This Side of Paradise


1.

「やっと着いたな。『ピザ』とは違って、空気がおいしい――」
 大きくのびをするルーファウスを眺め、微笑むツォンだ。
「一週間も仕事をしなくていいのかと思えば、余計なんじゃありませんか?」
「それは、お前だろッ!」
 図星を指されたルーファウスは、顔を赤くした。仕事をしなくていいからではなく、誰にも邪魔されないでツォンと休暇を過ごせることが嬉しかったのだ。
 ここは、数ある別荘の中でも特に静謐な環境にある。山に囲まれた湖に臨む瀟洒な造りの別荘はキーヤの趣味を最大限に取り入れたもので、田舎に似合わない優雅で気品あふれる内装だった。
 近くには町も村もなく、完全に外界とは切り離されている。まさにその点が、キーヤの気に入られたわけなのだが――ルーファウスの目的にもかなっていた。
 ツォンが久々の長期休暇を取るというので、無理矢理スケジュールを合わせて自分も取ることにしたと聞かされた時、最初は驚いたツォンだったが、すぐにああそうか、と気づいて微笑んだ。
「旅行しましょう」
 言い出したのは、ツォンの方だった。
 青い瞳が、こぼれ落ちそうなほどに見開かれる。全く予期しない言葉だったのだろう。
「キーヤ様がお好きだった別荘――あそこは、静かでいいところですよ。行きませんか、二人で」
「二人?」
 怪訝そうに自分を見つめるルーファウスを、ツォンは抱き寄せてささやいた。
「ええ。二人きりで」
 瞬間、頬が染まったルーファウスを、愛しいと思わずにはいられない。黄金の髪を梳きながら、ようやく手にした幸福を噛みしめる。
「――愛してます」
「真っ昼間からオフィスで言う言葉か!?」
「だから、そうしてもおかしくない所へ行きましょうと言ってるんですが?」
 理論に、破綻なし。そう言いたげなツォンに、ルーファウスは呆れたものだ。
 だが、実際に計画を立てて休暇が近づいてくると、そわそわしていたのはルーファウスの方で……。あまりの機嫌の良さに、今度の休暇に副社長は一体何をされる予定なのかと、秘書達は首を捻っていた。
 その、待ちに待った休暇がようやく訪れたのだ。ルーファウスが浮かれていたとしても、それを責めることは誰にもできないだろう。
「すごいな……。絵の中の景色みたいだ。ミッドガルとは大違いだ」
 バルコニーからは、湖が一望できた。新緑の季節とあって、緑が目に鮮やかだ。
「あの湖、まるであなたの瞳のような色ですね。透明で、深い青。――吸い込まれそうです」
「湖にか?」
「いいえ」
 そう言って、ツォンはルーファウスに口づけた。
「あなたの他に心を奪われるものなど――あるはずがない」
 先程よりも長い、情熱的なキス。
 繰り返されるうちに、全身から力が抜けていくのをルーファウスは感じていた。やがて、自力で立っていられないとでも言うように、そのしなやかな身体をツォンに預ける。
「……この続きがしたいんだけど」
 消え入りそうな声でねだるルーファウスを、ツォンは笑いながら抱きかかえ、ベッドまで運ぶ。横たえられて、羞恥のあまり頬だけでなく耳までバラ色に染めているのが、ひどく愛らしいものに思えた。スーツに手をかけると一瞬ビクッと身を強ばらせたのが、またかわいい。
「そんなに恥ずかしいですか?」
 こくん、とうなずくルーファウス。こんな素直な彼など、普段の生活では到底お目にかかれない。
「では、そう感じなくして差し上げますね」
 首筋にキス。透き通るような肌を、ツォンの唇がすべっていく。
 ルーファウスが睫毛を震わせてこたえるようになるのに、そう時間はかからなかった。
 休暇は、まだ始まったばかりである。