11.

 だんだん、夕暮れが園内を包んでいく。ここを去る時が、近づいている。
 思えば、ここへ来てまだ五日しか経っていない。だが、いままでの人生の中で、もっとも凝縮した時を過ごした気がする。
 ルーファウスは、知恵熱でも出しそうなほど一度にいろいろなことを知った。そして、ずっと考え続けている。どうしたら、自分は大切な人達を守ってあげられるのかと。
 隣りの青年は、ルーファウスの様子がいつもと違うことに気づいていた。おとなしく黙ったまま、物思いにふけっている。遠い目をして、時折あごに親指をあてて、何か悩んでいる。
(こんなことは、初めてだ)
 そっと見守りつつ、ツォンは考えていた。
(昨日、私がおそばにいない時に、会長やリーブ部長がいろいろ話をしたらしいが……。一体、何を悩んでいらっしゃるのか)
 自分にも関係があるらしいことは、うすうすわかる。時々、ルーファウスのひたむきなまなざしが自分を捉える。その中には、自責とも悔悟ともつかぬ光が揺らめいているからだ。
「もう、夜だな」
 ポツリと言ったルーファウスは、空を見上げた。
「ミッドガルは、星が見えないんで嫌いだったけど……ここも、星は見えないんだな」
「この明るさでは、無理でしょう。その代わりといっては何ですが――花火の打ち上げが、じき始まりますよ。ルーファウス様は、花火をご覧になったことはありませんでしたよね?」
「うん。お母様は大好きだった、っておっしゃってたな。まだ小さい頃、ジュノンの海岸では夏になると花火を打ち上げていたんだって。大勢の人が浜辺で見物したものだ、って。昔の話さ……」
「――始まりますよ」
 華麗な光が、夜空に広がる。色鮮やかな光の華が、一瞬のうちに現れては消えていく。遅れて、爆発音が轟く。
「うわっ! ――スゴイ音だな。地響きみたいだ」
「光の方が、音よりも伝わる速度が速いですからね。雷と同じですよ。でも、美しいでしょう?」
「悲しいくらいに、キレイだな。あんなに素晴らしいのに――あとには、何も残らない」
「ルーファウス様……」
「お母様は、こう言われたのさ。『人生は、まるで花火のようね』って。何のこと? って尋ねたら、寂しげに微笑まれたな。『人の一生なんて、星のそれに比べたらまばたきする間のことでしかないのに。どうして私達には、こんなにも長くて苦しい時間なのかしら』。僕は、そんなことないって言ったんだ。僕は毎日楽しいよ、って。そうしたら『坊やは、幸せだからよ。お母様の分まで幸せになってね』って――。不幸だったお母様。どんな思いで、花火を見ていらしたんだろうね?」
「あとには何も残らない――。そう思われるのは、少し違うのではありませんか?」
「ツォン?」
「鮮やかな光の軌跡が消えても、思い出は残るでしょう? その時の情景――誰と、どこで、どんな思いで見ていたか――は、決して色褪せることはありません。例えば、いまこうしてあなたと見ている花火。私は、一生忘れませんよ。あなたが忘れてしまったとしてもね」
「お前……言っていて気恥ずかしくないか、そのセリフ!?」
「そうですか? 人生が花火だというなら、いつまでも人の記憶に残るような、見事な華を咲かせたいですね。――キーヤ様のように」
「ああ。そうだな……そうだよな。たった一度の人生だ。パーッといかなきゃな! ディオはさすがだな。それで『人生バクチ打ち』なんだな、自伝のタイトル」
 妙な具合に立ち直ったルーファウス。時計を見てまだ時間に余裕があると知って、にこやかに大観覧車を指して叫んだ。
「あれに乗ろう! ――きっと、夜景がキレイだぞ」
 腕を引っ張られて、思わずルーファウスの笑顔に引き込まれるツォンだった。
 ゴンドラの中は、密室である。おまけに、いまは花火が打ち上げられていて、最高にロマンティックな時間帯だ。当然、乗りに来るのはカップルばかりだ。並んで待たなければならない所を特別扱いですぐ乗ることができた二人だが、よかったと思いつつも、ルーファウスは何となく釈然としないものを感じるらしい。
「オヤジとは大ゲンカしていても、他人には関係ないみたいだな」
 苦笑するしかないツォンだ。
「警備のこともお考えになって下さい。あなたに、あの人混みの中にいられたのでは。たまったものじゃありませんよ」
「それは……そうかもしれないけれど。ミッドガルの出入りさえ禁止されてる身だぞ、僕は。本当に次の社長になるかどうか、わかったもんじゃない」
 それは、どうでしょう――。
 二か月前のやり取りを思い出し、ツォンはむくれるルーファウスを見つめていた。