13.

「――つまり、五日間坊っちゃんに引き回されてえらい目に遭った、と。そういうわけですか?」
「えーっ、社長、子供の頃のことでも許せない! 五日間もツォンさんを独占してたなんて。羨ましすぎて、涙が出そうですぅ」
 どっぷり深い回想モードに入ったツォンが、数ある思い出の中から話しても差し障りのないものを選んで話すこと、二時間余り。
 途中レノの突っ込みやイリーナの悲鳴付きの質問に中断されたとはいえ、質量ともに相当のボリュームである。様々な思いが甦ったのか、話が終わるとしんみりと飲み始めたツォンを眺め、思わずルーファウスを恨みたくなるイリーナだ。
(そんな昔からの付き合いじゃ、後からアピールしようって人間は一苦労するわよホント。九歳の社長かあ……。とってもカワイイんだろうなあ。見てみたいなあ――)
「レノ先輩」
「何だ?」
「社長の小さい頃の写真、どこかで見れないですかあ?」
「そりゃ何だな、と……ほら、神羅TV。就任祝い特集で、きっと昔の映像も流すぞ、と」
「あ、そうですよね! ママさん、端末借りてもいいですか?」
「ええ。何するの?」
「ニュースのデータライブラリで、検索すればあるんじゃないかと思って。――あ、これこれ。便利なんですよねえ、こういう時。『プレジデント神羅夫人キーヤ様、ご逝去。悲しみに暮れるルーファウス様』。あ、もしかして。これなら、絶世の美女って話のお母さんと、両方一度にチェックできるじゃない。ラッキィ☆」
 エンターキーを叩いたイリーナから、驚きの声が漏れる。
「何、これ――。超絶的美人じゃないですか、社長のお母さん!」
「だから、いつも言ってるだろう?坊っちゃんはマザコンだぞ、と」
「それに、社長。ムチャクチャかわいいじゃないですか〜!!」
「だからいつも言ってるだろう? イリーナ、あまり勝ち目のない戦いはするなよ、ってな」
「わあん。私、もうどうしたらいいのかわからないですぅ――」
「並の女が坊っちゃんに立ち向かおう、ってのが無謀なんだぞ、と。キーヤ様はな、愛と美の女神フレイヤの転生じゃないか、とまで言われた方だったそうだぞ。まあ、飲めよ。今日は誰かさんのおごりだからな、と」
「ひっく……。すごくショックです。あの古代種の生き残りだって人も、ツォンさんのことまんざらでもない様子でしたし。手強いライヴァル、多すぎますぅ……」
「まあまあ。イリーナさんは、泣き上戸なの? 元気出して」
「ほっといてやってくれ。あいつ、ツォンさんに首ったけなんだがな、身の程知らずにも。告白する前から失恋決定らしいぞ、と」
「それはよかったじゃないの。レノさんにとっては、だけど」
「あ?何を言ってるんだ、と」
「あら、違うの? 気のせいかしら」
「わけのわからないことを言われても困るぞ、と」
「人のことはよくわかるのに、ご自分のことはからっきしなのね。損な性格。フフッ」
 ――それから数十分後。
「ほら、イリーナ。送っていってやるから、もうその辺にしとけよ、と」
「エンリョしときます……」
 泣き腫らした目で、イリーナは答える。
「センパイ、送り狼にならないとも限りませんから。――うええん、ヒック」
「そんな泣き上戸、誰が手を出すか! 俺にも選ぶ権利はあるぞ、と」
「信用できませーん……」
「参ったな、と。俺、すごい信用ないんだな、こいつに」
「あら。信用されてたらされてたで、ちょっと寂しくなるんじゃないの?」
「頼む。勝手に話を作らないでくれ」
 頭痛がしてきたレノに、苦笑しながらツォンが言う。
「私も、行こう。責任がないわけじゃない」
「まあ、ナイト二人に守られてのご帰還? よかったわね、イリーナさん」
「全くだ。調子のいいヤツだぜ、と」
 おとなしくツォンに抱きかかえられているイリーナを見て、ぼやくより他仕方ないレノだった。

 次の朝。ハイデッカーと共に、ルーファウスは船でコスタ・デル・ソルへ向かった。
 やれやれ、これで当分動き回らなくてすみそうだと、ルーファウスへの調査報告書の作成の続きをしようとしたツォンは、一通のメールが届いているのに気づいた。
「極秘の任務を、頼みたい。空軍のゲルニカを一機、ハイデッカーには内緒で確保しておいた。至急、エアポートへ。行き先は、いずれわかる。タークスのメンバーには、私から別途指示を出す。 以上」
 船でコスタ・デル・ソルに向かう前に、送信したものらしい。
 何を考えているのかさっぱりわからなかったが、社長の命令は絶対だ。首を捻りつつ、支度をするツォンだった。
「――待たせたか?」
「いえ。こちらも、昨日の夕方に突然命令がありましたので。実は徹夜で整備してまして。いまようやく終わったところです」
「昨日の夕方?」
 ツォンは、ルーファウスが突然何かを思いついたのだろうとは思っていたが、それにしても昨日……夕方。彼の退屈心を刺激するような面白いことが、その頃何かあったろうか?
「では、発進します。この分だと、運が良ければコスタ・デル・ソルで社長と合流できるかもしれませんね」
「コスタ・デル・ソルから、社長は一体どちらへ?」
「あれ? ご存じないんですか?」
 演技ではなく、心底驚いた表情のパイロットに、ツォンは苦笑した。
「ああ。今朝ここへ行けと、そう命令があっただけでね」
「……妙な目的地だなとは思ったんですが、して見るとよほどの極秘任務なんですね。安心して下さい。余計なことは聞きませんから」
「妙な目的地?」
「あなたをゴールドソーサーへお連れするように、というのが受けた命令でして。まさか遊びに行かれるわけじゃなし、首を捻っていたんですよ」
 この時点で、もう十分すぎるほど嫌な予感がする。
(……まさか、あれをご存じなんじゃないだろうな)
 スーツのポケットに入れたままになっている目録を、そっと握りしめるツォンだった。

 飛行は、極めて順調で快適なものだった。元々空軍のものだが、ルーファウスが副社長時代に自家用機のように使っていたという経緯もあり、居住性にも配慮がなされているからだ。
 一つ意外だったことは、コスタ・デル・ソルでルーファウスが乗船した運搬船がまだ到着していないと聞かされたことだった。
「何か連絡は入っていないのか!?」
「それが、どうも緊急事態が発生した模様でして。あちらの状況が、よくわからないんです」
 エアポートの管制官は、困り果てた表情をしている。
「我々は、ここで燃料を補給してゴールドソーサーへ向かいます。もし到着の順序が逆になるようであっても、構わずに予定通り行動せよ、と命じられていますので」
「ここだけの話ですが」
 管制官は顔を曇らせる。
「混乱した電波を傍受しました。『セフィロス!?』という言葉と、『機関室に、モンスター出現! ジュノン空軍は第一級非常警戒態勢を取れ!』との命令と。社長が無事に到着されることを、いまは祈るばかりですよ」
(……セフィロスが現れたというのか!?)
 暗然とするツォンだ。
(ああ、やはりおそばを離れるのではなかった。もし、本社での二の舞になったら――)
「事情は、わかった。とにかくゴールドソーサーへ向かうとしよう。それまでには、何か情報も入るだろう」
「はい。では、こちらへどうぞ。――その前に、何か連絡を取りたい所はお有りですか?」
「そうだな……ジュノン支社と、連絡はつくのか?」
「はい。無線でも、電話でも。何でしたら端末をお貸ししますよ?」
 数分キーボードを叩いていたツォンだが、やがてスクランブルをかけてメールを出すと、少しホッとした表情になった。
(全ては、あの男が知っている)
 神羅カンパニー科学部門統括の宝条は、セフィロスの騒ぎのどさくさに紛れて、いつの間にか本社から姿を消していたのだ。後に残されたのは、使い物にならないデータの山。
(ジェノバ・プロジェクト――。これを調べない限り、本当のことはわからない。古代種のことも、セフィロスのことも。エアリス……お前は、唯一人のセトラの生き残り。プレジデントも、そう言っていた。では、自らを古代種だと言うセフィロスは、一体何者なのだ?)
 神経に、引っかかるものがある。ツォンは、この際徹底的に調べ上げるつもりだった。宝条のこと、セトラの民のこと、エアリスのこと、セフィロスのこと――。
 そして、ジェノバ・プロジェクト。天才ガスト博士の頭脳が生み出したこの計画とは、本当のところ何が目的だったのだろう?
 あの元ソルジャーだという男のことも、気になる。神羅と関係を断ったソルジャーなど、本来あり得ないはずなのだが。
(何故なら、そういうソルジャーは「処分」されるからだ)
 思い出したくない過去が、瞬間、脳裏によみがえる。
(まさか、処分しそこなうなど……。だが、科学部門には直属の情報組織がある。彼らの管轄には、私とて口出しできない。まして、彼らの握る情報を盗み見ることなど。何か、方法はないものだろうか)
 ルーファウスを思って不安になる心を、仕事に没頭することで紛らわせようとするツォンだった。