2.
「大丈夫ですか?」
「……疲れた」
 服も脱がずにぐったりとベッドに身を投げ出したルーファウスを、ツォンは心配そうに覗き込む。
「情けないな。緊張してたらしい。……身体が、熱い」
「コンサートの後、すぐにあなたの社長就任披露パーティーでしたから。無理ありませんよ」
「おまけに、少し酔いが回ってる。くそっ! あの忌々しい左回りのステップのせいだ」
「新年に踊るワルツは、古式ゆかしく左回りと決まっています。いつもと逆で、慣れていないので疲れたんでしょう」
「……シャンパンなんて、もう当分飲みたくないぞ」
 不機嫌な声で言うルーファウスに、ツォンはやれやれといった調子で話しかける。
「さあ、服を脱いで下さい。お疲れなのはわかりますが、そのままではお休みになれませんよ? 第一、スーツが皺だらけになってしまいます」
「お前、脱がせるのは得意だろう。何とかしろ」
 私はもう指一本動かすのも嫌だ。そう付け加えたルーファウスはひどく眠そうで、本当にこのまま寝入ってしまいそうだった。
「仕方のない人ですね。触っても、くすぐったがらないで下さいよ?」
「ヘンな真似はするなよ」
 それなら、自分で着替えればいいものを。そうはしないで自分任せにする所が、いかにもルーファウスらしいなとツォンは思う。苦労してまず上着を脱がせるとハンガーに掛け、次にスラックスを脱がせようと手にかけた時。
 ――ルーファウスが、拒絶の意思を示した。
「上着だけでいいだろ?」
「馬鹿なことは言わないで下さい。それで一晩寝られたら、服がたまったもんじゃありませんよ。あなただって、そんな窮屈な格好。寝苦しくて、妙な夢でも見たら嫌でしょう?」
「いちいちウルサイぞ」
「あなたのことは、あなたご自身よりよくわかっているつもりですが」
 ため息をついたツォンは、片方づつ足を持ち上げて器用にスラックスを脱がせていく。それを眺めるでもなく、ボンヤリとされるがままになっているルーファウスが、ポツリと呟いた。
「何だかこの格好、やらしくないか?」
「……ルーファウス様。一体何がおっしゃりたいんです?」
「別に。思ったことを口にしただけだ」
「そうですか」
 目を閉じて眠りの淵に落ちていくルーファウスからは、世界を意のままにできる支配者の貌が感じられなかった。繊細な顔立ちは、むしろ頼りなげで儚さすら感じさせる。
 しばし寝顔に見入るツォンだったが、ルーファウスを着替えさせる途中だったことを思い出し、再び手を動かす。だが、パジャマを着せようとしたツォンに対し、ルーファウスは「いらない」と気だるそうに言った。
「風邪をひきますよ?」
 呆れながらもルーファウスの身を気遣うツォンだったが、ルーファウスはそんな反応を楽しむかのように笑う。
「お前にひっついていれば暖かいから大丈夫。それより、脱がせるなら最後までちゃんとやれ……」
「あなたという方は……!」
 頭痛のしてくるツォンに、この愛らしい恋人は追い打ちをかけることを忘れない。
「……でも、これ以上疲れるのは…今晩はゴメンだからな」
 余程眠かったのか。そう言い終わったルーファウスに、意識は既に無かった。
 幸せそうな微笑みを浮かべて眠りを貪る恋人を抱きしめながら、自分はなかなか寝付けないだろうなと苦笑するツォンだった。

 翌朝。目覚めた時、隣りにツォンがいるのでルーファウスは大層ご機嫌である。
 多忙なツォンのことだ。自分が目覚めるのを待つことなく、手早く支度をすませてそっと部屋を後にするのが常だった。
 しかし、今日は違う。一日中側にいられるとあって、ルーファウスは上機嫌で予定を並べ立てる。
 ツォンはそんなルーファウスを可愛いと思う。素直に自分と一緒にいられることを喜ぶ彼が、愛しくてならない。
「それから――ツォン!?」
 話を聞きながら自分の髪を優しく撫でていたツォンに突然組み敷かれて、ルーファウスは狼狽する。
 そんな様子が相手には堪らないのだということに、本人は全く気づいていない。
「素敵な予定ですね。でも、まず最初にしたいのは――」
 そう言って、首筋にキスをするとそのまま下へと唇を滑らせていくツォンに、ルーファウスは戸惑い、抗議の声を上げる。
「ちょっ……ツォン! 朝から、こんな……明るいし…や……だ」
 唇が触れる度に、ルーファウスの身体がピクッと反応する。相変わらず感度のいいことだとツォンは感心した。
 このところしばらく、会えない日々が続いていたのだが。ルーファウスはジュノンへ長期出張を命じられていたし、自分は社内に存在するアバランチの協力者を割り出し、彼らを人が不審を抱かない方法で始末しなければならなかったのだから。プレジデントの突然の死でルーファウスの側に戻ることはできたが、彼は傷の治療に専念しなければならず――こうして愛し合うのは久しぶりのことだったのだ。
「明るいのはお嫌いですか?」
「恥ずかしい……」
 手で顔を覆い、かすかに首を振るルーファウスはツォンの征服欲を駆り立てる。
「あなたの綺麗な身体がよく見れて、私は嬉しいですよ」
 一層熱を帯びていく愛撫に、ルーファウスは喘ぎを抑えられない。それでも、絶望的な抵抗を試みる。
「シャワー……浴びてない…から…お願い……や…め……」
「構いませんよ、そんなことは」
 それに、あなただって本当は嫌ではないのでしょう? と笑い、ルーファウス自身を握りしめる。
 慣れた手付きで扱いてやると、それはたちまち屹立した。
「あなたより身体の方が素直ですね……。そんなところも、まるで変わらない」
 ルーファウスはきつく目を瞑って快感に睫毛を震わせていた。興奮に、全身がバラ色に染まっていく。
 間断無く上がる嬌声は艶やかで、ツォンは腰が疼くのを感じた。
 いますぐにでも、中に押し入りたい……。だが、自らの欲望を優先させればルーファウスを傷付け、苦痛を味わわせてしまうだろう。そんな真似はしたくなかった。
 ツォンはルーファウスの腰の下に枕を宛うと、彼が起きる前にナイトテーブルに置いたローションを手に取った。
 絶頂に登り詰める途中で梯子を外された形のルーファウスは潤む瞳でツォンを見つめ、続きを催促する。
「辛いですか? ――いま楽にして差し上げますからね」
 その言葉に、これから与えられる快楽を予想したルーファウスがサッと顔を赤らめる。
 汗で額に張り付いた前髪を手で梳いてやりながら、ツォンは意地の悪い宣言をした。
「時間はたっぷりある。今日はじっくり可愛がってあげますよ……ルーファウス様」
 中断していた行為を再開し、同時に後ろをほぐすべくたっぷりとローションを塗り付けた指を侵入させる。
 液体の冷たさに一瞬身を竦ませるルーファウスだったが、内壁を傷付けないよう細心の注意を払い探っては抉るツォンの指の動きに、次第に快美を訴え始める。その様子を見て、ツォンは指の数を増やしていく。
 やがてルーファウスが息も絶え絶えに、涙目でツォンに哀願した。
「お願い……もう…限界……。前…解放……し…て…」
 前立腺を刺激し、根本をきつく縛めていた指を弛めてやるとルーファウスはあえなく絶頂に達し、熱い精を吐いた。肌に散った粘液を拭き取ってやりながら、ツォンは埋めていた指を引き抜いた。
「っ……!」
 思わず腰を浮かせるルーファウス。快感の余韻で、まだ大きく肩が上下している。
 ツォンは半身を起こしてやると自分にもたれかけさせ、背中を撫でてやった。
「今日は趣向を変えて、いろいろ用意した物がありますから……。楽しみにしていて下さいね」
 不安げな表情でルーファウスが自分を見つめた。ツォンは笑ってナイトテーブルの引き出しを開ける。
 取り出された物を見て小首を傾げるルーファウスは可愛らしく、ツォンは抱きしめてそっと囁く。
「大丈夫。あなたを傷付けるようなことはしませんから」
 その言葉に嘘は無いのだろうが、だからと言って安心できるわけでもない。一体、自分はあと何度達すれば彼を満足させられるのか……。
 ツォンにはわからないよう、そっとため息をつくルーファウスである。

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