I wish ……  ―― 2004.2.14 at Midgal ――  


 ルーファウスが副社長に就任して、ちょうど一年が経った。
 今夜は、彼の誕生パーティーが盛大に開かれている。だが、招待客はといえばプレジデントの事業に有益な人間ばかりだった。この中で、本当に自分のことを思ってくれる者は、果たして何人いるのだろう? いや、恐らく一人もいまい――。
 自分が父親に利用されるだけの存在であると認識するのは、ルーファウスには耐えがたいことだった。
「おや? どちらへ?」
「申し訳ない。少し、酔い醒ましをしてきますので。失礼」
 自分の意を得ようと群がってくる客達に宛然と微笑み、彼はバルコニーへと歩いて行った。ルーファウスが名目をつけて席を外すのを、ツォンは目ざとく見つける。そして、やれやれと首を振って後を追った。
「警備は万全のはずですが、あまり手すりから身を乗り出さないようになさって下さい」
 やがて追いつくと、優しく言葉をかける。それに対し、ルーファウスは後ろを振り返らずにポツリと呟く。
「たとえ投身自殺したって、あの騒ぎじゃ誰も気づかないさ」
 駄々をこねるルーファウスを、ツォンはあやすように諭す。いつものことだ。大のパーティー嫌いの彼が、機嫌のいいはずもない。むしろ、皮肉の一つも飛ばさずによく我慢していたと褒めてやりたい位だった。
「あなたはパーティーの主役なんですよ。あまり長く席を外すと、何かあったのかと皆が心配します。もう少ししたら、会場へ戻りましょう」
 すると、突然ルーファウスがくるりと振り返った。
「主役? 少なくとも、私じゃないさ。みんなは、オヤジがいれば問題ないはずだろう?」
「そんなことはありませんよ。あなたがこの世に生まれてきて良かったと、心から思う者もいます」
「――お前とリーブぐらいだよ、そんな風に思ってくれるのは」
 常になくルーファウスが沈み込んでいるのに、ツォンは驚くと同時に心が痛んだ。
 この一年、ルーファウスがどれほど不本意な仕事をしなければならなかったか。それを思うと、迂闊なことを言って心の傷を更に拡げるようなことはできない。どうしたものかと腕組みをしたくなった時、背後から人の気配がした。
「あのぅ……副社長、少しよろしいですか?」
 振り返れば、ルーファウスの秘書を務める女性社員が二人いた。つい先ほどまでツォンに愚痴をこぼしていたとは思えない、いつも仕事時に見せている能面のような表情に、ルーファウスは一瞬にして切り替えた。彼の見事な自己統制には、いつもながら感心させられるツォンである。
「どうした?」
「実は私達、副社長にお祝いをと。いろいろ考えたんですけれど」
「副社長、物は何でもお持ちでいらっしゃるので……」
「みんなで相談して、決めました。――本社ビルをご覧になっていただけませんか?」
 ルーファウスは、首を傾げてツォンを見る。一体何だ? と言いたげに。だが、ツォンにも何が起こるのかわからなかった。二人が訝しげに顔を見合わせているのを見て、秘書嬢達はしてやったりと笑う。やがて一人がPHSを取り出し、どこかへ連絡した。
「――準備はいい? 始めて!」
 本社ビルの照明が、フッと消えた。全ての照明が落ちることなど、あり得ない。
 ――おかしい。二人がそう思った瞬間。

Happy birthday , vice-pres !!
 鮮やかに、光の文字が浮かび上がった。
「――これは !?」
「君達が?」
 二人が声を上げた瞬間、文字が消えた。そして、新たな文字が浮かび上がる。

We're hoping for
「一度に全部の文字を出すのは、できなかったんです。読みづらくてすみません」
glorious next generation !!
 ――冬の夜空に、一瞬だけ輝いた光の文字。ルーファウスは呆然としたまま、微動だにしない。
「あれ、発案は私達ですけど。都市開発部の修理課や治安維持部や、いろいろな所に協力してもらって――時間も短いし、いいだろうって許可もらったんです。本当はビルの照明を私用で明滅させるなんて、もちろん禁止されてるんですけどね」
「みんな、喜んで協力してくれましたよ。ダメなものを例外的に認めようっていうんで、施行規則や例規集と首っぴきで。ツォンさんにも内緒で作業の打ち合わせをするの、ドキドキものだったんですから!」
 まだ驚いたままのルーファウスに、ひどく満足そうな秘書嬢二人。
「それじゃ私達、失礼します。すごく驚いて下さって、大成功! みんなに早く報告してあげたいわ。きっと、大喜びです。――ねっ!」
 ぺこりとお辞儀をして歩き出す二人に、ルーファウスの声が追いかける。
「プレゼント――とても嬉しかった。きっと、一生忘れない」
 声がわずかに震えているのに気づいて、二人は驚いて後ろを振り返る。
「副社長―― !!」
 目の端をそっとぬぐう上司の姿に、二人は目を瞠る。それから、再びお辞儀を――今度は深々として去って行った。
「……いい誕生日になりましたね」
「ああ。こんな嬉しいプレゼントをもらったのは、初めてだ」
「あなたに寄せられた期待に応えるためにも、一層がんばらなくてはなりませんね。いろいろ辛いこともおありでしょうが――」
「……私は、一人じゃないんだな」
「ようやく、おわかりいただけましたね。さあ、戻りましょう」
「ああ。ツォン――」
「どうなさいました?」
「これからも、ずっと側にいてくれるな?」
「私の居場所は、他にありませんから。ご存じでしょう?」
 クスッと笑い、ツォンはルーファウスの背中を軽く押す。望むものは、ただ一つ。
(あなたが幸せであるように――)
 そうなのか? それは知らなかったよ。
 相変わらず、ルーファウスは意地を張る。そんなことは、聞くまでもないはずなのに。
(お前が一緒にいてくれるから、この現実に押し潰されないでいるんだよ。ありがとう)

 I wish you happy. 
 So I wish. 

 ―― We all wish them well. Happy birthday , young prince!――

= END =


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