New Age



<プロローグ>


 子供にとって、親は超克すべき存在だ。まして男の子なら、父親をいつかは超えてみせると意気込むのは、成長の過程で当然抱く思いだろう。だが、偉大な父親の存在は、子供にとって不幸なことではないだろうか。まともな手段では到底超えられないとなれば、打倒するしかなく。憧憬と嫌悪をない交ぜにしながら育つところを、憎悪の感情だけが膨らんでいくからだ。
 しかし、これは素直な育ち方とはいえないだろう。
 そんなひねくれた成長をした人間が、いまや世界の命運を握る巨大企業――と言うより、帝国と言った方が適切だろう――のヘッドとなった。
 果たして、不幸なのは何ら心の準備がなく社長となった青年なのか。それとも、そんな彼に仕えなくてはならない社員なのか?

1.
 さて、およそ平凡な子供時代を過ごしたとはいえないルーファウスは、感情を表現するのが大の苦手である。リーブやツォンのように、幼い頃から彼を知る人々がそばにいる時は問題ないのだ。彼が何かして欲しいと思う瞬間には、彼らが先回りして既に解決済みとなっている。
 しかし、全ての人間にそんな芸当ができるはずがない。就任して、彼が真っ先に考えたのは、治安維持部門統括のハイデッカーの首のすげ替えだった。その理由というのが、ふるっている。
「あのガハハ笑いを、これからずっと聞かなくてはならないのかと思うとゾッとする! 私の精神衛生のために、アイツを何とか出来ないか!?」
 当然のことながら、これでは役員会での審議にかける理由が成り立たない。いまも、治安維持部門統括はハイデッカーが務めている。いるのだが……。

「大陸間移動可能な飛空挺の用意は出来たのか?」
「いえ……まだ調整中でして。あと三日いただければ」
「フン。なら、空軍のゲルニカはどうだ?」
「はあ。それも、ちょっと……」
「船はどうなんだ?」
「はっ! すぐにでも出発できます!」
 ハイデッカーは知らなかったろうが、この質問は実に意地が悪いものだった。何故なら、ハイウィンドの整備を命じたのは昨日のことだし、ゲルニカはルーファウスの長期出張に用立てられたあと、彼自身の命令でドック入りしていたからだ。父の死がなければ、そのまま出張で使っていたろう。
「では、明日までに整備しておけ。私は支社に寄る。お前は――わかっているな?」
「セフィロスと宝条の行方は、必ず突き止めます。お任せ下さい! ガハハハハ!」
「その笑い方はやめろ! もうオヤジの時のようにはいかないからな。覚えておけ」
「ガハ……」
「そうそう。二人の捜索だが……タークスには別の任務を与えてある。ツォンはあてにするなよ。お前も治安維持部門統括として、彼らなしでもやれるということを私に見せてもらいたいものだな」
 冷ややかな声。どう贔屓目に聞いても、新社長が治安維持部門統括に好意を抱いているとは思えない。というか、毛嫌いしているという噂は本当だったのだと、兵士達はヒソヒソと囁きあった。公衆の面前で恥をかかされたハイデッカーが、ゆでダコのように顔を真っ赤にして屈辱に耐えているのを、ルーファウスは一顧だにせず去った。だから、彼は知らなかった。
 その後、ハイデッカーが居合わせた兵士の一人に八つ当たりし、更に部下達の心証を悪くしたこと。その不幸な兵士が実はクラウドで、この一件のおかげで貴重な情報を得ることが出来たことなど。
「災難だったな」
「ハイデッカーは、イライラしてるからな」
「黒マントの男が街をうろついているのに、いまだに発見できないんだ」
「そいつには、兵士達が何人か殺されてるって言うぜ?」
「おまけに、本社の宝条が社を辞めると言い残して行方不明になったんだ。その捜索も任されたらしいけど、手がかりがないらしい」
 どれも、クラウドにとっては初めて聞く話ばかりである。
「こらーッ! 何をしとるか。解散しろッ!!」
 隊長があわてて命令する前に、必要な情報は手に入れた。お見送りまでは自由行動を許された兵士達が、思い思いの場所へ散って行く。彼らにまじり、クラウドもジュノンの街へ繰り出した。

「でも、すごい人出だったね! 歓迎パレードっていうから、どうせイヤイヤ駆り出された人達が仕方なく手を振ってるんだろうって思ってたのに。泣いてる人もいたもん。びっくりしちゃった!」
 合流したティファが、物珍しそうにあたりを見回してそう言った。
「私、聞いたことがある。ルーファウスのお母さんって、もともとここの出身なんだって」
「へえ、そうなんだ。あれ? でもルーファウスって……確かコスタ・デル・ソルで育ったって言ってなかった? エアリス、あなたが話してくれたんじゃなかったっけ?」
「うん。私もね、ずっと昔にツォンからちらっと聞いただけなんだけど。ルーファウスのお母さん、政略結婚させられたんだって。だから、プレジデントのこと大嫌いで――それで、息子もお父さんとは仲悪かったらしいの。ルーファウスは、お母さん似なんだって。あ、外見は、ってことだけど」
「それじゃあ、きっと美人だったんだね。アイツ、顔だけはいいもん!」
「――ああ。そうだな」
 意外な人間の口から飛び出した同意の言葉に、思わず一同から驚きの声が上がった。
「クラウド!?」
「ちょっと! 物思いにふけりながらつぶやかないでよ。アンタ、男でしょ! 男が男に見とれて、どーすんのよ!?」
 これには、クラウドも吹き出した。
「おいおい。そんなんじゃないよ、ティファ」
「じゃあ、何なのよ!」
「いや……あいつ、もしかして本気だったのかなって」
「えっ?」
「『なるほど……君とは、友達になれそうもないな』って、あの時言ってたんだ。ケンカ売ってるのかと思ったけど、そうじゃなくて案外まじめにそう思ったのかもしれないな」
「あのねえ、そんなワケないでしょ! アイツは神羅の社長。アンタはテロリストグループの一員なのよ!? どこの世界に、自分に敵対する人間とわざわざ友達になりたい、だなんて思うヤツがいるのよ。考えすぎよ、クラウド!」
「――そうかな」
「そうよ! ほら、冷めちゃう。食べよう! ――ね、みんな?」
 ルーファウスの態度には、どうやらアバランチの一行も悩まされているようだ……。