1. 「あ〜、疲れたぁ。ねえねえ、ひと休みしようよぉ〜。もうここまで来れば神羅兵もウロついてないって!」 一行の中では一番若いはずのユフィが、情けない声を上げてペタリと木陰に座り込んだ。それを見て、エアリスがクスクスと笑う。 「私も疲れちゃった。ね、クラウド。休憩しましょうよ」 クラウドは普段から愛想がいいとは言いかねる青年だが、明らかにムッとした表情でユフィを睨んで言う。 「お前、武術の国の人間だろ? もっと身体鍛えとけよな」 「あのねえ! クラウドと一緒にされちゃ迷惑だよ。ソルジャーは普通の人間とは違うんだって言ったのは、クラウドだよ!?」 「それにしても、お前は軟弱なんだよ。すぐにお腹空いた〜だの、喉が乾いた〜だの。多過ぎだ!」 「ムカつく〜っ! 何よ! 自分はセフィロスのストーカーのくせして。ちゃんと跡を追ってるんだから、それでいいじゃんか! 見失ったのは、あたし達のせいじゃないよ!?」 「何だと!?」 「――ね。クラウド、あなた自分じゃ気づいてないかもしれないけど。ユフィにきつく当たるのは疲れてる証拠よ。ここで今日は休みましょう。ちゃんとテントを張ってゆっくり寝れば、明日からまたペースを取り戻せるわ。ここから先は、人が住む町や村がますます少なくなっていくようだし。お願い」 「エアリスに私も賛成よ。クラウド、焦る気持ちはわかるけど……幸い、私達どういうわけか神羅からは監視されてないし。バギーもらってからずい分楽になったけど……ニブル山からは歩きづめだったもの。そろそろ疲れだって出てくるわよ。ね〜、みんな?」 「ティファの言う通りだぜ。よう、クラウド。こりゃ全員一致の意見だな。――あんたはどうだ、ヴィンセント?」 「……私の記憶が確かなら、この先に人家は無かったはずだ。だが、どうやら眠っている間に変わったらしい」 そう言って、ヴィンセントは山あいのある一点を指した。かすかに煙が立ち上っている。日は中天に差しかかろうとしている時刻だから、明らかに昼食の支度をしているのだろう。 「わあっ! 村だよ! テントじゃなく、まともなベッドで寝れるかも。行ってみようよぉ〜」 途端に元気になったユフィ。クラウドは、肩をすくめて首を振るしかなかった。 村に着いた一行を、人々は不吉な物でも見るような目で遠巻きに眺めている。 最初、ユフィとナナキが「どっちが一番乗りか、競争しよう!」と元気良く走り込んで行った時は態度が全く違っていたのだ。人々は突然の闖入者にひどく驚いていたが、すぐに「旅人とは珍しい。どこから来たんだ? どこへ行くのか?」となごやかにお喋りを始め、ユフィがウータイの出だと知ると「それじゃあ、今夜はうちに泊まっていきな」とまで言ってくれたのだ。 ところが、ユフィが「ありがとっ。でもさー、あたし達まだ仲間いるんだよね。全員はおばちゃんの所に泊まれないよ」と笑い、ようやく追いついてきたクラウド達に向かって手を振るやいなや。 「――あの目。魔晄の色だ」 「ソルジャーだっ……!」 「カンパニーのヤツが、一緒にいるじゃないかっ。あんた、アイツが何者か知ってるのかい!?」 ――と、口々に不安と恐怖の念を言い立てるのだ。 「ねえ、ユフィ。何だか様子がヘンだよ?」 尻尾をピンと立て、警戒態勢に入るナナキ。 「クラウドのこと、みんな怖がってるみたいだね。まあ確かにあいつは元ソルジャーだけどさ」 わけがわからず、ユフィは困り果てた顔でナナキに話しかけた。すると。 「――出てけ! ソルジャーは帰れ!」 幼い子供達が、石を投げ付け始めた。別に大人に扇動された様子はない。どころか、いままで恐怖の目でクラウドを眺めるだけだった大人達までが石投げに加わった。 「帰れ、悪魔!」 「私達の故郷を返してよ!」 「神羅の犬が!とっとと帰れ!」 その憎悪は、生半可なものではない。だが、ユフィには敵意を持っていないらしい。突然のことにただ驚くエアリスやティファの姿を見ると、一斉に石を投げるのをやめる。 そして、心底心配そうな表情で言う。そんなヤツと一緒にいるんじゃない。さあ、こっちへおいで! と。 「……よくわかんないけどさー、どうもクラウドのことが気に入らないみたいだね、この人達。何があったんだろう?」 「それはの。この村の人間が皆、神羅カンパニーに国を滅ぼされた者ばかりだからじゃよ」 背後から急に声をかけられて、ユフィは飛び上がって驚く。 「じいさん、あんた誰?」 「わしは村長をしておる。ユフィ殿……ウータイの出だと申されたが。失礼じゃが、名字は?」 「キサラギ……ユフィ・キサラギ。それがあたしの名前。でも、何故そんなことを?」 「おお、これは。お父上の名は、ゴドー殿。そうじゃな?」 「えっ? じいさん、あんた何者なのさ!?」 「ウータイの姫がご一緒とはの。あの青年とは、一体何故?」 「それなんだけどさー。クラウドは元ソルジャーなんで、いまは神羅とは何の関係もないんだ。っていうか、追われてる身。あたし達、実は……」 「ウータイの姫君ともあろうお方が、テロリスト達と行動を共にされるとは。お父上が嘆かれますぞ?」 「ユフィって、お姫様だったの?」 「チッ。じいさんたら、余計なことを……! いいかい、ナナキ。この事はみんなには内緒だからね!」 「う、うん。わかったよ」 ユフィの凄まじい剣幕に、ナナキは大人しくうなずいた。 「とにかく、話を聞きましょうか。――皆、やめんか!」 村長に一喝されて、村人達は石を投げるのをピタリとやめた。 「申し訳なかったな。さあ、わしの家へ来られるが良い。皆も、わしが事情を聞くまでは手を出してはいかんぞ。良いな?」 「そりゃあ、村長がそうおっしゃるなら……。なあ?」 「ソルジャーが村の中にいるのは気にくわねぇが、仕方ないな」 不承不承、人々は散って行った。最後まで残っていた幼い少女が震えながらクラウドを凝視しているのが、ユフィには痛々しく感じられた。 「――さて。村人達の無礼は、わしが代わって謝る。この村は、いまから二十年近く前に神羅に国を滅ぼされて、辛うじて生き残った者達が住む隠れ里でな。その後、魔晄炉の爆発事故で故郷を失った者や魔晄都市での生活に疑問を抱いた者が、いつの間にか移り住むようになっての。子供達は、親や村の老人から繰り返し国が滅ぼされた時の事を語り聞かせられている。神羅のソルジャーが、戦いでどんなに容赦なく人を殺したか……。最後まで戦い抜き、捕らえられた者達が、見せしめのために無惨な刑死を遂げたこと……。逃れられずに捕らえられた非戦闘員が科学部門にサンプルとして送られ、彼らの姿を再び見ることはなかったこと……。戦いを知らない子供でも、この村の者なら神羅への憎しみと神羅の象徴としてのソルジャーに対する恐怖は、いやというほど身に染みている。あんたの目は、魔晄に染まっているからの……。悪いが、あんたはこの家から出歩かないようにしてくれんかのぅ、クラウド殿?」 「事情はよくわかった。ということは、今晩はここに泊めてもらえるのか」 「ユフィ殿はウータイの出。わしらの祖国の最後の元首の奥様はな、ウータイの方じゃった。あの方が生きていらっしゃれば、あるいはプレジデントは――国を攻め滅ぼすのを躊躇したかもしれんがの。何しろプレジデントは奥様に……いや。お前さん達には関係ないことじゃな。いまは昔の話じゃ」 「じいさん、あたし達は? じいさんの家に泊めてくれるの?」 「ユフィ殿、それにエアリス殿とティファ殿は、ブリジットの家に泊まるといい。あの家には、いまブリジットと娘のメグしかおらんでの。娘さん達を泊めるには、一番ふさわしかろう」 「わかりました。その家まで、案内して下さいますか?」 立ち上がったエアリスに、ヴィンセントが続く。 「私が場所を見ておこう。バレットは装備の確認を頼む。足りない物があれば、ここで買っておいた方がいいだろう。ケット・シーは、このあたりの地理を調べて欲しい。私もすぐに行く」 「わかったよ。さて、そうと決まれば荷物をバラして整理するか」 「ほな、ついでに黒い男の情報も聞いてきますわ〜」 出て行く二人を見送りつつ、ナナキが尋ねた。 「オイラは? 何も手伝わなくていいのかな?」 「そんなことはない。お前は、外に出られないで退屈なクラウドの話し相手になってやれ」 「あははっ。それもそうだね。わかった、オイラここにいるね」 「すまないな、クラウド」 「別に。不必要に村人を怖がらせたくないからな」 いつもの、肩をすくめるポーズで淡々と言う。だが、心中はどうなのか。一瞬顔を見合わせた後、村長に連れられて部屋を出て行く四人だった。 「あれ、おばさん!」 「そんなとこに突っ立ってないでお入り。メグ、ほら、ごあいさつは?」 メグと呼ばれた幼い少女が、先ほどクラウドを震えながら凝視していたのをユフィは思い出す。 「今晩お姉ちゃん達、ここに泊まることになったんだ〜。ヨロシクね!」 屈んで目線をメグに合わせると、ユフィはにっこり笑って手を差し出した。 「……お姉ちゃんは、カンパニーの人じゃないんだよね?」 「違うよ。だから、安心して。ねっ?」 「うんっ!」 「このお姉ちゃん達も、神羅とは関係ないからね。一晩だけど、仲良くしてね!」 「うん。あのね、さっきのこと……」 モジモジする少女に、どうしたの?とエアリスとティファが微笑む。 すると、いかにもばつが悪そうにうつむいて、少女は二人に石を投げてごめんなさい、と謝った。 「いいのよ。村長さんからお話は伺ったわ。クラウドのこと、ソルジャーだと思ったんでしょ? 以前は確かに彼、ソルジャーだったから。仕方ないわ、ここの人達がいい感情を持てないのは」 「さあさあ、辛気くさい話はこれでおしまい。あんた達、疲れてるだろ? 少し休んでな。――メグ。料理の支度を手伝っておくれ」 「はぁい、お母さん」 「あら、私達も手伝いますわ。ね、ティファ?」 「ええ。私、これでもミッドガルではお店でカクテルとお料理を作ってたんですよ」 「まあ、そりゃあたいしたもんだねぇ。でもね、ここでは魔晄は御法度だから。薪や炭で調理するのは、慣れてないだろう? だからね、後片付けを手伝ってくれればそれでいいよ」 「そうですか? じゃあ、私達でできることがあれば遠慮なく言って下さいね。じゃがいもの皮むきとか」 「ありがとうよ。あとで声をかけるから。それまで、奥の部屋で休んでいていいからね」 いかにも人の好さそうなブリジット。三人はその好意に甘えることにして、通された部屋のソファでうたた寝を始めた。 一方、地図を買ったケット・シーとヴィンセントは――。 「あ〜あ。隠れ里や言うだけあって、ここから先は見事にナンもないなぁ。見てみぃ、ヴィンセントはん」 「――バギーがあればな」 「まあ、仕方ないけどな〜。あれでニブルの山越えはムリや」 「我々とセフィロスの距離は、そう離れていないとは思うが……。この先、北上を続けるとロケット村がある。神羅の息のかかった人間ばかりなのが気にかかるが、取りあえずそこまで行くしかないだろう」 「ロケット村ねえ。神羅が宇宙開発を盛んにしてた頃は、よく耳にした名前ですわ。いまはさぞ寂れてるんちゃいますか?」 「どうだかな。私が眠りについた頃は、ロケットではなく飛行機の試作とパイロットの訓練をしていたものだが」 「三十年近く前でしたっけ、ヴィンセントはんが神羅屋敷に閉じ込められはったのは」 「ああ。終わることのない償いの時の始まりでもある……」 遠い目をするヴィンセントに、ケット・シーは困ったなと言いたげに頭をかく。そのロボットらしからぬ人間臭い動作に、ヴィンセントは笑みをこぼす。 「時々、お前がロボットではないように思えるのは不思議だな。いまのような仕草を見ると、中に人が入っているんじゃないかと疑いたくなる」 「ヴィンセントはん! そりゃないで〜。第一、こないなモン着ぐるみする人間だなんて、そいつの気ィしれへん」 「ハハハ……!」 ヴィンセントが声を上げて笑うなど、ついぞ見たことがない。ケット・シーは驚いてデブモーグリからずり落ちそうになった。 と、その時。遠くから、かすかに爆音が響いてくる。耳を澄ます二人だったが、どうも音がだんだんに近づいて来ていることからすると……。ヘリがここを目指していると考えるのが妥当だった。 「一体この村に、神羅が何の用なんだ?」 まさか、自分達を追ってきたとは考えにくかった。エアリスの話ではルーファウスはセフィロスを追うことにし、彼女に対する興味はいまのところないらしい。 この世界で、しかもこんな人里離れた場所で飛んでいるヘリコプター。ミッドガル近郊であれば、どこぞの大企業の忙しい会長だか社長の自家用機ということもあるのだが。 場所が場所だけに、神羅のものである可能性が高かった。 「とにかく、村長に報告だな」 ヴィンセントはマントをひるがえし、ケット・シーを引き連れて走り出すのだった。 |