Days after always


1.
「先輩、いつまでこれやらなくちゃいけないんですか? 私、もう飽きちゃいましたぁ〜」
「全部終わるまでだぞ、と」
「えーっ、でもぉ……」
「ルードを見習えよ、と。黙々と調べてるぞ? と」
「ルード先輩は、普段から無口じゃないですか。それよりレノ先輩、気のせいですかねえ。だんだん私の方に、先輩の分の書類が崩れてきてるような――」
「気のせい、気のせい。さ、お仕事だぞ、と」
「もう疲れましたぁ。腰痛いですぅ……。64階のフィットネスに行ってきちゃダメですかあ? こんな風に一日座りっぱなしなの、初めてですよぉ」
「そりゃあ鍛え方が足りないぞ。俺達だってデスクワークすることもあるんだぞ、と。何たって『調査課』だからな。しかし、雲をつかむような話ばかりなんだよな……今回みたいに。よく毎回まともな報告書を出してるもんだぜ。な、ルード?」
「……レノ。これは、お前の分のはずだぞ」
 何気なく書類の山をルードの方に移動させようとしたレノを、ルードは地を這うような低い声で制した。
「あーっ! やっぱり先輩、ズルしてたんじゃないですか。どうもおかしいと思ってたんですよねー。私、総務課の時はこういうことやらせたら、一番早かったんですもん。――レノ先輩。これで今夜の夜食は、先輩のおごりに決まりですよ。ね、ルード先輩?」
「……俺は、ヘルシー弁当にする」
「じゃあ私は、上カルビ弁当にします。あ、有機農法野菜サラダも頼んでいいですかぁ?」
「夜中にそんなもん喰ってみろ。いまにパルマーのおっさんみたいになっちまうぞ、と」
「でもぉ……もう飽きちゃいましたぁ、インスタントもの。たまには違うのを食べたいですぅ」
「お前……確か前に俺とツォンさんは違う、って言ってたよな?」
「だって、全然違うじゃないですか。ルックスからして違いますよね! ――レノ先輩みたいに軽薄じゃないですもん。いい加減自覚して下さいよね、先輩。先輩は、逆立ちしたってツォンさんみたいにカッコ良くはならない、って」
「どうして同じ生活してて、こう評価が違うんだ? と」
「……イリーナの主観だからな」
 先程からおしゃべりばかり盛り上がっていて、仕事の方は全くはかどっていないタークスの面々である。
 彼らは、資料室にこもって古い記録を調べていた――この三日間、ずっとである。
 社長命令は、「ジェノバ・プロジェクトについて、どんな些細なことでもいい。集められるだけの情報をかき集めろ」というものだった。しかし、同時に彼らの主任はこう命じていたのだ。
「クラウド・ストライフに関する人事記録を確認のこと。クラス1stのソルジャーに関しても、過去五年間の記録を確認すること。また、次にあげる人物・事件等について、可能な限り詳細なデータを揃えること。古代種(セトラ)、ガスト・ファレミス博士及びその妻イファルナと娘エアリス、ニブルヘイムの魔晄炉爆発事件、ジェノバ・プロジェクト――」
「でも変ですよねえ。何で突然二人とも、同じ事調べろって言うんでしょう? しかも、期限も同じ。それに部長は宝条博士の行方を探してるっていうのに、私達はそれはしなくていいなんて……。ちょっと不思議ですよね?」
 アバランチが暴れた際に一時的な混乱があったものの、翌日には機能を回復した本社ビルである。
 セキュリティが万全なはずの60階より上のフロアにいた社員達のかなりの者が、セフィロスに殺されてしまったのは皮肉な話だが……。
 ルーファウス自身も、クラウドにかなりの深手を負わされた。そのため、傷の治療に専念せざるを得なかったのだ。
 自らの手で父を葬り去って全権を掌握する――。この長年の夢をセフィロスによってあっさりと破られたルーファウスの機嫌は、すこぶる悪かった。その上、ベッドから動けない彼に向かってツォンはこう報告した。
「申し訳ございません。セフィロスの行方を見失いました」
 元はといえば、彼がセフィロスの行方を追って本社ビルを出た直後に、パルマーからプレジデント殺害の報を受けたルーファウスが戻ってきて、テロリストと闘うハメになったのだ。後悔に胸をさいなまれるツォンの表情は、暗かった。
 私がおそばにいれば、こんなケガをさせずにすんだのに――。
 自らをいくら責めても責めたりない様子のツォンを見ているのは、ルーファウスにとって辛いことだった。そして、余計にイライラするという悪循環を繰り返すのだ。
「もう一人、実は行方不明になっている者がおりまして。もう報告は受けられましたか? ――科学部門統括の宝条博士が、会社を辞めるとの書き置きを残して姿を消しました。セフィロスとの関係も含めて、いま彼の個人データを調査しているところです」
 これは、ルーファウスには初耳だった。眉をはね上げ、上半身を起こす。わなわなと震える唇からは、およそ彼にふさわしくない汚い言葉が吐かれた。
 ――レノあたりから、仕入れたか。ため息をついて、ツォンは言葉を続けた。
「やはり、部長は隠していたんですね。あなたから叱責を喰らうのが、殊のほか嫌らしい」
「――私は、社長だぞ! 社内のことに関して、全ての報告を受ける権利を有すると思うが!? ハイデッカーのヤツ、私のことを一体何だと思ってるんだ!?」
 そもそもが不機嫌なのだ。爆発の臨界点をあっさりと突破するルーファウスである。
 こうしてハイデッカーはベッドに呼びつけられ、いやというほど嫌みを言われ、冷笑され、挙げ句の果てには心の底まで凍り付くような視線にとどめを刺されたのだ。
「私は、社内機構の改革を考えている」
 世にも冷たい瞳で、ルーファウスは言う。
「私は能力のない者が大嫌いだ。まして、そいつが地位に見合った働きをしていないとなれば、尚更だ。私の憎悪と軽蔑を買いたくなかったら、君も自らを顧みることだな」
 いままで、ハイデッカーはルーファウスのことを甘く見ていたフシがある。どうせ実質的な権限は何も持たない、ただのボンボンだと。
 プレジデントは働き盛りで、頑健な肉体を誇っていた。引退など、本人もあと二十年は考えなかったろう。まさかこんな急に、ルーファウスが社長になるとは。
 ハイデッカーにとっては、大きな誤算だったと言うべきだろう。
「はっ。ではさっそく宝条の行方を突き止めるよう、タークスに――」
「ほう? 君には、自身が動くという発想はないのか。何も彼らを使わなくても、他に部下は大勢いるだろう」
「ですが――」
「それに、君にはもう一つ仕事がある。セフィロスの行方を追うという、重要な仕事がな。いずれにせよ、早く私に報告したまえ。私は、待たされるのが大嫌いだ」
「はっ! わかりました」
 神妙な顔でルーファウスの側に控えているツォンに憎々しげな視線を走らせ、ハイデッカーは出ていった。ベッドからルーファウスが動けないいま、他に自分の失態を告げ口した者がいるとも思えなかった。
(あの青二才が……! 社長のお守りとして長年そばにいて取り入ってきたのをいいことに、私を押し退けようという気か!?)
 全くの勘違いだが、それをルーファウスが知ったら更なる冷笑を浴びせただけだろう。
「人は、自らの物差しでしか人を計れないというが……。なるほど、小者の考えとはそういうものか」と。
 こうして、ハイデッカーは捜索に乗り出した。ルーファウスは、傷の治療を受けながら黙ってそのやり方を見ていた。
 さて、アバランチとの戦闘では、レノも負傷していた。本社のセキュリティ回復とルーファウスの警護――。
 ツォンとルードの二人では、いかにタークスが有能とはいえ、他に手も頭も回らないのが現状である。こうした状況に加えて以前から慢性的な人手不足ではないかと考えていたルーファウスは、誰もがあっと驚く決断をし、実行に移した。
 傷が癒えて社長として初めて本社に姿を現した彼が、まず最初にやったこと。それが、自分をタークスに抜擢するという快挙(他人には暴挙)だったのだ。
 しかも、ルーファウスはずっと働きづめだった二人のことを考え、タークス全員に特別休暇を出した。――実際には、社長就任パレードが行われた日とその翌日の二日間しか、味わうことができなかったが。
 ふう、とため息をついて、イリーナは大きく伸びをした。
「特別休暇に引き続いて、そのまま年末年始の休暇になればラッキィ、って思ってたのになあ。――それにしても社長、一体どちらに行かれたんでしょう?」
「安心しろよ、と。坊っちゃんとボスは、どうやら別行動みたいだぞ、と」
「……レノ先輩。それどういう意味です!?」
「だから、そういう意味。明日の朝にはこっちに戻るって、さっき連絡あったろう? それまでに、これ終わらせとかないとマズイぞ、と」
「ツォンさぁん……。私達、一体いつ休めるんですかぁ。……新年もここで仕事だなんて言ったら、私泣いちゃいますぅ」
 くすん、とイリーナはマグカップを両手ではさんでぼやいた。
 マスタートンベリの柄のマグカップ。それは、ひどい二日酔いの朝にサイドボードに置かれていたもの。箱にはリボンがかけられ、メッセージカードも添えられていた。
 カードを読んだ瞬間、泥のように濁っていた頭がクリアになった。それは、彼女の敬愛するボスからの贈り物。がんばっている彼女へのご褒美だったのだ。
 ミッドガルへ戻ってから、イリーナはこれを職場で使っていた。ご機嫌なイリーナだったが、さすがに資料室に缶詰めになること丸三日ともなれば――昨日から年末年始六日間の休みに入り、本社は不気味なほど静まり返っている――泣きたくもなるというものだ。
「じゃあ、メシにするか? 頼んでくるから、ここのロックは任せたぜ。まさか、こんなとこで食いたくないよな? と」
「……ああ」
「上カルビですからね、レノ先輩! 有機農法野菜サラダ付きで!」
「わかった、わかった。――どこで食べるんだ、と」
「私、社長室がいいです!」
「あ? 何だって!? もう一度言ってみろよ、と」
「だって、プライベートルームに入るわけじゃありませんよぉ。
 ミッドガル一夜景のキレイなところだと思うんですけど。――ダメですかあ?」
「……椅子を運ばないと駄目だな」
 ポツリと言ったルードの言葉に、イリーナははしゃいでいる。
「じゃ、そういうことで! ――あ! ちょっと待って下さい。一人忘れてました」
 あわてて内線をかける。やがて、探し人が出たらしい。キャピキャピした声が、深夜のビルに響く。
「あ? リーブ部長ですかぁ? やっぱりいらしたんですね。実は私達、これから夜ご飯なんですけど。一緒にいかがですか? ――えっ? 私ですかぁ!? それが、社長とボスから指示が出ちゃって。みんなでホコリと格闘中なんですぅ。――はい。場所はですね、社長室です。お弁当、何がよろしいですかぁ? ……ウータイ風懐石御膳。わかりました。それじゃ、お待ちしてます!」
 電話を切ったイリーナが、レノににこやかに言う。
「というわけで、ウータイ風懐石御膳も追加です。よろしく!」
 はいはい、了解だぞ、と言ってレノは出ていった。――厄日じゃないのか、と頭を振りながら。