3.
「これは社長! お一人でいらしたのですか?」
「いけないか?」
 ルーファウスの無造作な返答に、警護役を任されていたクラス1stソルジャーは青ざめた。
「ハイデッカー統括が、ご一緒だと……」
「ああ、アイツなら、もっとキリキリ働けと命じておいたぞ。いいダイエットになるだろうよ」
 ルーファウスがタークス全員に休暇を出したため、急遽彼の護衛のためにソルジャー達が駆り出されたのだ。しかし、まさかパレードのあと単身支社へ歩いて戻る、などという無茶をするとは……!
 全く、タークスの主任であるツォンが、スリムな体形を維持しているのもよくわかる気がする。こんな上司に長年仕えていたら、恐らく気の休まる時がないだろう。
「うん? そうか。大丈夫。ツォンには内緒にしておいてやるよ。私も悪かったんだ。考え事をしていたら、つい迷子になってな。警備兵に案内してもらったよ。大体、ジュノンの街はわかりにくいよな。どうして隣り町まで行くのに、いちいちリフトを使わなきゃならないんだ? 港とエアポートと町と。もう一生オフィスにたどり着けないかと思って、ヒヤヒヤしたぞ。まあ、無事に着いてホッとしたよ」
 ホッとしたのは、こちらです――。ツォンから社長の警護を命じられたソルジャーは、思わず涙目である。ルーファウスの身にかすり傷一つでもつこうものなら、即刻首が飛ぶのは目に見えていた。
「もう本日は、外出などなさらないで下さい。お願いいたします」
「うん。さすがに疲れたな。お前達も休みたいだろうし。そうするよ」
「ありがとうございます」
「部屋で休む。何かあれば、起こしてくれ」
「はっ! それでは、我々は隣りの部屋に控えておりますので。いつでも何なりとお申しつけ下さい」
「頼みたいことはない。明日は船旅だ。お互い休もう」
「お心遣い、感謝いたします。お休みなさいませ、社長」
「お休み」
 シャワーを浴びている間に、手際よく食事が用意されていた。一人には慣れているはずだったが、街中が自分の歓迎パレードの余韻に浮き立っていて、妙に熱っぽくざわめいている。シンと静まり返った部屋にいると、逆にそのざわめきを感じるようだ。
「こういう時、庶民はTVを見て気を紛らわせるという話だったな。神羅TVか……。私の見るものじゃないな」
 自嘲して、スイッチを入れる。画面に映ったのは、見慣れた人間の困惑した顔だった。
「ツォン!?」
 休暇を取らせたはずのツォンが、何故TVに映ってる!? その疑問は、次の瞬間にとけた。
「私は、あいにく旅行に行くヒマなどない。誰か他の人間に譲る、というわけにはいかないのか?」
「何だ、このテロップは!?『特等賞おめでとう! コスタ・デル・ソルとゴールドソーサーへの五泊六日の旅に、一組二名様をご招待!!』だと? おい、誰と行く気なんだ、ツォン!?」
 私は行けない、と言っているツォンの言葉など、ルーファウスの耳には入っていないらしい。次の瞬間には、携帯電話を手に取るルーファウスだった。
「もしもし? ああ、TV局を頼む。そうだ。たったいま放送したニュースの担当者を出してくれ。――君がプロデューサーか? 私はルーファウスだが、少し尋ねたいことがある。何? パレードの視聴率!? 誰がそんなもの訊いている! ふざけるな!! 人の話を、よく聞け! ――わかれば、いい。ところで、いまニュースでやっていたんだが、特等賞で五泊六日の旅行というのは、一体何なんだ?」
 いきなり怒鳴られたプロデューサーが、平身低頭懇切丁寧に説明したことは、想像にかたくない。通話を終了したルーファウスの目がいたずらっぽく輝き始めた。
 ツォンの身に災難がふりかかるのも、そう遠いことではない。

 その夜。ルーファウスは、満ち足りた表情で眠っていた。同時刻、他の人々は――。
「……う……ん。ツォンさぁん……」
 どうやら、イリーナも幸せな夢を見ているようだ。
「ずい分ご無沙汰だったじゃない。もう私のことなんて、忘れたのかと思ってたわ」
「仕方ないだろ。仕事が仕事なんだぜ。かんべんしてくれよ、と」
「いつまで休暇なの?」
「坊っちゃんの気分次第、ってトコだな。取りあえず、今晩は大丈夫だぞ。――多分」
「そんなこと、どうしてわかるの?」
「坊っちゃん専用のアンテナを頭に付けてる誰かさんが、しんみりと酒を飲んでたからな。あの人が底なしだったとはね――人間、見かけじゃわからないもんだな、と」
「そう。よかったわね」
「お互いにな」
 艶っぽいレノとは対照的に、ルードは宴会部長として座を盛り上げるのに忙しかった疲れが出て、夢も見ずに死んだように眠っている。彼らの上司ハイデッカーは、あまり夢見がよくないようだ。歯ぎしりといびきの音が、部屋中に響いている。
「あ……起きてたんだ」
「エアリスこそ、どうしたんだ? 真夜中だぞ」
「うん……ちょっとね。いろいろ考えてて、思い出すことも多くて。何だか、夜風に当たりたくなっちゃった」
「まともなベッドで寝たのは、久しぶりだからな。俺、明日のことを考えたら、寝つけなくって」
「セフィロスに会うの、怖い?」
「怖くない。いや、やっぱり怖いな。セフィロスは、もう昔の彼じゃない」
「あの人、私と同じ古代種なのかな……?」
「俺にはよくわからない。それこそ、神羅の連中の方が知ってるんじゃないのか?」
「そうかもね。明日は、気をつけてね。クラウドったら、ルーファウスにいきなりケンカ売ったんだもん。きっと向こうもクラウドのこと、よく覚えてると思う。海を渡るには、神羅の運搬船に潜り込むしかないんだから。おとなしくしててね」
「せいぜい、顔を見られないようにするさ」
「ね、もう海を越えたのかな、セフィロス?」
「もしそうだとしても、追いかけるだけさ。もう寝よう、エアリス。明日はまた、大変だからな」
「そうね。じゃあお休みなさい、クラウド」
「お休み、エアリス」
 そんな二人を、そっと物陰から見守っていたのは――。
「もう! 何よ、人の気も知らないで。クラウドの、バカ!」
 アバランチ、青春真っ盛り、といったところである。

 人々は、夜の闇に夢を溶かしながら眠っている。全てのものが眠る街で、一人目覚めている者がいた。彼は命じられた調査の報告書を打ち込む手を休め、そっとつぶやく。
「ルーファウス様――」
 自分が望んだ通りの社長になりつつある青年の名は、耳に快く響いた。
「ニューエイジ……時代を築く新社長……か。是非そうなって欲しいものです。私は、あなたのためなら何でもする。これまでもそうしてきたし、これからも、ずっと――」
 彼の声が聞こえたのか。彼が希望の星と仰ぐ青年は、寝返りをうった。幸せそうに微笑むその唇から漏れた言葉をもし彼が聞いたら、さぞ喜んだことだろう。
「ツォン……ずっと……ずっと一緒にいよう…な……」
 あと数時間もすれば、また陽が昇る。だが、その太陽が照らす世界は、果たして変化していくのか?
 ――答えが出るのは、これからだ。

<エピローグ>
 後日。ルーファウスは、人々をあっと言わせる発表をした。ジュノンの街で、空軍によるスキッフタクシーの事業を行うというのだ。料金は、無料。全くのサービス事業とする――というに及んで、人々の驚きは感動に変わった。
 この後、ジュノンの街は「ルーファウス効果」のおかげで好景気を迎えたのである。ルーファウスのワガママの、思わぬ副産物であった。
 神羅全盛の世の中は、そう簡単に終わらないようである。


= END =