8.

「何だか今日はおとなしいが――。昨日何かあったのか、レノ?」
 ルーファウスが沈み込んでいるようなので、つい心配になるリーブである。
「さあね。ま、いろいろ考えることがあるんだろうさ、坊っちゃんなりにね」
「……なら、いいんだが」
 魔晄都市の設計と問題点について、担当各課長から説明を受けているルーファウスを眺めて、リーブはため息をついた。
 どこか上の空なルーファウス。恐らく、説明は頭を素通りしていることだろう。明らかに、昨日何かあったのだ。
「さて、と――。そろそろ戻らないと、ツォンさんにどやされるぞ、と」
「忙しそうだな、相変わらず」
「ハイデッカーのおっさんが、ロクでもないこと考えついてくれるおかげだぞ、と。俺もボスも、いい迷惑だ」
「『神羅特別治安維持法』のことか。私は、反対したんだが」
「らしいな。役員会でおっさんとやり合ったんだろ? 湯気立ててわめき散らして、ボスに八つ当たりしてたぜ。おかげで、今日は部屋の空気がどんよりしてて。俺にはちょっと辛いぞ、と」
「そりゃあ悪かったな。で、逃げ出して来たら、こっちも同じだったってわけか。やれやれ」
「そういうこと。じゃあ俺、行きますわ。坊っちゃんによろしく」
 手をひらひらと振って出ていったレノ。ふと見ると、数枚のレポートがあとに残されていた。忘れ物かと、手にしたリーブ。ぱらぱらと読み進むうちに、ルーファウスの憂鬱の原因はこれだったのか……と納得する。
 課外秘の印が押されたその書類は、ある反神羅グループについての調査報告書だった。むろん、コピーだ。
 グループの名は、アバランチ。元大学教授の知識人をリーダーにいただく組織だ。ビラ配りや抗議集会が、主な活動だった。テロリズムに訴える他の組織とは、一味違っていると言えよう。
 レポートの最後に、街頭で配られたと思われるビラがあった。
<魔晄エネルギーについて、神羅は情報を隠している! 騙されるな。魔晄エネルギーは、星の生命エネルギー。決して無尽蔵でも安価でもない!!>
 裏を見れば、様々なデータが示されている。
 ミッドガル及び各地の魔晄炉周辺での、突然変異生物の増加。魔晄炉のある土地がどんどんやせ細っていき、ついには農耕に全く適さなくなる、という事実。魔晄炉の事故で高濃度の魔晄にさらされた従業員の、悲惨な様子。
 それらは、決してデタラメなものではなかった。どこから入手したのかと、リーブは思わず唸る。
 ビラには、こうも書かれていた。
<一切の反神羅的活動を封じる神羅特別治安維持法の施行に、我々は断固反対する!
 我々は、既に神羅のIDカードがなければこの街で生きていけない身にされてしまった。
 プレート都市と下のスラムとを結ぶ列車に乗るため、買い物をするため、病院で医療行為を受けるため、およそ生きていくために必要な行動を取ろうとすれば、本社のホストコンピューターと直結したIDカードを使わないわけにはいかない。
 我々の行動は、その全てを神羅に管理されているのだ。この上、言論や集会の自由まで奪おうというのなら、それは、一企業による独裁だ。恐怖政治だ。
 ここまで個人の生活を脅かすようなマネは、かつての巨大企業EE社でさえしなかった。
 神羅カンパニーの思い上がりも、ここまでくるとはなはだしい! 我々は、次の世代に人も星も死に絶えた世界を渡すことになるだろう――このままでは。
 だが、まだ間に合う。方法は、ある! それは――>
 ビラは、特別治安維持法施行反対の集会への参加を呼びかけていた。その下に、レノの走り書き。
 坊っちゃん、昨日これ見て集会に行きたがってたぜ。気をつけてた方がいいぞ、部長さん――と。
「今夜七時から、アンダーミッドガルの4番街スラムにある市民会館で……か」
 もう一度ビラを眺め、レポートと共にシュレッダーにかけた。
 法律は、三月一日午前0時から施行と決まったのだ。
 神羅TVの年頭挨拶でプレジデントはウータイ戦役の終結を祝い、同時に神羅特別治安維持法を発表した。彼にしてみれば、それは発表ではなく公布だったのだろう。
 だが、人々の反発は凄まじいものだった。今年に入って、一体どれほどのデモ行進や抗議集会があったことか。おかげで、タークスとソルジャー部隊は休むヒマもないほどだ。
 そうした現状をふまえ、リーブは役員会で熱弁を振るった。
「まだこの法律を施行するのは、時期尚早と思われます。どうか施行日の延期を。お願いいたします、プレジデント」
 それに対し、ハイデッカーは真正面から対立した。
「何を寝ぼけたことを。一刻も早い施行こそ、この街を害虫どもから守ることになるんだ。このミッドガルを誰よりも大切にしている都市開発部長のお言葉とは、思えないですな!」
「ああ。私は、この街を我が子のように思っている」
「なら、問題はないわけだ。ガハハハハ!」
「いいや。人の住まない都市など、何の意味もない。人のために都市があるんだ。都市の運営のために人がいるんじゃない」
「――ハッ。あんたは、わかってないようだ。ミッドガルの繁栄に惹かれて集まってくる貧民ども。あいつらは、人間じゃない。寄生虫だ。身体についた害虫を駆除するのに、いちいち向こうの都合を聞いてやれとでも? 冗談じゃない!」
「ちょっとぉ、リーブ。どうだっていいじゃないの。神羅が気に入らないなら、ここを出て行けばいいのよ。何もうちで働く必要があるわけじゃないんだから。それに、ミッドガルから出て行くな、とは誰も言ってないわ。ねえ、プレジデント?」
「スカーレット君の言う通りだ。何、心配はいらんよ、リーブ君」
「ですが……!」
「票決を採ろう。――どうやら、反対は君だけのようだな。では、決定だ。当初の予定通り、三月一日の施行とする」
「うひょひょ! あと一週間で、邪魔者はいなくなる。いいな、いいな!」
「これだけか、今日の議題は? ――もしないのなら私は失礼するよ、プレジデント。実験の途中なのでね」
「おお、それは。すまなかったね、宝条君」
「キャハハハハ! なに辛気くさい顔してんのよ、リーブ。私達に文句を言う奴らは、みんな片づけちゃえばいいのよ。そのために、私の可愛い兵器達があるんだから」
「では散会だ。そう気に病むな、リーブ君。君は、ルーファウスのお守りで疲れているんだよ。だから考えすぎてクヨクヨ悩むんだ。少し仕事の量を減らした方がいい。――そうだろう?」
 何を言ってもムダとわかり、暗然たる気持ちで重役会議室をあとにしたリーブだった。
 まだ何の役職も得ていないルーファウスは、当然のことながらこの会議には出席していなかった。だが、とリーブは思う。
(あなたがあの場にいらしたら、私に同調して下さったのではありませんか?)
 生涯の恋人と思い定めた女性(ひと)がこの世に残した、ただ一人の子供。
 亡き女性の面影を偲ばせるルーファウスを見ていると、つい過大な期待をしがちな自分に気づいて、リーブは苦笑する。
「あなたは、キーヤ様ではない。わかっているつもりだが――」
 それでも期待してしまうほど、いまの神羅は救いがたい。一人頭を抱えるリーブだった。