9.

「どこへ行かれるおつもりですか?」
 外観エレベーターから下りてきた人影を見とがめたのは、ツォンだった。後ろからリーブも姿を現す。
「――ちょっと、外に出てみたかったんだ」
 ばつが悪そうに顔をそむけて言うルーファウス。
「アンダーミッドガルへはおいでにならないこと。そうご注意申し上げたはずですが?」
「どこへ行こうと、勝手だろう!?」
「そういうわけにもいきませんよ。私の仕事は、あなたをお守りすることなんですから」
「私は、知りたいだけだ。この街のことを、ここに住む人々のことを」
「ご立派なお心がけですね。しかし、時機と方法というものがあるのではありませんか? あなたがなさろうとしていることは、いま本当に必要なことですか?」
「――わからない。でも、知りたいんだ」
 そう言ってうつむくルーファウスを、リーブは優しく諭す。
「あなたの代わりは、誰にもできないんですよ。あなたは生きていて下さるだけで、十分に人々の希望となるのですから。何もしないと責められているようで辛いのかもしれませんが、それに耐えることもまた、立派な修業だと思いますよ」
「そう……なのか?」
 疑わしそうに顔を上げたルーファウスに、リーブは大きくうなずいた。
「ええ。とかくあなたは、生き急ぐきらいがある。あの方のように早くに逝って、私を悲しませないで下さい。――お願いです」
「リーブ……。すまない、心配かけて」
「いいえ。あなたはその身が他の人間にとってどれほど大事なのかを、時々お忘れになるようなので――。思い出していただけたのなら、もう何も言うことはありませんよ」
「それにしても、水くさいですね。何もご自分でこっそり行かれなくてもよろしいでしょうに。こういう時は、私に一言相談していただきたいものですね」
「ツォン? それって……まさか!」
「あなたのためではありませんよ。これは、仕事です。しかし、入手した情報をあなたに提供してはならない、とは命じられていない。もちろん、提供しろとも命じられていませんが」
「ありがとう!」
 途端に、パッと顔を輝かせるルーファウスだ。その嬉しそうな表情を見ると、甘やかしてはいけないのだろうが、先回りして希望を叶えて良かった、と思うツォンである。
「ルードを行かせてますから、戻るまでの間に食事をしませんか?」
「それはいい。私の行きつけの店で良ければ、案内するがね」
「お任せしますよ。じゃあ参りましょうか、ルーファウス様」
「二人とも――本当に私のこと気遣ってくれてるんだな。ごめん。いつもワガママばかり言って」
「珍しく素直なんですね。雨でも降るんじゃありませんか?」
「う、うるさいな! ほら行くぞ、リーブ」
 ルーファウスは顔が赤いのを見られたくないのか、先に立って歩き出す。二人から、笑みがこぼれた。



 誰もいなくなった1階のエントランスホールが、モニターに映し出されている。
「――全く、けしからん! ツォンの奴、勝手なことをしおって!」
 モニターに向かって毒づいているハイデッカーを、プレジデントは笑って手で制した。
「まあ、そう怒るな。あれはルーファウスに逆らえん男だからな」
「しかし……!」
「君には、大仕事が控えているはずだ。そちらの手配は万全なのかね?」
「はい! それはもう、抜かりなく。ガハハハハ!」
「――ならば、それでいい。頼んだぞ」
「お任せ下さい、プレジデント! では、失礼いたします!」
 ハイデッカーの高笑いが消えると、部屋の主はプレジデントチェアを回転させて夜景に見入った。
「私は、欲しいものは必ず手に入れる。それが何であろうとな――」
 燻らせる葉巻の煙が、徐々に部屋に拡がっていく。それはまるで、ミッドガルを覆い始めた不吉な影のようだった。



「よっ。お疲れさんだぞ、と」
「……どうしてお前がここに?」
「おっさんがいろいろ動いてるんでね。またどうせロクでもないことを思いついたんじゃないかと思ってな。妙に気になるぞ、と」
「……答えになってないぞ、レノ」
「アバランチの集会に行ってきたんだろう?」
「……仕事だ」
「あんたにはな。ボスにとっちゃ、どうなんだか」
「……俺達の考えることじゃない」
「――ソルジャー部隊が動いてるぜ」
「――!」
「わかってくれたみたいだな。おっさんだけで、そんな大事になるわけがない。プレジデント絡みだとすると、相当デカイことやらかすに違いない。そこで、あんたと一緒にボスに報告に行こうかと思ってな」
「……わかった。厭なご時世だな」
「模範的なタークスのあんたがそう思うようじゃおしまいだな、と。いつか後ろから刺されるぜ、あのヒヒオヤジ」
「……いまの言葉、プレジデントに聞こえたら大変なことになるな。67階の独房行きか?」
「科学部門のサンプル扱い!? 死ぬより始末悪いな、そりゃ。遠慮しとくぞ、と」
「……そう思うなら、二度と口にしないことだな」
「はいはい。――なあ、ルード。あんた自分の仕事に誇り、持ってるか?」
「……どうしたんだ、急に。お前らしくもないな、レノ」
「俺らしいってのは、一体どういうことなんだろうな。そんなこと、俺だっていままで考えたことなかったぞ、と」
「……いままで考えたことがなかったのなら、これからも考えるな。全ては仕事だ」
「あんた、やっぱプロだわ。俺も見習わなきゃいけないぞ、と」
「……褒めても、何も出ないぞ」
「そりゃ残念だぞ、と」
 おどけて言うレノを無視して、ルードはすたすたと歩いていく。
「おい、待てよ。一緒に行くって言っただろう、と」
「……ムダ口を叩いてないで、さっさと来い」
 肩をすくめ、ルードに走り寄るレノだった。