2.

「みんな、集まってくれ」
 リーブが部のスタッフ全員を呼び集めることなど、ついぞなかった。
 都市開発部門は、エンジニア集団である。スーツ姿の者もいるにはいるが、少数派だ。大方の者は、つなぎを着ている。
 設計担当は、ライトブルー。製図屋と呼ばれている彼らは、日がな一日製図机に向かって作業している。
 魔晄炉の管理を担当している電力屋はグレー。出力調整、マテリア精製、その他魔晄に関するプロフェッショナル集団だ。
 都市機能の正常な運営に欠かせないのが、インフラ屋だ。モスグリーンのつなぎを着ている彼らは、「いも虫」と呼ばれている。というのも、ミッドガル中いたる所で昼夜の別なくライフラインを保守していたからだ。
 その他、本社ビルの保全担当として修理課があり、彼らはビルのメンテナンスに追われていた。蛍光灯一本切れても、エレベーターが動かなくても彼らの出番となる。パープルのつなぎを着た彼らがいなければ、本社機能はたちまちストップしてしまうだろう。
 他にも土地利用計画課だの災害防止・対策課だの、建築技術研究所だの――名前を聞けばすぐに職務内容がわかる部署がズラッと存在している。実用部門の集団らしいといえばその通りなのだが、垢抜けているという印象からはほど遠い。
 良くも悪くも、地面に足のついた人間達。それが、都市開発部門のカラーである。ヘッドであるリーブの人柄が、そのまま反映されているというべきだろう。
 事前に知らされていないスタッフ達は、訝しげに顔を見合わせている。部会とも違うようだし――いったい何事か。そう言いたげだ。
「忙しいところを、すまなかったな。実は、今度うちの部門をルーファウス様に見ていただくことになった。知っているとは思うが、ルーファウス様はいずれ副社長になられる。その前に社内のことをよく知っておいていただきたいということで、各部門持ち回りで業務内容をレクチャーさせていただくことになった。諸君も、何か質問を受けた時は速やかに答えて差し上げて欲しい。――何か、質問は?」
 と、いきなり言われても。そんなの、困ります――とも言えない。
 驚きと衝撃が、スタッフ達の間に広がっていく。やがて、ざわめいていたスタッフ達の中から、おずおずと手が挙がった。
「あのう……それで、お席はどちらに?」
 質問したのは少数派のスーツ姿の管理職だった。彼は災害防止・対策課の課長だ。
 もし同じ部屋で一日中プレジデントの一人息子と過ごさねばならなくなるとしたら。誰だって、胃に穴があく心配をしたくもなるだろう。
 だが、リーブの答えは意表をつくものだった。
「うーん。いろいろ考えたんだが、何といっても半年間だ。第一、一日中デスクに座って書類を眺めていても、飽きてしまいますよね?」
自分の方を眺めながらそう言ったリーブに、思いっきり首を縦に振るルーファウスである。冗談じゃない! と叫ばずにいるのは、目の前に社員達が居並んでいるせいだろう。
「――と思いまして、特にデスクは用意しませんでした。かまいませんよね?」
「ああ」
 髪をかき上げつつ答えたルーファウスに、スタッフ達がホッとしたのもつかの間、次のリーブの言葉に愕然とする彼らである。
「やはり、現場を知っておいていただく必要があるのでは、と思いまして。半年かけて、各所属を回っていただこうかと――。取りあえず、今日は我が社の基幹である魔晄炉を見学してもらいます」
「わかった」
 パニックに陥る各所属長である。
 ――今日は? では、明日は? 明後日は? 一体、いつ自分の所へ来るというんだ!?
 しかし、彼らのすがるような視線に全く気づかないリーブだ。
「ああ、ルーファウス様に事前にお知らせしておけばよかったですね。その白のスーツでは……汚れてしまいますね」
「かまわないだろう? 別に。これが私の仕事着なんだから」
「はあ。しかし――」
 この時、部下一同は顔を見合わせてため息をついている。
 うちの部長、間違いなく重役達の中では一番いい方なんだがなあ……公私ともに。でも、あの坊っちゃん命な性格は……何とかならないかなあ。坊っちゃんに向ける注意の十分の一でも我々に向けていただけたら、スケジュールを組んで我々がそそうのないように準備できるんだが。
 しかし、頭を振っている彼らにリーブが気づく気配は一向にない。それどころか、今度は何やら内線電話をかけている。
 一方、ルーファウスの方は物珍しそうに部屋を見回している。ミッドガルの模型を驚いた様子で眺めたり、製図机に書きかけのまま残されている建設予定の街の図面を、興味深げに眺めたりしている。
 電話を終えたリーブがそれに気づいて、さっそく説明が始まる。
 ――我々は、いつ仕事に戻ればいいんでしょうか?
 そう言いたげな眼差しが、一斉に注がれているのだが。相変わらずリーブが気づく気配はない。彼が説明をするうちに、ルーファウスには聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「――お待たせしました。手配ができましたので、お迎えに参りました」
「ツォン! 何も君が出張らなくても良かったんだが。私は、タークスを一人回して欲しい、と言っただけで」
「ですから、私が」
「君には、プレジデントの護衛があったんじゃないのか?」
「ああ、あれですか。――まあ危険はないでしょう。大丈夫ですよ。ルードを付けてありますから」
「そういう問題か?」
「はい。よその都市へ行かれるプレジデントより、ミッドガルに残られるルーファウス様の方が危険だと判断しました」
「……お前、単におそばにいたいだけじゃないのか?」
「とんでもない! ウータイとの戦争が終わって、反神羅勢力が最近抗議行動を活発化させています。テロリストグループからの予告状も届いているんですよ? そんな中で、部長はルーファウス様にミッドガル中を案内して回るという。――私が心配するのも、無理はないでしょう?」
「手間かけさせてしまったな。悪いな」
「いいえ。ただ、こうしたことをなさるのであれば、事前に相談していただけると、大変ありがたいですね」
 ツォンの言葉に、うんうん、とうなずくスタッフ達である。それに気づいて、ツォンはリーブに尋ねた。
「まさかとは思いますが、明日からの予定。スケジュールは組んでいらっしゃいますよね?」
 にこやかに笑うリーブである。
「特段予定はまだ立てていないが。まずいかね?」
 頭痛のしてくるツォンだ。
 リーブは疑いもなく有能な人間だが、細かいことにこだわらない代わりに、こういう配慮はできないらしい。
(これでは下の人間も大変だな。なまじ人がいいだけに、恨むわけにもいかないだろうな。可哀相に――)
 ため息をついて、話を続ける。
「いまお話しましたが、我々としてはルーファウス様の安全確保のために、明日からのスケジュールを是非いただきたい。さっそくそのように手配していただけるとありがたいのですが?」
「そういうものか? わかった。――タナカ君」
「お呼びでしょうか?」
「すまないが、各所属と相談して回る順番を調整してくれないか。スケジュール表ができ上がったら、私にくれればいい。今日中に、頼むよ」
「かしこまりました。では、さっそくそのようにいたします」
「リーブ部長、あの女性は?」
「私の秘書のタナカ君だが。何か?」
「身元は確かなのでしょうね?」
「キーヤ様の秘書をしていたくらいだ。筋金入りで、保証するよ」
「それなら、心配ないですね。――おわかりと思いますが、事情が事情です。でき上がったスケジュール表は、外部に絶対に漏らさないでいただきたい。作成後は、できればFDにも保存しないでいただけるとありがたいのですが?」
「わかりましたわ。そのようにいたします」
「ご協力、感謝致します。他の方々も、そう心得ていただきたい」
 言葉には出さないが、もし漏洩した場合はタークスが「処分」に動くと――そう、ツォンの眼光は語っていた。
「――レノ、私だ。そちらは? 了解した。引き続き、頼む」
 PHSを取り出して連絡していたツォンが、にこやかに微笑んだ。
「では、参りましょうか。ルーファウス様」
 いままで出番もなく、退屈なので部屋の中をいろいろ見て回っていたルーファウスだが、ようやく話はついたらしいとのびをしながら近寄って来た。
「お前、相変わらず心配性だなあ。そんなんじゃ、胃に穴があくぞ」
 そう言った声音には、からかいの色が含まれていた。
「心外ですねえ。用心深い、と言っていただきたいものです」
「わかった、わかった。リーブ、他人事みたいな顔してるけど、お前もだぞ。同時にタークスの主任と都市開発部門統括に倒れられてみろ。本社機能はガタガタだな。テロリスト達がこれ幸いと、活躍することだろうよ。――お前達は、単に神羅の幹部というだけの存在じゃない。ミッドガルの住民に対して責任を感じるのなら、きちんと自己管理するべきだぞ」
 皆が言いたくても言えないことを、ズバッと言い切ったルーファウス。苦笑して、二人が答える。
「そうですね。お互い気をつけるとしましょう、部長」
「ああ。こんなことでルーファウス様に意見されるとはね。一本取られたよ」
 笑いながら去っていった三人を見つめながら、都市開発部門のスタッフはささやきあっていた。
 ――あの坊っちゃん、ただのボンボンってわけじゃなさそうだな。
 神羅の次期社長として、これはもしかして期待してもいいのではないだろうか。そんな希望を持つ人々である。