Loveless


1.

 ――母の名はジェノバ。俺を生んで、すぐに亡くなった。だから、俺には母の記憶がないんだ。
「へえ、あんたって……ちゃんと人間の母親から生まれてるんだ」
 英雄扱いされてからというもの、こんな風に俺に口をきく奴はいなかった。皆が俺のことを言う。英雄――人間離れしたバケモノ、と。
 こいつはぞんざいな口のきき方をするが、少なくとも俺のことをバケモノ呼ばわりはしない。それが、俺の心を軽くするのかもしれなかった。
「ゴメンゴメン。何だか、いまの言い方ヘンだったよな。何ていうか、あんたってさ……ものすごくキレイだから。親の顔、想像しにくいんだよなあ。俺なんて庶民の中の庶民! おまけにド田舎の出身だもんなあ。もうあんたがうちの親見たら腰抜かすぜ? これが同じ人間か!? って」
 おどけて言うザックス。こいつを見ていると、本当に飽きなかった。これで俺と同じクラス1stのソルジャーだというのだから――。
 人は見かけによらないものだ。
「でもさあ。きっとお母さん、人間離れしてキレイな人だったんだろうなあ。さもなきゃ、あんたみたいなの生まれるわけがない。――あそこの誰かさんみたいにさ」
 ザックスは、エアポートにあごをしゃくった。
 たったいまゲルニカから降りてきたのは、彼らとそう年の変わらない青年だった。白いスーツに、鮮やかな金髪が見る者の目を奪う。背後の迷彩色を施された無骨なゲルニカの機体の前で、青年の姿はいっそう優雅に、華麗に映る。
「――ルーファウス神羅か」
「二十歳になったら副社長になるって聞いたぜ。そして、いずれは世界の支配者かあ。俺達なんて、一生神羅のために働くしかない、ってのになあ。あの坊っちゃんは、生まれながらにこの世の全てを手に入れてるんだ。どんな気持ちだろうな?」
「知るか。それより、そろそろ出発の準備をしないと。もう召集はかけたのだろう?」
「ああ。整列させて、点呼をとるよ」
「任せる」
 ウータイ戦役のあと、ソルジャー部隊に下される命令はロクでもないものが多かった。中でもとりわけ嫌だったのは、神羅に反抗するグループの立てこもる集落を壊滅させる、というもので……。
 一体、これまでにいくつの町や村が地上から消えたことだろう。無抵抗の女子供や老人を手にかけるのは、後味の悪いものだった。
 いまから出動しようとしていたのも、そんな嫌な任務のためで――滅入る気分を、底抜けに明るいザックスと話をすることで紛らわせようとしていたのかもしれない。
 プレジデントの一人息子の到着とソルジャー部隊の出発が重なって、ジュノンのエアポートは、人の流れが激しくなっていた。その中を、ゆっくりと歩く。
 整列した部隊の点呼をキビキビとかけているザックスの傍らに、興味深げな表情でそれを眺めている者がいた。心なしか、いつもよりソルジャー達も緊張しているように見える。その緊張は、自分が現れたことでますます高まった気がした。
「――タイミングばっちりだな、セフィロス! いま終わったとこだぜ」
 屈託なくそう言ったザックスにご苦労と言いながら、見物している青年に声をかける。
「我々は、見せ物ではないのだが」
 すると、少し驚いたように青年は目を見開いて、次に肩をすくめた。
「見せ物だなんて……。オヤジご自慢の精鋭を、そんな風に思ったりしないよ」
 にっこりと微笑んで、更に続ける。
「ただ、そうだな――。私は美しいものが大好きだから、つい見とれたのは認めるけど。別に容姿にじゃない。よく訓練されていて、ムダのない動きだと感心していただけだ。――もっとも、君は別だけど?」
 前髪が風になびいて、目にかかる。それをかき上げる動作が、妙に艶やかだった。
 白く細身の手。しなやかな、長い指。よく手入れされた爪。間違っても、ソルジャーのように手のひらに武器を握るためのマメなどないだろう。
 支配者とは、こういうものか。
「お、おい……セフィロス。目が怖いって、お前」
 ザックスが小声で言う。肘で小突きながら、彼は青年にとりなしている。
「あのう――すいません。どうもミッション前は、ピリピリしてて。いつもはこんなじゃないんですけど。なあ、セフィロス?」
 勝手にしろ。全身でそう答える俺に、ザックスはため息をついた。
 クスクスクス……。笑い声がする。見ると、ルーファウスが身をよじっていた。
 ――笑い上戸なのか?冷たい視線を投げかけても、一向に笑いは止まらなかった。しばらく笑い続けていたが、出迎えの人間に呼びかけられてようやく笑うのをやめた。
「――ルーファウス様! まだこちらにおいででしたか」
「ああ、ツォン。出迎えご苦労」
「セフィロス……?」
 訝しげに、タークスの主任は俺とルーファウスとに視線を走らせた。
 何があったんです? そう言いたげに、ルーファウスを見る。
「ああ……。いや、何でもないんだ。いつもと立場が逆だな、と思っただけさ」
「は?」
「つまり、私は自分がそうされるのを毛嫌いしているくせに、セフィロスのことを『何てキレイなんだろう』と思って眺めていた。彼が怒るのも無理ないよな」
「はあ?」
 ザックスとタークスの主任から、同時に声が上がった。
「――時間だ。行くぞ」
 ハイウィンドに向かって歩き出した俺を、あわててザックスが追ってくる。
「我々は任務がありますので。――失礼いたします!」
 乗り込む時、チラッとルーファウスを見た。彼はにこやかに笑い、手を振っていた。そばには、彼を守護する者。
「……あの時と同じだな。変わらない」
 俺のつぶやきが聞こえたのか。ザックスはえ? と聞き返した。
 それには答えず、俺は遠い日の出来事を回想していた。
 初めて「母」がいない悲しみと孤独を味わった、幼い日のことを――。