My Love , Joy of my Desiring



1.
 その年。コンサートホールは異様な熱気と興奮に包まれていた。
 ついでに言うなら、物々しい装備をしたソルジャーと一般兵が十重二十重にホールを取り巻く厳戒態勢にあるため、人々の神経は否が応でも高ぶる。
 ミッドガル中の貴顕が一同に会する、新年恒例、元旦のニューイヤーコンサート。
 去年までは、それはある者にとっては退屈でマンネリズムの象徴のような行事に過ぎなかった。あるいは、ちょっとした小遣い稼ぎのタネにしている者さえいた。
 ニューイヤーコンサートの演奏に当たるのは、当代一流の指揮者とオーケストラ。その座席を確保するのは至難の業で、チケットはプラチナペーパーだった。ボックス席は名だたる富豪が代々受け継いでおり、外に流出することは無い。
 従って、外部に流通するのはほんの一握りの席しかなく、このコンサートに行けるというのはステータスの誇示にはもってこいだったのだ。
 王侯貴族が存在したのは遠い昔のことで、現在この世界には貴族社会は無い。しかし、富と権力は誇示してこそ真価を発揮するものだと考えている有力者達には、華やかに着飾ってスポットライトを浴び、貧民共を唸らせる場が必要だった。
 そこで考え出されたのがこのニューイヤーコンサートで、一部始終は神羅TVによって生中継で全世界に放送される仕組みである。
 男達は前世紀の遺物のような燕尾服を身に着け、女達は黒や赤のロングドレスにダイヤモンドを始めとして高価な宝石を惜しげもなく着けていた。
 大ぶりで豪華なデザインのジュエリーは、天井から吊り下がったシャンデリアの光を反射して眩く輝き、会場は様々な香水の香りと飾り付けられた大量の花々から放たれる芳香とでむせ返るほどだ。
 新年らしく明るい色の花々が飾られているのを見た人々は、昨年は暮れに来てどうなることかと案じたが、こうして何事もなくコンサートが開かれてホッとした。今年は良い年になるだろう――。
 そんな風に挨拶し合っていた。
 十二月にプレジデント神羅がテロリストに殺害されてから、まだひと月も経っていない。だが支配者の交代は混乱も無く行われ、人々の視線はロイヤルボックスに向けられていた。
 その到着を今や遅しと待たれているのは、プレジデント神羅の一人息子で父の死後その座に就いたルーファウスだった。
 去年までは幕間の休憩時間や演奏終了後のレセプションで、入れ替わり立ち替わり訪れる良家の子女達に無感動な目を向けていた青年は、今年支配者として人々の前に姿を現す。
 様々な令嬢との縁組みを噂されてきた彼だが、今年人々が彼に向ける関心はそうした浮ついたものではなかった。
「私は世界を恐怖で支配する」
 社長に就任した時の演説の文句は、人々の脳裏に鮮やかに刻み込まれている。
「私は、父とは違う。父のやり方を踏襲するつもりは、毛頭ない」
 それはよくわかる。この青年は副社長時代、父のプレジデントを常に批判し続けてきたのだから。しかし、それは奇異なことではないだろう。絶対権力者の跡継ぎというものは、古今東西そうしたものだ。ルーファウスはまだ若く、それを隠そうともしなかったので目に付きやすかっただけで。
 さて、これでようやく邪魔者はいなくなったわけだが、彼は何を欲し、どこへこの世界を導いていくつもりなのか。様々な憶測が飛び交う中での、初の公式行事への出席なのだ。人々が注目するのも無理はあるまい。
 白とピンクと淡いグレーを基調にした内装は優美で、天井は高く、ブルーを多用した天井画のお陰で室内にいるにもかかわらず、閉塞感はあまり無い。
 エントランスから客席、通路に敷かれた真紅の絨毯は、顔が映りそうなほど磨き抜かれた床の白大理石によく映えて、華麗な雰囲気を醸し出す。
 本来家紋のある貴族のみがさりげなく身に着けることを許された、金のシュヴァリエール。だがそれを左手の薬指にはめていない男を探す方が難しいほど、今夜ここに集まっている者達の間では流行っているらしかった。

「――去年にも増して気が重いな」
 会場へと向かう車の中で、今日主役と目されている青年は会場のこうしたスノッブな雰囲気が嫌でたまらず、ウンザリした声で呟く。
 隣りに座っている護衛の青年は、それを聞き逃さない。微笑を浮かべ穏やかな声で、諦めるんですね、そう長い時間ではありませんから、と宥める。
「三時間だぞ? 充分過ぎるほどだ」
 フン、と鼻を鳴らして窓の外を見つめる青年に、護衛の青年は「あなたはお変わりになりませんね」と笑う。
 すると、青年は向き直ってくってかかる。
 当たり前だ。社長になった位で何が変わるものか、と。
「そうはおっしゃいますが、普通は地位や境遇が変わると別人のようになるものです、ルーファウス様」
「――お前もか?」
 問い質す青年に言葉では答えず、護衛の青年は主であるルーファウスを抱きしめ、髪を撫でる。
「ホールに行くより、こうしている方がずっといい」
「それでは皆が困ります。……私も」
「ウソをつけ。お前が困ることなんか無いだろう? どうせ私はワガママな青二才で通っているんだろうしな」
「大人しくして下さったら、ご褒美をあげましょう」
「お前にかかると、私はいつまで経っても子供のままだな」
 そう自嘲してツォンを見上げるルーファウスだったが、その表情は決して怒ってはいなかった。何をくれる? と、いたずらっぽく目を輝かせている。
「そうですね……。私は明日、完全に予定を一日空けてありますが」
 それではいけませんか? と主であり、最愛の恋人である青年の耳にツォンは囁く。
「知ってる、そんなことは」
 猫科の動物を思わせる優雅さで、ルーファウスは両腕をツォンの首に絡ませるとクスクス笑い出す。
「もちろんその時間、全部私にくれるんだよな?」
 あまりに当然な事を確認するルーファウスに、ツォンは唇を重ねることで肯定したのだった。

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