7. ウータイ戦役終結後、初の視察から戻ったプレジデントの指示を受けて、一層活気づく本社である。ジュノン支社をはじめ、各地に点在する営業と軍事の拠点をくまなく見て回ったのだ。 彼が人間性に大いに問題を抱えた人物であるとしても、ことビジネスに関しては有能であることに疑いはない。ルーファウスも、その点は認めないわけにはいかなかった。 ちなみに、同じビルで同じ空気を吸いたくない。そう駄々をこねた彼は、ミッドガルの街へ出ることにした。 都市機能の運営と保守を担当する部署の見学、ということにすれば、外聞もいい。 ――ということで、タークス二人をお供に街をぶらつくルーファウスである。 「しかしねえ。坊っちゃん、その白いスーツ何とかなりませんかねえ。目立ってしょうがないぞ、と」 「フン。お前こそ、その赤毛どうにかしろ」 「大きなお世話だぞ、と」 「それに、その制服。わかるヤツが見れば、バレバレじゃないのか。タークスだって」 「だから危なくないんだぞ、と」 「それになあ。ルード……お前、そのサングラスとる気ない? これじゃまるで」 「ヤクザのドンのボンボンと、その子分。合ってるじゃないすか」 「イヤだ〜! そんな風に見られるのは。――ツォンを返せ! オヤジのバカ野郎!!」 「あーあ。ご機嫌斜めだな、坊っちゃん。やっぱツォンさんいないとダメだな、こりゃ」 ポリポリと頭を掻くレノに、ルードが言う。 「……反抗期じゃないのか?」 「ズレてるぞ、もしそうなら。坊っちゃんは十八歳だぜ?」 「……とてもそう思えないが」 「自分を基準に考えちゃダメだって。あれでバケモノみたいに頭がいいとこあるんだからな、と」 「……アンバランスだな。難儀なことだ」 「坊っちゃんじゃなく、俺達が難儀してるんだぞ、と。――ああ! 勝手に離れないで下さいよ、坊っちゃん!」 「レノ。さっきからその『坊っちゃん』って連呼してるの……やめてくれないか!? 恥ずかしいだろう!」 「じゃ、何てお呼びしたらいいんです? 教えて欲しいぞ、っと」 「『ルーファウス様』でいいだろ!?」 「あー……そりゃ、やめといた方がいいぜ。テロリストに、わざわざ自分から名乗ってやる必要はない」 「どういうことだよ!?」 「ツォンさんから聞いてないんですか。年末の爆弾テロ以来、反神羅勢力が元気になってるんですよ。自分が死ぬ覚悟があるならタークスのボスも殺せるっていうんで、ターゲットが格上げされたらしいですぜ。と言っても、プレジデントはさすがにムリなんで、連中もあきらめてるようですけどね。ここまで言えば、坊っちゃんだってわかるんじゃありませんか、と」 「今度は、私を狙ってるっていうのか!?」 「ご名答。殺すにしても、身代金取るにしても、単にいたぶるにしても。坊っちゃんなら、いずれもOKってのがミソでしてね、と」 「ちょっと待った。その『いたぶる』ってのは何なんだよ!?」 「……両手両足の爪を一枚づつはいでいくとか、麻酔無しで抜歯するとか」 「プライドの高い坊っちゃんには耐えられないような、あんな事やこんな事や、そーんな事までやっちゃったり――とか。ま、いろいろだな、と」 「レノ! からかわないでくれ!!」 顔を真っ赤にするルーファウスに、レノは意地悪く言い返す。 「おや? 俺はルードと違って具体例をあげてませんぜ? 坊っちゃんは一体何を想像したのかな、と」 「――!」 知るか、そんなこと! と、頭から湯気を出しそうな勢いだ。笑いながら、レノが言う。 「ま、いまのはあながち冗談でもないんだぞ、と。坊っちゃん、間違ってもアンダーミッドガル……スラムに行ったりするんじゃないぞ。命の保証をしかねるからな」 「『ピザ』の下? うちの社員達だって住んでるじゃないか。そんな危ない所なのか?」 「ヤバイ所とそうでない所との区別が、坊っちゃんにはつかないだろう? マジで言うけどな、坊っちゃんなんかにゃ想像できないような人種が住んでるんだぜ?」 「……我々から、離れないことです」 「坊っちゃんのこと、神羅の御曹司だってわかってくれればいいけどな。そうじゃなかった時にはちょっとマズイぞ、と。スラムじゃ、坊っちゃんみたいなキレイな人間は高値で売れるからな。ブロンドにブルーアイだろ? よだれ流して飛びつくジジイ、大勢いるぜ? それでも、一人にお人形さんみたいにかわいがられるなら、まだマシかもな。何人も……とか、もっとタチの悪いのは、殺人インディーズビデオだな」 「何、それ?」 「文字通り、殺人ビデオさ。イカレてるよな? 演技じゃ物足りないって言って、本当に人を殺しちまうなんて。そんなビデオを見るヤツの気がしれないけど、需要があるんだぜ、結構」 「……ウータイとの戦争が終わって戦地から帰還した兵達で、ミッドガルはいま治安が乱れています。麻薬取引も盛んに行われているようですし、用心するにこしたことはありません」 「そういうこと。その白い肌に血を流したくないんだったら――ま、おとなしくしてることだぞ、と」 「戦地でドラッグを使って、兵士達の士気を高めていたのか」 「何せ遠い戦場だったからな、と」 「……宝条博士の特製だ」 「げっ……。私なら、遠慮しとく」 見るからにアブナイ人という雰囲気を漂わせた宝条が、ルーファウスは大の苦手だ。 ちなみに、彼の母であるキーヤはガスト博士とは親しかった。ルーファウスも、幼い頃に抱っこしてもらったことがある……そうだ。自分では覚えていないのだが。 ガスト博士が失踪した後、彼の助手だった宝条が神羅の科学部門統括の座についたわけである。 プレジデントしかその全貌を知らないと言われる、ジェノバ・プロジェクトの責任者。ジェノバ・プロジェクトも本人も、非常に謎が多い。 本社で働く一般の社員にとって、タークスとはまた違った意味で、お近づきになりたくない人物だった。 「そういうわけで、頼むから一人でどこかへ行こうなんて考えるなよ、坊っちゃん。それから、列車にも乗るなよ。あれは逃げ場がないからな」 「わかったよ。そんな物騒な所で、よく仕事してるよな。お前といい、ルードといい。それに、ツォン……。あいつ、よくスラムに行ってるようだけど。大丈夫なのか?」 「ああ、ツォンさんがスラムに行くのは」 「……レノ。いいのか、話しても」 「坊っちゃんに隠すようなことでもないと思うけどな、と」 「……部長にまた始末書出したいんだな?」 「はいはい。そのことなら、坊っちゃん自身がツォンさんに聞くといい。多分、あの人は隠し立てしないと思うぜ、と」 「――何だかよくわからないけど、どうせオヤジ絡みのことなんだろ? そうするよ。別に、お前を困らせたいわけじゃないからな」 「すまないな、と」 「その代わり、連れて行って欲しい所があるんだ」 「あ?」 「8番街の劇場前広場。いまは、危なくはないんだろう?」 「――わかったよ。正直、俺はあまり見たくないんだがね」 「……ああはなりたくないな」 顔を見合わせ、暗い表情でうなずく二人を見て、ルーファウスは思うのだった。 (だから、見なくちゃいけない) こんな時、亡くなったお母様なら、きっと同じことをする。 (人の上に立つというのは、下の人間のやったことをそのまま引き受けることなのだから。責任も、結果も、自分のあずかり知らぬ所でなされたこと全てに対して――) 亡くなった人間は、神羅のやり方に反対していたと聞いている。彼を爆殺した人間とは、立場が違っただけなのだ。 そしていま、父のやり方に異議を唱えたい自分が、テロのターゲットになっているとは。 (全く、冗談じゃない) 誤解されたまま死ぬなんて、ゾッとしない話だ。 (彼の死は、絶対に無駄にはしない。でも、いまの私には力がない。 だから、心に刻みつけることにするのさ。――油断するな、ってね) |
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