん、いや、いまは社長だったな。あんたが仕込んだんだろう? なら、大丈夫。よほどの事態にならない限り、ちゃんと一人で切り抜けるさ」
 これを聞いて、逆に不安の募ったツォンである。
(その「よほどの事態」なんだがな)
 本社ビルでのプレジデント殺害は、対外的にはアバランチの仕業とされている。まさか神羅が誇る英雄セフィロスにプレジデントが殺された、と発表するわけにもいかず、頭を痛めた役員達が不承不承そうすることにしたのである。
 第一、セフィロスは五年前に亡くなったとされているのだ。
 アバランチも、ずい分出世したものだ。魔晄炉の連続爆破、7番プレート落とし、そして今度はプレジデント暗殺か。
 ハイデッカーは憎々しげにそう言った。スカーレットは、そんな彼を見て笑ったものだ。
 アンタのおかげで、ヤツらも有名人になったじゃないの。そのうち感謝状が届くかもよ。開けたら爆発するタイプの、ね。――キャハハハハッ!

「遅くなってすまなかったな。ちょっと、アクシデントがあってな」
「セフィロスが現れたのでは?」
「それもある。でも、まだ客がいたみたいだぞ」
 クスクスと笑って、警備体制はザルだな。どうせ賄賂が横行してるんだろうが、と言う。
「――もしかして、アバランチの連中も一緒だったんですか!?」
「まあな。お前に言うとうるさくなるんで黙っていたけど、実は船に乗る前、見送りの式典で整列した兵士の中に、本社ビルの屋上でバトルになったヤツがいてな。面白かったぞ。スペシャルポーズをキメて目立っていたから、褒美にボーナスもやったんだ。――マテリアもらって、驚いていたっけ」
「ボーナス、って……。敵にあげてどうするんです!?」
「どうも敵って気がしないんだよなあ。友達にはなれそうにないんだけど」
「あなたの悪い癖ですね。無能な味方よりも、有能な敵の方に親近感を覚えるのは。相手は、そうじゃないかもしれないんですよ?」
 ルーファウスの身を案じて何も手につかない数時間を過ごしたあと、当の本人から「敵と一緒で楽しかった」とでも言いたげな顔をされると――。
 つい、意地悪な物言いをしてしまうツォンである。もちろん、そんなことは百も承知のルーファウスだ。
「長旅で、さすがに疲れたんだ。ディオにもあいさつしたいし。移動しないか?」
 随行してきた兵士達に出発は明日の朝になることを伝え、交代で休むように指示を下すと、ルーファウスはツォンの腕をとった。
「セフィロスもアバランチも、まさかここまでは追いかけてこないさ。行こう。ずっと思ってたんだ。またお前と一緒に来たい、って」
 魅了されずにはいられない、キーヤ譲りの天から降る花のような微笑みを浮かべて、ルーファウスはツォンを見つめる。
「本当に……心配したんですよ。もしあなたが、プレジデントのようなことになっていたら……と。セフィロスは、変わりました。彼はもう、昔の彼じゃない――」
 言葉が続かず、ツォンは思わずルーファウスを抱きしめた。まるで、生きていることを確かめるかのように。
 腕の中の存在は、ほっそりと華奢な身体つきで、突然のことに驚いたのか、一瞬身を固くした。そして、しなやかな身体をもたせかけて呟く。
「ごめん」
 こんな素直な言葉を聞くのは、めったにないことだった。ツォンは拍子抜けしたようだ。苦笑して、力をゆるめる。
「もう、いいです。あなたが無事なら、それで――。ただ、こんな思いをするのは……二度とごめんですがね」
 その言葉、本社ビルの屋上でバトルしてケガした時にも聞いたぞ。やっぱりお前、心配性なんだよ。
 たったいましおらしい様子でいたと思えば、もう元のルーファウスに戻っている。しかし、それが妙に嬉しいツォンだった。
「一体何年ぶりだ? あの坊っちゃんが、こんな立派になって。本社でテロリストに襲われるとは、災難だったな。やっぱり神羅カンパニーのプレジデントともなると、敵も多いようだなあ」
 再会をなつかしむディオに、ルーファウスはご機嫌で答える。
「テロリストにオヤジを始末されたのは予定外だったけど、とにかくプレジデントになったことは間違いない。まだ社内のことさえ、全部把握したわけじゃないし。これから、山のようにやる事があるんだ。その前にちょっと息抜きしても、罰は当たらないと思って」
 この言葉に、嫌な予感はやはり当たっていたと頭を抱えるツォン。ディオはそんな二人を見て大笑いする。
「何だ、二人とも。昔と変わらないじゃないか。いい年して。まあ、私は嬉しいがね。坊っちゃんが冷血漢に育たなくて」
 すると、ルーファウスは大げさに驚いたふりをして言う。
「おや、そうなのか? 私は世間では『血も涙もない、冷酷な人間』だと思われているそうだが」
「そんな人間が、子供みたいなイタズラ心を持っているとは思えないぞ。昨日は、突然連絡してきて……。本当に、びっくりしたぞ?」
「昨日?」
 声を上げるツォンに、ルーファウスは笑っている。
「だってお前、特等賞を当てていたろう? だから、私が招待してやろうと思ったんだ。一週間も休みはやれないけど、一晩くらいなら。そう思って」
「やっぱり、ご存じだったんですね。意地の悪い。それなら、行き先を教えて下されば良かったのに」
「それじゃ、面白くないだろう?」
 クスクスと笑いながら、ツォンの艶やかな黒髪に触れる。
「――あれから、ずっと髪を伸ばしてるんだな。オヤジが死んだ時、何故髪を切らなかったんだ? もう誰も、お前に命令できる者はいないのに」
「そうですね。でも、嫌だったんです。髪を切ったら、あなたとの思い出まで一緒に消えてしまいそうで。ここに至るまで、本当に長い時を過ごしてきました。それは、必ずしも望んだものでもなく、自ら選んだ人生ではありませんでしたが……。でも、いつもあなたがそばにいた。闇夜よりなお深い、心の闇に差し込む光。――ご存じですか? 人は、希望なしでは生きていけない生き物です。たとえ世界中の人間があなたに敵対しようと、私は……この身に代えても、あなたをお守りします。あなたは、私のたった一つの希望だから。何もかも失った私に最後に残された、かけがえのないものだから」
「ツォン、お前、職業選択――確かに間違えてるぞ。そういう言葉を言っていいのは、詩人ぐらいのもんだろう!? 少なくとも、タークスの主任がボスに対して言う言葉じゃないぞ!」
「ふふっ。そうですね。いまのは……仕事抜きで、と思って下さい」
「とんだ護衛もいたものだな。じゃあ、仕事なら?」
「おや。お説教されたいですか? テロリストグループの乗船を知りながら、ご報告して下さらなかったことを」
「じょっ、冗談じゃない!」
 あわてて首をふるルーファウスに、ディオは心温まる思いだった。
 神羅のプレジデントという立場は、決して人が羨むような甘いものではないだろう。時には、非情な決断を迫られることもあるかもしれない。しかし、人に容易に素顔をのぞかせないように人形の仮面を付けてはいても、心まで無感情になってしまったわけではないのだ、この青年は……。
 ツォンならずとも、自分だって守ってやりたい。理不尽に、彼を傷つけるものから。そう考えるディオである。
「少し、休んでもいいか?」
 ルーファウスは、あくびをしている。ひどく眠そうだ。
「大ケガした、って割には元気で動き回ってると思ってたが……。無理してたな? 病み上がりのくせに」
「だって……私が命令しないと……動かない組織なんだ。仕方ないじゃないか……」
 いまにも眠ってしまいそうな様子に、ディオは呆れ果てている。
「おいおい。ちゃんと部屋は用意しておいてやったから、そこで休むといい。――全く。率先して働くのは結構なことだが、これじゃ身体がいくつあっても足りないだろう?」
「うん……。……ありがとう」
 言うのと同時に、もう寝入っている。ツォンにもたれて、すやすやと安らかな寝息を立てているルーファウスは、無防備そのものだ。
「恐ろしく寝付きのいい奴だな。それにしても、よっぽど信頼してるんだなあ。お前さんが裏切ることなんて、これっぽっちも考えちゃいないって顔だぞ?」
「そうですね。――でも、あなたのことも信頼してる証拠ですよ? 寝付きのいいのは昔からですけど、まあ、特技といっていいでしょうね。安心すると、どこででもいつでも眠れる体質なんですよ」
 口には出さないが、それには裏の意味がある。いつでも眠れるほどに、ルーファウスは常に緊張している、ということだ。
 人から見られ、人に命令を与え、自分がテロリストの標的であることを意識しなくてはならない。水一杯飲むのにも、いきなり部屋の水道を流すわけにはいかない。もし、排水管に流れる水に反応して爆発する爆弾が仕掛けられていたとしたら?
 そんな具合だ。副社長に就任してからは、一層神経を尖らせていた。
「安心、ね……。それは光栄だな。しかしまあ、かわいい顔して寝るもんだな。これが『世界を恐怖で支配する』って顔か? とてもそう見えんぞ」
 ディオの顔に、苦笑が広がる。それに対して、ツォンは微笑んで言う。
「だから、おそばを離れられないんですよ」
 この人を裏切るなんて、そんなマネができるわけがない。この信頼は、世にも貴重なものなのに。
「――お前さんも、身体がいくつあっても足りない口だな」
 ルーファウスを抱きかかえて立ち上がったツォンを案内しようと、先に立ったディオがため息をつく。それには笑って、答えないツォンである。