7.

「ここはのどかな所だなあ。世の憂さを忘れて現実逃避するには、もってこいの所だ」
「皮肉はやめろ。何の用で来たのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
 ロケットの発射台まで雑談しながら歩いてきたアリスティードを、ルーファウスは怖い顔で睨み付けた。
「そうだな。こんな所まで来れば、聞き耳を立てるヤツもまずいないかな」
 あたりを見回し、人の気配がないことを確かめると、ロケット内部へと続く階段に腰をおろす。ため息をついて、ルーファウスも隣に座った。
「それで?ウータイの戦後処理で、何か耳寄りな情報でも?」
 気のない物言い。そんなに君は私と話をするのが嫌なのか?と、すかさずアリスティードがからかう。
「ああ、嫌だね」
 お前の話ってのは、昔からロクなことがないんだ。どうせ今回もそうなんだろう!? と、キッパリと言い切るルーファウス。
「そうだなあ……半分当たり、半分はずれってとこだな。確かに、ロクな話じゃない。だがな、ウータイじゃない。ミッドガルだ」
 途端にルーファウスの表情が変わった。険しい顔。一瞬、息を詰めるのが感じられる。
「――オヤジか?」
「そう、私の部下達は結論を下したよ。報告書、見るかい?」
 無造作に、アリスティードは書類をスーツの内ポケットから取り出して渡した。ごく薄い十枚にも満たないレポートには、目を覆いたくなる内容が記されていた。読み進むルーファウスの手が、かすかに震えている。アリスティードはそれを眺めながら、静かに話す。
「兵器会社ってのは大変だな。対ウータイ戦のために増設した工場は、この八年間に莫大な利益をもたらした。だが、戦争が終わればお荷物でしかない。民需に切り替えるのは、容易なことじゃないからな」
 蒼白な顔色のルーファウスに、少し気の毒そうに微笑して続ける。
「新たな戦争を始めなければ、神羅は従業員を大量解雇する必要に迫られる。しかし、今やこの世界に君の父上に公然と刃向かおうという国家は存在しない。戦いには勝ったが、素直には喜べない状況だな。ちなみに、うちは神羅にもウータイにも金を貸し付けている。勝者には工場増設のための資金を貸し付けて恩を売り、敗者には復興のための資金とノウハウを与えて感謝される。もちろん、見返りはいただくんだがね。戦争で一番得をするのは、結局我々金融界というわけさ」
「……戦争が起こせないから、代わりにテロを誘発しようだなんて。こんなやり方、間違ってる」
「そう口に出して言えるのは、君だけだぞ。その君がこんな田舎にいて何してる?もちろん、君の立場には同情するが」
「私にどうしろと言うんだ!何の権限もないんだぞ!? 何か言ったところで、オヤジが聞き入れるわけじゃないんだ。無責任に期待するのはやめてくれ!!」
「ふうん。つまり、疲れて逃げ出したわけか。もう少し、君は気骨のある奴だと思っていたんだがねえ。私の見込み違いかな?」
「今頃気づいたのか。三年前に気づくべきだったな」
「全く、初めて会った時から君は変わらないな。三年あれば、少しは成長するもんだろう?」
 皮肉のスパイスをたっぷりと利かせた言葉とは裏腹に、アリスティードは優しい目をする。
「そういう意地っ張りなところも、一人で責任感じて悩むところも、本当に変わらないよ。ルーファウス、君は少し肩の力を抜いた方がいい。そんな全力疾走してると、息切れするぞ?人生なんて、ゴールのないマラソンだ。君のやり方じゃあ、あっという間に過労死だぞ」
 悪かったな、過労死するタイプで。そう言ってプイッと横を向いたルーファウスに、アリスティードはひどく真剣に呼びかける。
「私が君に好意を持っていることは、君が一番よくわかってるだろう?人の話は、真面目に聞け。君を見てると、本当に危なっかしくてしょうがない。頼むから、自分をもっと大事にしてくれ。そう思っているのは、私だけじゃないはずだぞ」
 ルーファウスは、膝を抱えたまま黙り込んでいる。
「君は、いまの世界のあり方に絶望する人々の希望だ。――わかるだろう?星は、夜空でこそ美しく輝くものだ。君の居場所は、ミッドガル以外あり得ない」
 しばらく、間があった。アリスティードから目を逸らしたまま、ルーファウスはつぶやく。
「テロを装って気に入らない人間を殺したり、自ら起こした爆発事故を理由にテロ組織を叩き潰したり、アンダーの人間達にドラッグを流して彼らからなけなしの金をもぎ取り、犯罪発生率を引き上げ、治安維持部隊介入の口実を無理矢理作り出すようなオヤジに、どうやって立ち向かえと言うんだ」
「それを考えるのは、私の仕事じゃない。ただ、これだけは言っておこうか。君には、ブレーンが必要だな。君の有能さは、微塵も疑わないがね……。人一人にできることなんて、たかが知れてる。一人で考えたって、埒があかないことの方が多いだろう?君には、自分の身に代えても君を守ろうとする人々がついている。彼らは有能だし、万全の信頼を置ける逸材だ。だが、思考回路が君と同じなんだよ。というより、彼らに育てられた君が彼らと似てしまうのも無理ない、と言った方が正しいかな?」
「あまり人を好き嫌いして選り好むな、ってことだろう?」
「君が毛嫌いするタイプの人間の思考回路が、必要なことだってある。人の使い方に関しては、父上を見習うんだな」
 一瞬、露骨に嫌そうな表情をするルーファウスに、アリスティードは笑い出す。
「ほらほら。言ってるそばからこれだ。可愛いね」
「全然褒め言葉じゃないな、それ」
「おや?わかってるじゃないか。やっぱり君は、バカじゃないらしいな。個人の君に対しては褒めてるけどね。素直で無邪気だなってね。次期社長となるべき人間としての君へは、侮蔑だな」
「取りあえず、お礼は言うよ。ありがとう。でも、何故私のことをこんな風に気にかけてくれるんだ?わざわざ時間を割いてまで、忠告しに来るなんて」
「それは、私が資本家だからさ。優良な投資先には、誠実な対応と的確な情報提供を心がけているんだ。その点、君は超優良な投資先だからねえ。加えて、一番大口の取引先の次期社長だ。大事にしといて損はない」
 ケロリとして言い切った青年の顔を、ルーファウスは穴があくほど見つめた。だが、アリスティードの取り澄ました表情が崩れることはなかった。
 ――ポ−カーフェイス。それは、ルーファウスが身に付けねばならない必要不可欠の護身術だった。青年は、そのいいお手本といえた。
「ところで、慌ただしく出発するのも何だな……。せっかく久しぶりに会えたんだ。君のいれた美味しい紅茶でも飲むとするか」
「相変わらず、勝手なヤツだな」
 そう言いながらも、シエラの厚焼きクッキーが美味しいと嬉しそうに話し出すルーファウスである。
 二人の笑い声がだんだん遠ざかっていくのを確認して、シドはロケットの中から姿を現した。
 いつもの整備を終えた後、何となくルーファウスと顔を合わせるのが嫌で、ロケットの中で昼寝をしていたのだ。話し声にふと目を覚ますと、その顔を合わせたくない当の本人と見知らぬ青年とが何やら深刻そうな話をしている。距離があるので内容までは聞き取れなかった。別に立ち聞きしたわけではないのだが、出ていくのは少し気まずいものがあったのだ。
「あいつ、何モンだ?どうもどこかで見たような面してたな」
 つぶやいて、ハッと気づく。ルーファウスの客ということは、当然もてなすのはシエラなのだ。
「じょっ、冗談じゃねえ!あんなボンボンのダチだなんて、どうせロクでもない奴に決まってる。そんなのとシエラを一緒にしておけるか!!」
 ルーファウスがこれを聞いたら即座に友人であることを否定するだろうが、シドは本気でシエラの心配をしているのだった。